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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.304
東アジアにおける私学高等教育研究のフロンティア 国際ワークショップ報告 −1−

  私学高等教育研究所研究員 森 利枝(大学評価・学位授与機構准教授)

〈国際ワークショップの開催〉
 今回から三回にわたり、昨年12月に行われた国際ワークショップ「東アジアにおける私学高等教育研究のフロンティア」について報告する。このワークショップは私学高等教育研究所とニューヨーク州立大学アルバニー校私学高等教育プログラム(PROPHE)とが共催したもので、同時に私学高等教育研究所のプロジェクト「高等教育における私事化と政策」に参加している研究メンバー(米澤彰純、馬越 徹、田中義郎、大森不二雄、筆者)と、当該プロジェクトの研究業績を核として実現されたものである。
 このワークショップの概要に関しては、すでに教育学術新聞2258号(2007年1月10日)の本欄(268回)で米澤彰純研究員から開催の意図とそれ以降の研究遂行の戦略を含めて報告されているが、今回、ワークショップの報告書Frontier of Private Higher Education Research in East Asiaが私立高等教育研究叢書として私学高等教育研究所から刊行される運びとなったことにあわせて、おのおののプレゼンテーションの内容にわたって詳細に紹介することとしたい。なお本ワークショップは英語を用いて行われたもので、今回刊行される報告書もほぼ全編が英語で記されている。本欄での三回の連載と併せてご参照いただければ幸いである。
〈リーダーシップへの視点〉
 本欄268回の米澤研究員の報告においても触れられているが、今回、日本、中国、インド、韓国およびアメリカ、オーストラリアという各国出身の高等教育研究者が一堂に会し、東アジアの高等教育において最も特徴的な問題のひとつである「私学」の問題を扱ったのは、ひとつにはワークショップの開催を通じて東アジアの私学高等教育の現状に関する最新の情報を収集・交換し、東アジアに共有される課題をあぶり出し、かつそれらの課題に対する高等教育研究者の責務に関して討議するという最大の目的があったためである。しかし同時に、国ごとにモードの差こそあれ、私学高等教育が政策上の課題となっている東アジア各国における私学高等教育研究のネットワーク化をはかるにあたって、日本の私学教育研究のひとつの拠点である私学高等教育研究所がいかにすればリーダーシップを果たしうるかという自問に答えるという課題も、今回の試みのうちに内包されていたのである。
〈東アジアの私学高等教育の論点〉
 これら二つの問いのうち、後者への答えは連載の後半に譲るとして、ここではワークショップを企画する際に、主催者側、特にホストとなった私学高等教育研究所の側が東アジアの私学高等教育の現状のうちどのような側面を討議すべき課題としていたかをご紹介しておきたい。まず、課題の設定にあたって注目した、東アジアの私学高等教育の特徴は次のようなものであった。
 ・発達過程の多様性
 東アジアの私学高等教育には、かなりの多様性が看取される。たとえば日本や韓国、フィリピンなどの私学高等教育とマレーシアの私学高等教育とではその歴史の長さに大きな違いがある。私学高等教育が学術の卓越性を形成することにおいて相当の貢献を行っている国もあれば、拡大する高等教育への需要の吸収をもっぱらとすると見られている国もあり、そこには社会的に果たす機能の多様性が指摘される。法的な位置づけも、教育機関として制度化されているものから、営利企業として位置づけられているもの、あるいは「法的な位置づけがない」ものもある。これらの多様性には国単位で観察されるものもあれば一国における機関間で観察されるものもある。
 ・需要の拡大
 東アジアに限らずアジア全体に関していえることは、先にも述べたが高等教育への需要が拡大していることである。この需要に対する供給源には二種類ある。国内の高等教育機関と、外国の高等教育機関である。また一般に、この需要吸収の機能は主に私学高等教育機関が果たしているとされているが、公立の機関であっても同様な機能を果たすことは可能であり、またそのような実態も観察される。拡大する需要にいかに対応するかという問題に関しては、実際には私立―公立という二局面だけで分析することは難しくなっているのかも知れない。むしろ、伝統的―非伝統的という分析の軸のほうに意味が出てきているとも考えられる。
 ・非伝統的高等教育
 しかし、現状を見る限り非伝統的高等教育の主たる担い手が私立機関であることは否めない。高等教育の供給の「調節弁」としての私立機関の役割が注目されるところである。ここに指摘される「新規性」とは、たとえばe―ラーニングなどの新たな授業配信方法であり、あるいはまた、職業訓練、外国大学とのフランチャイズ展開、学位を与えない課程の提供、国によっては授業料の徴収、営利大学の設置などに見られる新たな価値観である。
 すなわち、私学高等教育に関する議論とは、「高等教育」の名の下に行われる多様な新しい試みの正統性に関する議論であるとも整理できる。
 以上のような現状認識に基づいて、私学高等教育研究所ではPROPHEとの討議を重ねながら今回のワークショップのアジェンダを以下のように設定し、各国からの参加者にプレゼンテーションを依頼した。
 ・各国における私学高等教育の起源
 ・各国における私学高等教育機関の法的位置づけ
 ・私学高等教育が果たしている、あるいはそれに期待されている社会的、経済的機能
 ・私学高等教育あるいは高等教育全体の将来の見通し
 なかでも最後の点に関して、東アジアあるいはアジアの高等教育の将来像に関する見通しの欠如があらかじめ指摘された。また、今回のワークショップに限らず、今後東アジア全体にわたって高等教育の現状を切り取る切り口としては、次のような視点からの考察が求められることが呈示された。すなわち、国境を越えた学生の移動、国境を越えた教員の移動、国境を越えた教育サービスの移動、これら国境を越えた高等教育の流動化(学生及び学位や単位の互換)を支える各国の政策に関する現状と、求められる改革についてである。
〈ネットワーク化の試み〉
 このような問題意識のもとにワークショップが行われた二日間は、東アジアにおける高等教育の将来を見通すという命題を中心に、高等教育研究と高等教育研究者にはどのような役割を果たすことが期待されているか、東アジア域内でどのように共同することができるか、そしてそのネットワーク構築のために誰がどのようにリーダーシップをとるべきかということ(そしてその点において私学高等教育研究所がいかなる役割を果たしうるかということ)について何らかの絵を描くことを問う二日間でもあった。おのおののプレゼンテーションと議論の詳細は連載の次回以降に譲るが、この、私学高等教育研究所が2006年に行ったワークショップが、東アジアの高等教育研究者のネットワークを議論する場であると同時に、そのネットワークを構築することをめざしていたことは先にも述べたとおりであり、また研究所としてはそのための一歩を踏み出すことができたと信じている。ワークショップの開催から約1年を経て現在問われているのは、このネットワークのサスティナビリティをいかに保証するべきかということでもある。
(つづく)

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