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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.138
導入教育の実態―学部長調査の結果から(中間まとめ)―4―

早稲田大学助教授 沖 清豪

 本稿では、本紙第2119号2120号2122号の3回にわたって、私学高等教育研究所の研究プロジェクト「効果的導入教育カリキュラムの開発」の中間報告(概要)を紹介してきた。一連の報告を終えるにあたり、導入教育カリキュラムを運営するにあたっての課題について、本プロジェクトで実施した学部長調査の回答における自由記述からの示唆を紹介し、あわせて本プロジェクトの今後の予定を紹介させていただく。
 本調査では、調査項目「導入教育に対する評価」と関連して、「これまでの成果、問題点や課題」について自由記述を求めていた。同欄に回答を寄せられたのは287学部であり、各回答の内容は373項目にわたっている。回答項目は、「導入教育の方法に関する成果と課題」、「学生の知識・技能に関する成果と課題」、「学生の学習全般への意欲に関する成果と課題」、「教員の意識に関する課題」の四つに類型された。
 全体的な回答の傾向として、「導入教育の方法」、「学生の知識・技能」、「学生の意欲」については、プログラムを実施したことによって一定の成果が挙がったと回答する学部がある一方、「教員の意識」に関しては多数の問題点が指摘された。
 類型別に内容を整理すると、まず「導入教育の方法」に関しては、成果として、個別指導や少人数による指導の有効性を指摘する意見(26件)や合宿形式での研修の有効性を指摘する意見(7件)が比較的多くみられた。また、科目履修に関する説明など導入教育プログラムが有するガイダンス機能の重要性を指摘する意見(5件)もみられた。一方で課題として、学生数の多さなどによって現実には少人数制指導を行うことが困難であるとの指摘(11件)や、共通教材の作成が急務であるとの指摘(12件)が目立っている。また専門教育などに手一杯で、実際には教育課程において導入教育を設定するだけの余裕がないとの意見(7件)や、個々の教員の判断により導入教育を名目としながら専門教育の一環としての授業が実施されているとの意見(7件)、さらに学生やとりわけ教員に対して導入教育とは何であるのかの説明が必要であるとの意見もみられた(七件)。
 次に、「学生の知識・技能」についてみてみると、多くの学部で入学前段階あるいは入学直後に短期でコンピュータ実習が実施されており、大学のコンピュータ環境への導入やオンディマンド型学習への導入が有効に機能しているとの指摘(10件)がみられる一方で、導入教育プログラムでは十分に対応できないほどの学力格差が学生間に生じている点を指摘する意見(16件)も相当数にのぼっている。加えて、学生の表現力不足を指摘する意見(5件)やIT関連の知識に関する格差によって専門教育の履修に困難が生じているとの指摘(4件)もみられる。
 一方「学生の意欲」については、学習に対するモチベーションの向上に有益であったとの評価(14件)や、学生間あるいは教員と学生との間での交流が活発化した点を評価する意見(8件)がみられ、さらにこうした成果によって退学者が減少しているという積極的な評価も4件みられた。
 その一方で、単位認定を行っていないプログラムの場合や選択科目として設置している場合に授業に対する出席率の低下が問題となっていることも多数の学部で指摘されている(22件)。また学生間にみられる学習意欲の格差(11件)だけでなく学生と教師との間にも指導・学習に関する意欲の格差が生じている(6件)との指摘も見られる。ここには教師にプログラムに対する熱意が低い場合と学生側に導入教育プログラムに対する受講の熱意が低い場合の双方が含まれている。またいわゆる「ひきこもり」という言葉に象徴されるように、事務担当者や授業担当者からどのような働きかけをしても授業に参加しない学生が増加していることを踏まえ、たとえ導入教育プログラムを充実させても、現状においては大学側の対応に限界があるとの指摘(9件)も無視できない。
 さて、以上触れてきた課題の中でも、特に導入教育プログラムを担当する「教員の意識」をめぐる課題についての指摘でもっとも多かったのが、担当教員によって教育内容や水準の格差が存在している点である(29件)。この内容・水準の格差と並んで、教員間の指導力に表れている格差の解消とそのためのファカルティ・ディベロップメントの実施が焦眉の急であるとの指摘もみられる(7件)。一方、担当教員の過重負担を指摘する回答もみられ(10件)、こうした特定教員の負担増の背景として、専任教員の間にみられる非協力的態度(12件)、特に非常勤教員が複数名担当しているプログラムにおける教員間での内容調整の困難さ(8件)を指摘する回答がみられる。
 以上のような自由記述の回答傾向から、導入教育プログラムの運営にあたって、次の2点が課題となっていることがうかがえる。
 第1に、少人数制教育・個別指導による成果を認識しつつ、選択制ないし講義形式を導入せざるを得ないジレンマをどのように克服するのかが、各学部における問題となっているようである。学生間、教員・学生間の交流を通じて学習への動機付けを促し、さらに専門領域の学習へと導く必要性を十分認識しつつも、経費や他の要因によって十分な数の講座を開講できていない状況に多くの学部長が切歯扼腕しているという状況は、この問題が機関の違いを超えて共通の課題となっていることを示唆している。
 第2に、内容・水準・評価方式の統一への期待と、それを阻む教員間の指導力・熱意・意識の格差の克服がやはり多くの学部にとって課題となっているという点である。教員一人当たりの学生数が多い私立大学において、入学段階から少人数制指導を行うためには教員集団全体の理解と協力が不可欠である。しかし、多様な大学教育観を有する専任教員間でゆるやかな合意に基づいて、言い換えれば綿密な調整を行わないままで教育課程編成を行っている限り、導入教育プログラムを担当する教員の間で内容・水準・単位認定の基準などが大きく異ならざるをえない。少なくとも同一期間内では平等で扱われることを学生は望み、授業内容などの格差はすぐさま大学内の教育課程に対する学生の不満や大学組織への不信へと転化しがちである。こうした状況は、誰が担当しても一定水準を維持できる「共通教材」の作成を希望する意見の背景とも理解される。
 以上のような導入教育プログラムの意識をみる限り、今後の改善にあたってはプログラム開発、そして教員意識に対する働きかけという二方向からのアプローチが必要であることが示唆されているようである。
 以上が、本研究プロジェクトの概要紹介である。本プロジェクトは新入生を対象とした導入教育プログラムの研究開発に焦点を当てているが、研究を通じて痛感させられるのは、「高等教育の大衆化」という語句が本当に意味する状況を理解し、それに応じた教育を提供することの困難さである。それは学力低下と呼ばれる状況だけでなく、学生生活面の問題状況を解決する必要性が高まるなかで、一部教職員の献身的努力のみに依存するのではなく、全学的・組織的な対応が迫られていることによって生じる困難さである。調査結果に現れた課題も、こうした困難さが端々に現れているようである。
 なお、本研究プロジェクトでは、本年度実際に導入教育プログラムを受講した学生自身による修得した知識や技能の自己評価、および導入教育に対して期待する指導方法や教育内容を明らかにするために、「1年次教育のニーズとプログラムに関する調査」を実施しているところである。同学生調査の結果についても今後本欄などを通じてご報告させていただく予定である。
(おわり)

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