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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.135
導入教育の実態―学部長調査の結果から(中間まとめ)―2―

大学評価・学位授与機構助教授 森 利枝

 本稿では、私学高等教育研究所の研究プロジェクト「効果的導入教育カリキュラムの開発」の研究成果に関する中間報告(第2回)をお届けする。
 現下の高等教育の最も緊要な問題の一つへの対応策として、導入教育の必要が言われていることは前回指摘した通りである。2回目の今回は、導入教育の問題を扱う上での前提として、今回の調査に回答いただいた学部の学生の4年間(ないし6年間)での卒業率と、学部長(調査回答者)が認識する学生のスキルの変化について、前回も紹介した導入教育の実施状況と関連づけながら述べることにしたい。
 卒業率を見る上では、調査に回答いただいた636学部のうち有効回答のあった540学部を、便宜上専攻分野別に、人文系(103学部)、社会系(181学部)、理工系(71学部)、医学歯学系(24学部)、農林水産系(6学部)、総合系(96学部)、芸術体育系(29学部)、看護保健系(4年制医療系)(30学部)の8分類に分けた。また今回の調査では、導入教育と留年抑止効果との関わりをみる必要上、卒業率はもっとも標準的な最低修業年数での卒業を基準とした。全体では、最低修業年限で卒業する学生が90%台である学部が239学部(44.3%)となっている。また前述の学部分類別に見ると、サンプル数にばらつきがあるものの、人文系(4年間での卒業率90%以下の学部が全体の40%)、総合系(同34%)に較べて、社会系(同68%)や理工系(同93%)の4年間卒業率の低さがとりわけ目を引く結果が得られた。
 この最低修業年数での卒業率と、前回概観した導入教育の実施状況、すなわち「実施中」「実施予定あり」「実施検討中」「実施予定なし」を併せてみると、導入教育を「実施予定」とした学部において、90%以上の学生が最低修業年数で卒業する割合が34%と最も低いものの、実は「実施中」の学部(4年間での卒業率90%以上が42%)よりも「実施予定なし」の学部(同52%)のほうが卒業率は高い傾向にあるということがわかった。さらに、最低就業年数での卒業率が96%を越える学部は、導入教育の実施予定のないグループにおいて31.1%と最も高率に出現していた。このことから、この調査では導入教育の効果の他にニーズの感じられ方、すなわち学生の状況に導入教育の実施の必要性が看取されているか否かということも考慮する必要があることが推測できる。
 このことから、今回の2つ目の論点である学部長(調査回答者)が感じる学生のスキルの状況と導入教育の実施状況を関連づけて考える上でさらに注意しなければならないことの示唆が得られる。それは、今回調査した導入教育に関しては、実施のモチベーションと実施の効果を分離して考える必要があるということである。すなわち、ただ単に導入教育の実施の有無と調査回答者の感じる学生のスキルの状況を見るだけでは、学生の学業ないし大学生活へのレディネスに問題があると認識されたために導入教育が実施され、その結果、問題がないと判断されているのか、あるいは学生のレディネスにはもとより問題が感じられていないのか、その違いが把握しにくいのである。このため、本調査では学生のスキルの経年的変化に着目し、導入教育の実施との関連を見た。
 学生のスキルとして、具体的には、前回紹介した学生に求められる基本的能力のうち、Aスチューデント・ソーシャルスキル、B学習スキル、C情報資源活用スキルといった能力や態度が4〜5年前から向上していると考えられるか、調査回答者の認識を訊ねた。ここでは代表的なスキルとして、「読解力」「文章表現力」「外国語能力」「学問への関心」「プレゼンテーション能力」について見てみたい。
 これらの学生のスキルの変容を、導入教育の実施状況との関連の上で見るにあたって、ここでは対象学部を導入教育の実施開始の時期によって3分類した。すなわち、A「大綱化以前」、B「大綱化以降調査時から5年前」まで、C「それ以降」の3つの群である。前述したように、本調査では学生のスキルに関して4〜5年前からの変化を尋ねているため、ここでは特にB群、すなわち1992〜96年に導入教育を開始したグループに着目する。これは、それよりも前に導入教育の実施を開始したグループ(A群)では調査時(2001年)にはその効果に対する認識の陳腐化が進んでいる可能性があり、それ以後に導入したグループ(C群)ではまだその実効が充分にあがっていない可能性が考えられるからである。
 まず全体的な傾向に触れておくと、「読解力」と「文章表現力」の向上については「そう思う」と「ややそう思う」が3%弱で、「あまりそうは思わない」、「そう思わない」とする回答が60%近くを占めた。「外国語能力」の向上は「そう思う」と「ややそう思う」が9・2%、「あまりそうは思わない」と「そう思わない」が約半数であった。「学問への関心」の向上については「そう思う」と「ややそう思う」が6.6%で、「あまりそうは思わない」、「そう思わない」とする回答が46.7%となった。また、「プレゼンテーション能力」の向上は「そう思う」と「ややそう思う」が13.7%と比較的高率を占め、「あまりそうは思わない」と「そう思わない」が33.8%であった。
 これらのうち、導入教育の効果が最も顕著に感じられていることが予想されるB群に注目すると、「読解力」「文章表現力」「外国語能力」に関しては、B群とA、C群には際だった差異はみられなかった。しかし「学問への関心」が向上しているかという問いについては、「そう思う」と「ややそう思う」という回答をあわせるとA群の1.5%、C群の7.1%であるのに対してB群では8.0%であり、同じ設問に対して「そう思わない」とする回答はA群の12.3%、C群の13.1%であるのに対してB群では8.0%となった。また、「プレゼンテーション能力」に関しては「そう思う」と「ややそう思う」という回答はあわせるとA群の12.3%、C群の13.9%であるのに対してB群では19.5%であり、同じ設問に対して「そう思わない」とする回答はA群の9.2%、C群の9.8%であるのに対してB群では6.9%にとどまった。これらの結果からは、スタディ・スキルに分類される「読解力」「文章表現力」「外国語能力」などのいわゆる伝統的な学力の変化には際だった傾向は見られないが、「学問への関心」や「プレゼンテーション能力」といった態度や新しい能力については、B群において若干の向上、あるいは低下の抑止の傾向が見られ、これらの分野に導入教育の効果が予測できる。このような検討をふまえて、次回では導入教育プログラムの実施状況について、科目の内容に詳細に立ち入って紹介することにする。
〈つづく〉

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