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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.577
各国の授業料と奨学金制度改革の動向 (上)

客員研究員 小林雅之(東京大学大学総合教育研究センター教授)

 各国の高等教育財政は、きわめて深刻な状態に陥りつつある。一方で進学者の増加やそれに伴う学生層の多様化に対応するための費用の増大がある。進学者数の増加によって高等教育の費用が単純に増加するだけでなく、初年次教育やキャリア教育あるいは留学生や社会人などの多様な学生層に対応するための費用も増加している。しかし、他方ではオーストラリアや中国など一部の国を除き、各国とも厳しい公財政事情によって、高等教育に対する公的補助は減少し、大学は、増加する費用と減少する公的補助の間で板挟みとなっており、大胆な改革を迫られている。こうした近年の高等教育財政改革の動きの中でも、焦点のひとつは授業料と奨学金あるいは学生への経済的支援制度のありかたである。
 多くの国で大学への公的補助が減少している。たとえば、アメリカの多くの公立大学でも公的補助が減少した結果、今や、一部の公立大学では政府補助金の割合は一割以下で、日本の私立大学に対する国庫助成より低くなっている。このため、多くの公立大学では授業料の値上げを繰り返している。また、アメリカの大部分の私立大学は日本と同様授業料収入の占める割合が非常に高く、授業料の高騰は毎年必ず高等教育のトップニュースになっている。私立大学では年額日本円で500万円を超える授業料は珍しくないし、公立大学でも州内の学生でも100万円以上の大学も多い。
 しかし、高騰する授業料は、高等教育の機会を脅かすのではないか、とりわけ低所得層の高等教育機会を奪うのではないかという懸念が生じてきた。アメリカだけでなく、各国とも同じように授業料が高騰しており、教育格差の問題は非常に重要な社会的問題として取り上げられている。この問題に対処するために学生への経済的支援制度の改革に取り組んでいる。つまり、授業料問題と奨学金問題を個別に検討するのではなく、両者をセットにして検討することが重要なのである。
 この問題に対して、2006年度以降、文部科学省先導的大学改革推進委託事業と文部科学省科学研究費を受け、わが国と各国とを比較しつつ、高等教育改革とりわけ授業料と奨学金の国際比較研究を進め、イギリス・アメリカ・スウェーデン・ドイツ・オーストラリア・中国などの調査を実施してきた。また筆者は、日本学生支援機構(以下機構と表記)客員研究員として、韓国・アメリカ・イギリスにおける調査に参加した。こうした調査研究の成果を広く社会に提供するために、支援機構と東京大学大学総合教育研究センターでは、3月9日に国際交流館にて、国際シンポジウム「高等教育の費用負担と学生支援―日本への示唆」を開催した。このシンポジウムは、海外での調査研究の成果をもとに、さらに、イギリス・アメリカ・中国の専門家を招き、各国の高等教育改革の状況を紹介するだけでなく、日本との比較から日本の高等教育改革に対する有益な示唆を得、それを広く社会に問うことも目的とした。多くの論点が提示されたが、ここでは、その一端を2回にわたり紹介したい。
 これらの国々に共通するのは、誰が教育費を負担するのかが、大きな問題となっていることである。「揺りかごから墓場まで」と言われた福祉国家政策を掲げていたイギリスではかつては大学授業料は無償であった。しかし、1970年代後半から市場化政策を採り始め、1998年の最高1000ポンドの授業料導入以降、2006年の最高3000ポンド、さらに2012年の最高9000ポンド(約158万円)と3倍値上げを繰り返し、高等教育費は公的負担から私的負担へ急激にシフトしている。わが国でも国立大学授業料は1972年以降、同じような3倍値上げを繰り返したが、わが国と異なるのはイギリスでは、これが大きな社会的政治的問題となり、党首討論でも何度も取り上げられたことである。その背景には授業料の導入と大幅な値上げが、低所得層の高等教育機会を阻害するのではないかという懸念がある。このため、授業料の値上げとセットで奨学金、それも学資ローンだけでなく給付奨学金が導入、拡充されてきた。
 このように、イギリスでは、授業料を値上げして、教育費の負担を公から私へシフトさせる政策をとったが、給付奨学金の拡大は高等教育に対する公財政負担をさらに増加させることになった。さらに高等教育の公的負担の問題として最近大きな論争となっているのが、学資ローンである。
 イギリスでは1990年に初めて学資ローンが導入されたが、その時は機構奨学金と同様、毎月一定額を返済する元利均等型方式であった。しかし、1998年の授業料導入の際には、低所得層の負担を軽減させるために所得連動型返済方式が導入された。所得連動型返済とは、卒業後の所得に応じてローンの年間の返済額を変える方式で、このため元利均等型に比べて低所得層の負担は軽減される。このため、とりわけ低所得層に対して、将来の返済できないリスクを恐れてローンを借りないローン回避に対する一種の保険として機能する。この点で、非常に優れた方式であるといわれている。
 しかし、この仕組みは、制度の設計や将来の所得の変動によって大きく左右されるなど不安定な要素が大きい。所得連動型の最大の特徴は、所得に応じた返済額(一定の返済率)にある。とくに一定の所得(閾値)以下では返済率はゼロで返済が猶予される。しかし、毎回の返済額が少なくなれば、返済が長期にわたるため、利子が大きくなる。このため、公財政からの利子補助がなされる場合が多く、公財政支出を増大させる。また、低所得層の場合には、返済総額は変わらないが、返済額が少額なため、ローンを完済しない可能性が高い。貸与者が死ぬまで年金などで支払いを続けるのは酷である。そのため、イギリスでは、大卒後30年でローンの残額は帳消しにされる。このため、現在機構奨学金で問題となっているような未返済問題は生じない。しかし、このことも公財政負担が大きくなることを意味する。
 とくに貸与総額は授業料の3倍値上げのため急増した。2006年以降イギリスでは原則として、授業料は全てローンでまかない、在学中には学費負担は発生しない。さらに生活費についても、ローンでまかなうことができる。貸与額は最高約7500ポンドである。このため、貸与総額は授業料9000ポンドと合わせて1年で最高1万6500ポンド、3年間では約5万ポンドにのぼる。1ポンド175円とすれば、約860万円となる。このため、低所得層では完済しない可能性がかなり高いことが懸念されているのである。
(つづく)

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