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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.589
アメリカ東部の小規模リベラルアーツ系大学の輝き
〜コロンビア・カレッジ〜 (1)

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)

 2016年1月、アメリカ東部は記録的な大雪に見舞われ、すべての交通機関がマヒ状態に陥った。テレビ報道によれば、豪雪情報が流れると「買いだめ」の客の行列ができ、パンや牛乳などが店頭にない状態が続いているとのことであった。運悪く、この時期にアメリカ東部サウスカロライナ州とノースカロライナ州にあるリベラルアーツ系大学を視察している最中であった。以下、2回に分けて2つの優れたリベラルアーツ系大学の取り組みを紹介する。
 最初は、コロンビア・カレッジという小規模なリベラルアーツ系女子カレッジである。リベラルアーツ・カレッジは一般的に学生数が1000人規模のものを指す。1000人規模であるために教員と学生の比率が低く、大半のクラスが30名以下の少人数である。なぜ、1000人規模なのかをある学長に尋ねたことがある。それは学長が学生のファーストネームを覚えられる数であるとの返答であった。このような小規模キャンパスは家族的な雰囲気が漂い、どこで会っても挨拶が交わされる。コロンビア・カレッジは、2016年12月に帝京大学高等教育開発センターに招聘してワークショップと講演会をしてもらったラーニング・ポートフォリオの権威者として著名なジョン・ズビザレタ教授の本務校である。彼は、このカレッジでDirector for Faculty Development & Honors Programを兼ねている。両者には密接なつながりがあるという。彼によれば、オナーズ・プログラムは優秀な学生のためのプログラムであるので積極的な学生が多く、「対話」を中心としたゼミ形式の授業が一年次から実践されている。したがって、オナーズ・プログラムではFDにつながる多くの取組みが行われる。ズビザレタ教授は、「オナーズ・プログラムはFDの実験台である」と位置づけている(詳細については、近刊、雑誌『主体的学び』4号(東信堂)のズビザレタ教授と筆者の対談を中心にした論文「ジョン・ズビザレタ教授とアクティブラーニングについて語る〜『表面的な知識』から『深い学び』への転換〜」を参照)。
 本稿では、オナーズ・プログラムについて紹介する。オナーズには、オナーズ・カレッジとオナーズ・プログラムがある。前者は、「エリート集団」的なカレッジで教員や学生、そして建物も一般の学生から「隔離」されることが多い。しかし、後者の場合は卒業単位の20〜30単位をオナーズ・プログラムとして指定された科目の中から履修し、残りの100単位近くは、他の学生と一緒に受講するプログラムである。アメリカでは高校からGPAが導入されているので、大学の初年次からオナーズ・プログラムが実施できる。筆者は、日本の大学にオナーズ・プログラムが導入されれば、大学改革の「起爆剤」になると考えている。日本には私立大学の数が多く、多様な学生が在籍している。最近は学生の「学力低下」を憂いてか、多くの大学でリメディアル系の授業にテコ入れし、「ボトムアップ」を大学の「売り」にしているところも少なくない。これでは「大学とは何なのか」という素朴な疑問を抱かずにはいられない。大学は優れた学生の資質を伸ばすところであることを忘れてはならない。コロンビア・カレッジの優秀学生からも過去に、大学の対応に苦情が出され、上層部はその対策の一環としてオナーズ・プログラムを導入したという経緯があるという。
 オナーズ・プログラムの学生の多くがリーダーシップのコースを受講しているので、彼らが他の学生と一緒に授業を受けることで大学全体の底上げに貢献できる。たしかに、リメディアル的な措置も底上げには役立つが、それは大学側が提供するもので学生が必ずしも積極的に参加するとは限らない。しかし、オナーズ・プログラムの場合は、学生同士で切磋琢磨するので効果的であると考えている。筆者も授業でアメリカのリベラルアーツ・カレッジは将来の医者や弁護士の「登竜門」となると説明しているが、厳密には、リベラルアーツ・カレッジのオナーズ・プログラムの学生であることがわかった。
 コロンビア・カレッジのオナーズ・プログラムの学生と大学での学びや教員の授業への姿勢について自由討論をする機会がもてた。
 このカレッジにはベトナムからの留学生が多く在学している。残念ながら、日本からの留学生はいなかった。ベトナムからの留学生によれば、ベトナムには「英才教育」はあるがオナーズ・プログラムははじめての経験であると興奮気味に話してくれた。オナーズ・プログラムの学生から、この授業では教員と学生との間の「質問」と「対話」が重視されていると聞かされた。オナーズ・プログラムを担当している教員は、他の教員よりも積極的で学生との対話を楽しんでいるとのことであった。
 日本では文部科学省の「奨励」もあって、アクティブラーニングが加速しているが、コロンビア・カレッジのオナーズ・プログラムの学生と話していると、「アクティブ・ラーナー(自律的学習者)」を育てているという印象が強かった。
 オナーズ・プログラムは大学教育の「底上げ」に貢献する取り組みであると評価しているが、オナーズ・プログラムの学生は「優秀」というラベルが貼られるので、どうしても他の学生と一緒に行動せず、オナーズ・プログラムの学生だけで「戯れる」という批判の声も聞かれるとのことであった。しかし、コロンビア・カレッジの場合は違うとのことであった。なぜなら、オナーズ・プログラム学生の選考方法が違うからである。一般的に、オナーズ・プログラムは学生のGPAで決められる。これは大学によって異なるが、GPA3.0前後が対象者になることが多い。ところが、コロンビア・カレッジの場合は、GPAの評価だけではオナーズ・プログラムの学生として当確しない。GPAのほかにも大学での学びを省察したポートフォリオの提出や指導教官からの推薦状にも重きが置かれる。候補者リストをオナーズ・プログラム選考委員会が検討して最終的に判断し、学生宛てに認定書を送付するという手厚い手続きを取っている。したがって、必ずしもGPAの高い「エリート気取り」の学生ばかりとは限らない。人物的にもオナーズにふさわしくなければならない。オナーズ・プログラムの学生は授業を履修するだけでなく、オナーズ・プログラムのためのセミナーやプロジェクトの履修も課せられている。GPAの基準には満たなかったが、他の要素を考慮してオナーズ・プログラムに認定された学生もいるとのことであった。帰途、コロンビア空港に見送ってもらったとき、ズビザレタ教授の元オナーズ・プログラムの学生と会った。黒人の彼女は、現在、ワシントンDCで有能な弁護士として活動していると説明された。彼によれば、GPAだけの基準であったならば、彼女は該当しなかったかも知れないと話してくれた。アメリカの大学における手厚い人材発掘の一面を垣間見たようであった。

(つづく)

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