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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.561
四半世紀後の入学者数
〜激減の推計値を視野に入れよ

客員研究員  山本 眞一(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科教授)

〈長期的戦略が重要〉
 近年、目まぐるしく変化しつつ展開する大学改革の動きの中で、各大学は個別案件の対応に追われている。その姿が撒き餌に群がる池の鯉のごとくであるのは、大学の威信や資金獲得のためにはやむを得ないとの見方もあろう。しかし長期的戦略を欠いた行動は、大学が本来もっているエネルギーをさえ消耗し、結果として残るものが果たして何であるかを考えると、いささか空しい思いがある。空しいだけならまだ良い。実は、大学経営の根幹を揺るがしかねない深刻な事態が近未来に迫りつつある。しかも多くの関係者は、その真の姿をまだ具体の視野に入れていないのではないだろうか。周知のごとく、今年の18歳人口は前年度比で5万人減った。志願者や入学者をかなり減らした大学も多いことだろう。5万人の人口減は、仮に18歳人口の6割が志願するとして3万人の受験者減となる計算で、入学定員400人規模の標準的大学に直せば70校分以上の人数になる。もっとも今回は一時的なもので、しばらくは18歳人口は現在の水準が維持される。しかし5万人の人口減でもこれほどのインパクトがあるとすれば、18歳人口が本格的に減少する2020年代以降、事態はさらに厳しいものになるだろう。その意味でも大学経営における長期的視野が重要であるのは言うまでもない。
 厚生労働省の2012年公表の推計値をもとに図表を作成してみた。18歳人口は2018年から本格的に減少を始めるが、これを2020年、30年、40年という3時点で考えることにしたい。2020年時点はやや減少があるものの、現在との差はさほどではない。しかし、2030年になると18歳人口は10年間で15万人の減少、2040年までの10年間では20万人以上の減少が推計されている。結果として2040年には現在の3分の2、80万人を割る数値となっているのはご覧の通りである。
〈激減が予想される入学者〉
 一方、大学・短期大学への入学者数は、18歳人口の減少に従って減少していくことが見込まれるが、進学率を現時点(2013年)のままとする「ケースa」と図表の注にあるような仮定で上昇するとする「ケースb」を考えてみた。ケースbの70パーセントという進学率は、専門学校まで含めた現時点での進学率を考えれば、それほど非現実的ではないであろう。ただ、専門学校には独自の魅力があることは明記しておかねばならない。ともあれ、いずれのケースにおいても、今後かなりの入学者減があることは間違いない。
 それでは、われわれ大学関係者はどのように対処すればよいのであろうか。これには大きく分けて2つの選択肢が考えられよう。その第1は、個別の大学の立場からの選択肢である。それは、自大学の魅力や教育研究の質を高めて、競争力のある大学にすることである。ガバナンス改革やグローバル化対応、教育の質の向上など、直ちに戦略の幾つかが思い浮かぶ。確かに、個別大学の戦略としては、競争力を高めて、他大学との学生獲得競争に勝てるようにするしか採るべき方策はないように思える。しかし、経済学でいう「合成の誤謬」問題が、このような個別大学の戦略を無駄なものにするかも知れない。つまり、努力するのは他大学も同じであって、結局のところ高等教育全体のパイが縮小する中にあっては、わが国の大学全体をどうするかという問題を考えなければ、個別の大学にとっても戦略が立てようもないということである。
 そこで第2の戦略は、わが国の大学規模全体に関わる話である。この点に関し、政策当局の意図はともかく、ある程度の大学淘汰はやむを得ないというのが世の中一般の意見かも知れない。しかし淘汰は、強い大学あるいは環境変化に対応できる大学の生き残りの結果として、ある程度は是認できるだろうが、多様に展開する高等教育機関全体にとって、どの程度まで許されるのかということも考えなければならない。また、淘汰の対象となる大学や大学という業界にとっては、人的にも物的にも直接に利害が絡む問題でもある。これまでのわが国の経験からして、何らかの政治的配慮あるいは動きが出てくると考えるのは、その良否は別としても、必ずしも不自然なことではない。
〈「淘汰」以外も選択肢に〉
 あまり大きな声では言えないものの、おそらく何らかの方法で入学者という「人的資源」の再配分を求める声がいずれ沸き起こってくるのではあるまいか。つまり、競争だけではなく協調による利害調整も図るべき、という考えである。ここから先は、あくまで私見にもとづく参考情報でそれが実現の方向に向かうかどうかは、ひとえにその政治的な動きに向けての関係者の声と力の強さに大きく依存することを承知の上で、若干の考え方を述べてみたい。それは「淘汰」以外の選択肢も使いつつ、現在の大学の規模を全体として縮小させることである。
 一つは、国公立大学の学部入学定員を削減して、これを大学院の充実に回すことである。国立大学の入学定員は現在10万人弱であるが、例えばこれを1割削減ないし転換することによって、1万人の入学者枠が生じる。1万人は入学定員400人規模の私立大学で換算すると25校分である。非現実的と思われるかも知れないが、国の行財政改革あるいは大学院重視の姿勢の如何によっては、ありうる選択肢かも知れない。
 2つには、私立大学における入学定員厳守あるいは有力私学の入学者数の自制である。たとえば、現時点での私学の学部入学者数と入学定員との差は2万4000人ある。四割の定員割れ校がある一方で、志願者を多く集めることのできる大学もあることを示す数値である。この余裕を私学全体のために活用すべきと考えても不思議ではあるまい。またこれは、国立大学を含め人気大学の受験競争性を高め、いささか緩み過ぎた大学入試の役割を再活性化することで、高校生や大学生の学力低下の歯止めにも役立つかも知れない。
 いずれにしても2040年はそれほど遠い未来ではない。現時点で40歳未満の方々にとっては、定年前に迎える現実のことなのである。このことを具体のものと認識し、真剣に採るべき途が議論されることを望みたい。

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