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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.564
ホリスティック入学選考の時代
―CRB型新AO入試を開発、未来像を描く―

研究員  田中 義郎(桜美林大学総長補佐、総合研究機構長、教授)

 基礎、発展等の2段階化、複数回の実施、CBT利用、等、どんなに開発が進もうが、標準化された「達成度テスト」だけで大学入学者を決定するというのはいかがなものか。今、米国ペンシルベニア大学(U Penn)のダックワース研究室で開発されたグリット・スケール(Grit Scale:熱意の尺度)が注目を集めている。それ以外にも、同研究室では、ソフト・スキルズと呼ばれているもの、いわゆる、非認知的スキルズ(標準化されたテストで測っている学力以外のスキルズ)の尺度開発を行っている。それらの代表格は、共感力、好奇心、回復力、言語コミュニケーション力、人間関係技能、情緒的成熟度、粘り強さ、自己管理力、そして、グリットについては、「成功のカギはやり抜く力。これは長期的なゴールを決めて、どんな手を使っても、どんなに努力してもそれが実現するまでは諦めないことができること。諦めるのが楽なときに、Gritを持っている人はやりぬくことができる」(アンジェラ・ダックワース教授)である。また、カリフォルニア大学(UCLA=CRESST)のハリー・オニール教授は、大学での学びの成功を支える心理的特性として、適応性のある専門知識、創造力、批判的思考力、メタ認知力、チームワーク力を挙げている。
 一般に、高等学校卒業時において、大学進学を目指す生徒たちは認知的スキルズの評価、すなわち、学力の達成度テストを受ける。わが国の伝統的な学校教育システムでは、センター試験に代表される5教科7科目を受験して、その達成度を測定されるのが一般的である。多くの場合、昨今批判を浴びてはいるが、教科教育における過去の知識の集積と暗記力に依存する達成度判定のための学力テストである。
 しかしながら、21世紀スキルの議論が起こり、国際的学力調査であるPISAやTIMMSに見られるように汎用的スキルを測定しようとする機運の高まりと共に、既習のコンテンツの量的獲得に大きく依存する伝統的な標準学力テストでは、学習者としての生徒の可能性の限られた部分しか測れず、生徒個々人の学習者像を全体的に判断し、彼らの将来の可能性を予測するにはあまりに情報が少ない、と言われる。一方、ソフト・スキルズの尺度化は、主観性を排除でき難いなどの困難に直面しているが、関連する研究の多くは、むしろ、将来の学業達成の可能性や社会的成功の良き予測尺度であることを示しており、伝統的学力テストのみによる大学入学者決定の再考が進行している。
 ソフト・スキルズは、昨今、アメリカ大学の入学担当者の多くが探し求めている第2の根拠となる複雑な心理的/文化的特性を総称する言葉である。たとえば、自信、柔軟性、誠実さ、健全性、様々な観点から物事を見る力、楽観主義、一般常識、などを彼らは挙げる。彼らがもっとも着目するのは、問題解決力、発明的な方法で考える力、妥協/交渉/説得といった力、その他、助言力、指導力、コミュニケーション力、ネットワーク力、パブリック・スピーキング(人前で話す)力、などである。更には、誰かに言われなくとも自らやるべきことを見極め、何がなされるべきで何がなされるべきでないかを理解し行動できる力、健全で礼儀正しく振る舞う力、学びを継続する機会を探し求め諦めないで最後までやり抜く力、間違いや勘違いを真摯に認め修正する力、などである。彼らは、これらを次の5つのスキルズに集約している。協働(Collaboration)、コミュニケーションと人間関係の技能(Communication and interpersonal skills)、問題解決力(Problem−solving)、時間管理力(Time management)、リーダーシップ(Leadership)である。ちなみに、高等学校では将来の社会参加を準備する豊かな機会が必要であり、これらの力を養う機会として、様々なチームスポーツ・プログラム、コミュニティでのボランティアなど社会創造的課外活動などが挙げられている。
 これらのスキルズがアメリカの大学でますます注目されている理由だが、大学入学のみならず、将来の職業選択を含む社会人力として注目を集めているからに他ならない。2015年、オバマ大統領は、経済が新たな段階に向かうために、その新たな段階で若者たちが成功するために、大学はもとより職業への準備をさせるための予算化を行ったこともその理由の一つである。その事業の一つに、高校生の非認知的技能、すなわちソフト・スキルズの向上のための予算化がなされたことは記憶に新しい。
 Times世界大学ランキング(2013―14)の上位20校中アメリカの大学はカリフォルニア工科大学(Caltech)を筆頭に、ハーバード、スタンフォード、MIT、プリンストン、UCバークレー、シカゴなど一五大学が名前を連ねている。こうした大学が近年採用しているアドミッション(入学選考)の手法は、一般に、ホリスティック・アドミッション、もしくは、ホリスティック・レビュー・アドミッション・プロセスと呼ばれている。
 ここでは、シカゴ大学の事例を取り上げる。その特徴は、ホリスティック・リーディング・プロセスと呼ばれ、入学願書および関連資料(課外活動報告書、エッセー、推薦状、そして、SATやACT等の学力テストの成績、その他の資料)をすべて丹念に読み、様々な観点から総合的に選考するというものである。よって、SATやACT、高校での成績など得点で報告されるものでの最低点設定による足切りは存在しない。同時に、スコアが低くても、特筆すべき才能が発見されれば、入学許可されるということもある。
 「知識への欲求と学びへの情熱が最も重要」というわけで、入学許可の決定には必ず複数のアドミッション・オフィサーたちによる熱心な議論と合意が欠かせないという。学力テストで点数さえ取っていれば、入学が許可されるというものでもない。とはいえ、点数を全く考慮しないわけでもない。点数もまた、個性の一部分を構成している要素である。なぜならば、人生の成功には、もっと複雑な様々な要因が関わっているわけで、テストの得点のみで、それだけでは人の力量は測れないし、将来を予測するのには無理がある。
 知識や技術は教えてもらうことができるが,発想や着想といったアイデアは、自らたどり着かねばならない。その場合、どのような資質や適性が求められるのかということであろう。
 近年、カレッジボード(ニューヨーク)は、カレッジ・アライアンス・ステージ(高大接続段階)のAP(アドバンスト・プレイスメント)プログラムとして、ケンブリッジ・キャップストーンAPというセミナーとリサーチの相互に関連する二つの授業を高等学校で開発している。
 そこでは、ソフト・スキルズを育てる教育デザインと、それらを尺度化して測ることのできる仕組みの構築を目指している。ETSは、個人の可能性の尺度化を目指してPPI(Personal Potential Index)を開発した。
 わが国が直面している入試改革は、高校3年間の5教科7科目の学習過程で獲得した学力の測定をペーパーテストもしくはコンピュータを利用したCBTで実施するに当たり、テストの標準化、測定の規格化と測定過程の効率化を行うことに多くの時間が費やされている。アメリカを中心とした先進諸国の大学入学選考の変化の趨勢は、少なくとも、そうした方向に向かってはいない。高等学校での教育は、大学入試での合否判定のための準備にのみにあるのでなく、グローバル化時代に大学での学業に道を付けると同時に、その後の社会人生活を成功に導く準備をすることであるとの一般的理解である。とすれば、アカデミック・スキルズと同時にソフト・スキルズへの着目は当然でもある。その後の成功のために不可欠な複数の要素を組み合わせた全体的選考へ移行の検討はなされないのだろうか。
 大学全入時代とはそういう時代の現状を直視することである。
 最近、読売新聞の「大学の実力」で、「AO入試は本来、学力試験で測れない意欲や能力を重視する試験だが、…」という記事が掲載された。しかし、わが国では、学力を含めた複合的要素による選考を本来目指したけれども、いつの間にか学力不問になってしまったことの原因が大きいとも言える。(図1参照)
 今は、CRB(College Readiness Benchmark)による大学入学水準の資格化の議論が必要である。大学教育の選択では、大学と生徒ができうる限り多くの情報を相互に交換して、最良の相互選択に導かれることが望ましい。
 しかし、大学もまた、最新の流行を採り入れながら、短いサイクルで、マーケットの要求に反応して教育を提供しがちである。
 まるでファスト・ファッションの手法かと思えてしまう様なファスト・エデュケーションから脱却して、持続可能な社会で豊かな社会人生活をリードする未来につながる丁寧な入学選考や教育:“スロー・エデュケーション”を目指しても良いのではないか。
 今、大学の役割は何か。入学選考や教育の昨今の有り様は、大学の今日的存在意義と深く関わっている。

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