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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.600
国際教養の新展開
―山梨学院大学の事例から

嶋内 佐絵(横浜市立大学非常勤講師)

 日本の高等教育における国際化の様相は多様化し、グローバル30やスーパーグローバル創成事業など国家レベルで国際化を牽引する大型プロジェクトだけでなく、様々な大学がそれぞれの形で教育の国際化を推進している。大学の国際化戦略のなかでも、近年特に私立大学の間で一つの潮流を作り出しているのが、国際教養(インターナショナル・リベラルアーツ)を核とした教育プログラムの設立である。
 増えつつある国際教養プログラムのなかで、ここではカレッジスポーツの実績を豊富に有し、多くのオリンピック選手を輩出している山梨学院大学の取り組みを紹介したい。2016年で創立70周年を迎えた同大学は、地方圏から脱却し、全国区の大学になるため、70周年事業の一環として、2つの学部を新設した。1つはスポーツ科学部、もう一つは国際リベラルアーツ学部(International College of Liberal Arts、以下iCLA)である。国際教養大学(秋田県)や海外から多くの外国人教員を採用し、「リベラルアーツ+英語による教育+地方圏」という国際教養大学の系譜を辿りながらも、独自のカリキュラムを提供している。

日本における「国際教養」の展開
 世界における教養教育は、たとえばクリティカルシンキングや市民性の育成といった基本的な教育実践やビジョンを共有する一方で、その「教養」の形は時代やそれを包摂する各国社会によって変化してきた。同様に、近年日本の大学で増加する「国際教養」教育という新しい取り組みも、大学ごとの多様性が特徴である。グローバル化とそれに対応するための大学の国際化は、外国語能力などのコミュニケーションスキルに加え、グローバル市民性や異文化理解力など、新しい能力の醸成を目標に掲げるようになった。特に1990年代の後半から、私立短大を中心とした既存の教養学部に「国際」のエッセンスが加わることで「国際教養」の教育プログラムが出現しはじめ、2000年代に入ってからは首都圏の総合私立大学に国際教養学部が創設され、国際教養を大学名に掲げた大学が作られるなど、その「国際教養」の潮流は現在まで続いている。
 ここで「教養」に付加された「国際」が、どのような理念と実践を意味しているのか、それが具体的にどのような形で行なわれているのかは、各大学によって異なっている。外国語教育の充実と履修の義務化、教授媒介言語としての英語の導入、多様な地域研究の提供、「国際」的なテーマを扱う科目の提供などがその例だが、他にもクールジャパンのように日本の文化を海外に展開し拡大するという意味での「国際」化を志向した教育内容が含まれる場合もある。

山梨学院iCLAの独自性
 iCLAでは、「アメリカ式リベラルアーツ型教育」を標榜し、学生は人文教養、社会科学、数的推理、自然科学、保健体育の5つの知識領域から自由に選択するという分野横断型カリキュラムを採用している。1学年の人数は80人、1クラスの標準人数は20名以下という少人数制で、80%以上は外国人という専任教員がインターアクティブな授業を行う。iCLAのために新設された校舎には、授業に合わせて机などの位置を自由にアレンジできる六角形の教室や、板の間、畳の間などが配置され、校舎の中庭には「しなやかに、のびるときには一気に」という学生への願いをこめた竹が植えられており、環境からして日本の文化を体験することができるようになっているのも特徴だ。
 またiCLAは、欧州の著名な大学と提携を結んでいることから、留学生の七割近くが欧州出身である。国・地域別の内訳を見ると、ドイツ、オランダ、ノルウェーなどを初め、イギリス、フィンランド、アゼルバイジャンなどからも留学生を受け入れており、東アジア地域からの留学生受け入れが一般的な他の多くの私立大学とは一線を画している。多様な国からの留学生に対する魅力ある教育内容として、iCLAには先述の知識領域のほかに、日本の『技』と『誇り』を学ぶ日本研究プログラムがあり、能や茶道、合気道、山梨県の誇る「富士山と文化」など、12の体験型ワークショップが行われている。

学生を惹きつけるために
 入学定員に対する国内外からの学生の受け入れは、国際化戦略における数値目標の達成だけでなく、大学経営の安定化という点でも、多くの高等教育機関が直面する課題である。例えば大分の立命館アジア太平洋大学は、企業からの寄付を元にした国際学生への手厚い奨学金の提供や地域社会との連携を通して、「迎え入れる国際化」の面で成功を収めた。国際・国内学生の誘致において、偏差値や大学の歴史や名声、地理的条件などに加え、学生を惹き付けるための特色ある教育プログラムや学生サポートの仕組み等も、大学の魅力に直結する。
 日本では大学進学者の母数自体が減少している中、特に地方に位置する数少なくない私立大学は学生の募集に大きな課題を抱えている。私立大学のうち約四割が定員割れという現実に直面している昨今、英語で学ぶリベラルアーツなどの国際的な教育プログラムは、より多くの学生を惹き付けるための広告塔としての役割も期待されている。
 山梨学院大学でも、iCLAの構想時には、「地方は国際化に圧倒的に不利だ」という認識があったという。そのなかでどのように学生を獲得するのか。1つは国内の高校での地道な広報(学生募集)活動である。隣接する県の高校だけでなく、全国の国際学校や英語教育を積極的に行っている高校に積極的に出向き、iCLAの紹介を行う。また、国内だけでなく海外の高校までを視野に入れたリクルーティング活動を行い、外国人留学生には奨学金も提供する。さらに、英語を母語としない国内学生に対しては、少人数制でEAE(English for Academic Excellence)と言われる英語集中プログラムを用意し、英語による授業や留学先での授業の受講に必要なアカデミックな英語力の向上を図っている。
 言語学習支援に関しては、その他にもLAC(Language Acquisition Center)と呼ばれる自主的な学習のための最新施設が用意されているほか、1学年全寮制を取り、最新設備型の寮で留学生と日常的に交流するなかで、日常実践的な英語と異文化コミュニケーション力を養えるような仕組みを用意している。加えてiCLAの学生は1年間の海外留学が義務づけられており、北米やヨーロッパ、アジアなど世界各国の提携大学から留学先を選び、英語を使って学ぶ経験を積むことができる。
 山梨学院大学のiCLAは、今年2年目の春を迎え、新設学部であることを「面白い」と考え入学を希望する「ハングリーな学生」が集まっている、という。このような多様化する大学教育の国際化に関して、私学高等教育研究所では、「私立大学における特色ある国際交流事業の取組事例とその課題」の一環として様々な大学に訪問調査を行っている。大都市に位置した大規模な有名私立大学や研究力の高い旧帝国大学などで可能な国際化モデルだけでなく、偏差値や世界大学ランキングといった物差しでは測ることのできない多様な国際化の現実に目を向けることで、日本の高等教育の国際化が抱える課題や可能性を模索して行きたいと考えている。

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