私学高等教育研究所シリーズ(研究報告)
No.14
私学評価システムに関する基本的な考え方の要旨(素案)
私学高等教育研究所 大学評価研究プロジェクトチーム
研究代表者・喜多村和之
2002年 9月27日(日本私立大学協会理事会へ報告)
2002年10月25日(日本私立大学協会総会へ報告、一部字句修正)
凡例
@本素案は、2000年7月に、日本私立大学協会より受けた「私学の特性に配慮した評価システムのあり方」についての研究調査委託に対して、私学高等教育研究所・大学評価研究プロジェクトチームがその基本的考え方の骨子(要旨素案)を報告するものである。したがって本案は今後同協会によって審議されるたたき台となるもので、同協会によって承認されたものではない。またここで触れられていない諸側面や部分の詳細は、別途検討される。
A本素案ではまず高等教育機関の組織全体を対象とする「機関評価」のみを扱っており、「専門分野別評価」については、別途に検討される必要がある。また「機関評価」と「専門分野別評価」との関係や連携についても、別途検討される必要がある。
B本素案骨子のもととなる本文は、別途に発表する予定である。
C本素案の骨子および本文は、今後、ひろく意見を伺って、改訂されるべき試案である。
1 評価の観念の転換――受身的な評定から建設的な自己研究・自己診断へ
大学の質の維持・向上は、第一義的に大学自身の責任である。大学評価とは組織や機能の価値の評定や格付けを一方的に受けるべきものではない。本来の設置目的を達成するために自律的・自主的な自己研究・診断を通じて、質の向上・改善を実現するための自律的で建設的な手段である。同時に大学はその質の信用を公正な第三者機関によって保証されることを通じて、社会的責任に応える重要な責務がある。評価は目的ではなく手段であり、受身的な評定から、建設的かつ自己開発的な営みへと、従来の評価の観念を転換する必要がある。
2 私学の特性に適合した固有の評価システムの必要性
規模および機能において日本の高等教育の圧倒的な部分を占める私学部門の質的向上のために、私学固有の特性に適合した評価システムを形成する必要がある。一元的な評価システムや国公私共通の評価基準となっている既存の評価機関の基準および方法等では、極度に多様化した多彩な私学の実態にはかならずしも適合しない。私学の全体的な質の底上げがはかられることなくしては、日本の高等教育全体の質の向上はあり得ず、私学高等教育の質の充実・改善を実施すべき第一義的な責任は、外部社会の支持のもとで、まず私学高等教育機関の主体的努力なくして達成することは不可能である。そのためには私学の特性に適合した固有の評価システムが不可欠である。
3 大学による「自己研究・診断」+新設の第三者機関による評価との組み合わせ
まず、大学の自発的・自律的な「自己研究・診断」を基本とし、学校の個性、特色、重点方針、ユニークな目的、建学の精神等、私学の自由を可能なかぎり生かした自己研究・診断を実施する。その結果にもとづいて第三者機関が実地訪問調査のうえ、共通の項目に対して、独自の基準にもとづいて、第三者機関としての評価をおこない、社会にその質の水準を保証する。このように、大学による自律的自己診断と第三者機関による社会的評価との組み合わせによって、大学と社会の双方の信頼性を獲得することを目指す。
4 可能なかぎり定性的評価を重視する
私学の個性や特色を評価の対象とする以上、可能な限り質的な側面の評価を判定でき、しかも内外から信頼されるに足る評価体制の充実が不可欠である。評価者には質の評価を適切に行える能力が要求される。それゆえ評価者はたんに教育・研究・経営に通じた大学関係者のみならず、評価の経験者、評価の専門家や実務者等の専門的判断を必要とし、そのためには大学関係者の有志をはじめ多彩な人材を養成する必要がある。また評価にかかわる者(自己研究・診断に従事する大学関係者や第三者評価に関与する者もふくむ)は、予め評価の専門知識や実務に関する研修を受ける必要がある。
5 中央規制型基準から自己開発型基準へ
万人のための高等教育システムへと移行しつつある21世紀の極度に多様化したユニバーサル型高等教育の時代には、評価基準は全国一律に規定されている法令や既存の諸基準等の規範に求めるよりは、私学の自由にもとづく学校の個性、特色、建学の精神など内のミッションや教育目的に求めるべきである。そのための評価項目や基準、ガイドラインは、可能なかぎり大学の自由な発想や革新を奨励するために、大学の自由な発想を妨げないよう、簡素かつ大綱的なものにとどめる必要がある。ただし、自己研究・診断のための評価項目は第三者評価機関の定める評価項目をカバーするものでなければならない。
6 重視する機能に応じた評価モデルを通じて評価する
大学は教育(知の伝達)、研究(知の創造・発見)、社会サービス(知の応用)等の基本的機能を営む複合的な組織体である。そのすべての機能を同時かつ一律に統合的な評価をする場合もあり得るが、大学の個性や特徴に、各大学が重視しあるいは希望する機能ごとに固有の項目や基準にもとづいて評価する方法も考えられる。たとえば教育評価と研究評価とは分離しておこなうことができるようにする方が、大学の個性や重点方針を評価するには適当な場合がある。本評価システムでは、各大学がいずれかの機能を重点とした評価を希望するかによって異なる評価基準や方法を選んだり、両者を組み合わせたりすることができる。
たとえば以下のような選択肢が考えられる。
(a) 統合機能型評価モデル――――教育、研究、サービスの統合的機関としての大学
(b) 教育機能型評価モデル――――教育機関としての大学
(c) 研究機能型評価モデル――――研究機関としての大学
(d) 社会サービス型評価モデル――社会との連携・応用・サービス機関としての大学
7 学習者の意見を反映した自己研究・診断を実施する
大学の自己研究・診断を実施するにあたって、大学の目的に応じて、その主たる対象の学習者やステークホルダーからのフィードバックを反映することが必要である。たとえば、教育機能型評価モデルを中心とした大学の機関評価を行う場合には、教育の提供者の自己研究・診断のなかに、その教育を受容ないし活用している学習者やその他の利害関係者の意見や満足度等の評価情報をもりこんだ上でおこなわれる必要がある。教育とは教員と学生との相互作用(教授・学習過程)を通じて形成されるもので、その質を実質的に決めるのは両者だからである。両者の評価結果が統合されてはじめて自己研究・診断の作業は完結する。
8 新設の第三者評価機関の性格の骨子
以上に述べてきた理由から、各大学の自己研究・診断の結果にもとづいて、その成果や達成度を客観的に評価する第三者機関として、新たな組織を設立する必要がある。設立の是非、内容、方法等については、これを設置しようとする設立母体によって審議・決定されることになるが、現時点での新組織の基本的性格としては以下のような点を提示できる。
@新しい第三者機関は、高等教育の質の向上をはかるための、任意の、自律的で、独立した、非営利の、法人格をもつ組織であることがのぞましい。仮にこれを「高等教育水準向上協会」(向上協)と呼ぶ。第三者機関の自律性と独立性を維持するためには、社会に信頼されるような情報公開と説明責任の履行が不可欠の要件である。
A第三者機関としての公正性・実質性を担保するため、この新機関は設立母体とは別個の組織とする。また評価事業の方針や判定にあたる委員会等の構成者には、当該大学の関係者は含まれないことは当然であるが、他大学の関係者に加えて、高等教育界以外からの第三者として、有識者や団体からの参加・協力を得るものとする。
Bこの新設される第三者機関が、国の認証を得る「認証評価機関」として申請するか否かは、その基本的性格を決める重要な点であるので、設立母体の慎重な審議を通じて決定されるものとする。
C第三者機関は高等教育の質の向上をはかるために、評価事業を通じて各学校の向上改善の努力を奨励し支援するとともに、社会に申請を受けた学校がその基準に適合していることを保証する責任をもつ。ただしその評価の判定は申請校の質の段階的評定をおこなうのか、基準を満たしているか否かの適否の認定とするのか、あるいは両者を組み合わせた評価にするのか、第三者機関の基本的性格にかかわる重要な問題であり、今後慎重な審議によって決定される必要がある。
D第三者機関は、その評価の項目、基準、手続き等を決定し、これにしたがって評価を実施する。
E第三者評価事業は、内外の経験や研究の見地から最短5年、最長10年の間の時期ごとに実施されることが適当と考えられる。
F第三者評価を受けるための申請は、各学校の自発意志による。原則として設置認可を受け、完成年度を経た高等教育機関とするが、学校法人やその他の機関の申請を受けることも可能とすることが望ましい。
G第三者機関の評価結果は公表するものとするが、どのような形でどこまで発表されるべきかは、今後審議・検討される必要がある。
H第三者機関の評価結果に対する異議申し立ての機会を設定し、その手続きや扱いについて定めておく必要がある。
I第三者機関は定期的にその評価システム自体の自己研究・診断をおこなうとともに、適切な他者評価を受け、評価事業およびシステムの改善・改革をおこなうものとする。
J第三者機関は、第三者評価の実施にともなう諸事業をおこなうとともに、評価の調査研究、評価専門職の育成、評価者の研修などを実施する。
K信頼性の高い評価を実現することはきわめて困難な事業であり、完璧な評価システムは存在しない。しかしよりよい評価を求めて、不断の研究調査と実験による試行錯誤や改善を通じて、拙速を避け、慎重かつ漸進的なシステムの形成に努めることが必要である。国内外の評価の経験や知識は、評価システムの形成には慎重な制度設計と試行錯誤による実験と長期の努力が不可欠であることを教えている。
評価の対象項目案(参考例)
評価の循環的プロセス案
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