アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.530
出生率問題を総括する 合計出生率に回復 (上)
先般、本稿512号に掲載した“出生率を再考する(上)”では、合計出生率の統計的算出方法などを再確認した。513号の同(下)では、合計出生率が最低実測値2005年の1.26以降、微増を示していることなどを論じた。
この度、厚生労働省は“平成24年(2012年)の人口動態統計月報(概数)”の概況について、“合計特殊出生率”が、1.41になったことを6月5日に発表した。
“平成10年(1998年)当時の厚生白書”には、1996年の合計出生率の実測値の1.43が発表されているので、今回、1.40のレベルに回復したのは16年ぶりになる。
この“1.41”回復を機会にデフレと円高が連動した長期デフレ経済と“少子化”との関連を再度検証して総括をすることとした。
菅 義偉官房長官は3月27日の記者会見で国として出生率2.0という目標を掲げて挑戦するのも一つの考えである。と述べた。また、産経新聞7月18日の社説欄“主張”の記事には“政府が40万人分の保育の受け皿を新たに確保する具体的数値を挙げたのは貴重な施策だが、これらは、子供が生まれてからの対応だ。いま求められているのは、生まれてきた子供をいかに大切に育て上げるか以上に、子供が生まれてこない現状の打開である。”という意見が述べられている。
少子化問題について白川方明日本銀行前総裁は、2011年11月4日の講演で日本のデフレーションの根本的原因は、人口が減少し経済成長率の低下が原因であると述べ、2012年5月30日の日銀金融研究所主催の国際カンファレンスで人口減少の継続は、当面経済成長率を押し下げる、とし、デフレの原因は、“少子化”である趣旨の挨拶をした。
この“デフレの原因少子化説”は、“少子化”がデフレ経済の長期持続の原因であるという説である。これに対する反論は、逆にデフレ経済の長期持続そのものが“少子化”を生じた原因であるという“少子化の原因デフレ説”である。この説を提唱するマクロ経済リフレーション(リフレ)派の見解を(下)で説明した。
外来語小辞典によると“reflationとは、デフレ不況の物価水準を正常水準に回復するための統制的な通貨膨張政策を行うことである”と定義され“リフレ”は和略語であると説明している。簡略に言えば、円貨流通の国内供給量が少ないことがデフレの原因であり、円貨流通の供給量を増やす膨脹政策を取るべきとするのがリフレ理論の要旨である。
インフレーションについては、日本の2011年の年平均インフレ率がマイナス0.28%で世界183か国中、最下位であった。インフレ率のマイナス状態は、デフレーションそのものである。日本よりも人口減少傾向を呈している国は10数ヶ国もあるが、いずれの国もデフレ経済ではない。唯一日本が長期デフレ経済の国なのである。したがって“少子化”がデフレ経済の原因でないことは明白である。“少子化”の原因がデフレ経済であれば、デフレ経済を脱却できた時点で“少子化”が回復に向かうことになる。反対にデフレ経済の原因が少子化の場合、少子化が続く限り、デフレ経済からは脱却できないことになる。
デフレーションとは、国内全体の一般物価(すべての物とサービス)の水準が2年以上継続的に下落する状況をいい、2年以上の物価下落の継続状態をもって、デフレの定義としている(IMF:国際通貨基金)。
デフレ持続期間を20年間とする考え方もあるが、一応、持続期間を約15年間と考え、デフレの始まりを1998年とした場合、合計出生率が1996年の1.43から2005年の1.26を経て2012年の1.41に戻るまでに16年を要したことになる。
この期間のかかる給与等所得環境は1997年の給与所得者の平均年収467万円の最高値以降、2009年の406万円が最低値になった。この間の経過で60万円余の減収を生じ、2011年に至っても409万円程度の低迷が続いた。これに加えて、平均年収300万円以下の給与所得者人口は、2010年までの10年間で約35%から約41%に増加している。
この実質所得の減少により、家計支出面の住宅ローン返済と教育経費支弁などが困難になり、貯蓄額を可処分所得で割った家計の貯蓄率が、世界一であった1976年の23%以降、2005年前後に至って4%台に激減している。
さらに失業率は、1980年代の2%から1998年は4.11%、2002年には過去最悪の5.36%に上昇した。2010年の若年者(15〜24歳)の10%台の失業率は2011年に8.2%になり、全世帯4.6%の約2倍の率であったが、2012年時点で3%台に激減した。企業の正規雇用者が減少して、非正規雇用者雇用が増加し、求人倍率の低下でリストラ解雇後の正規雇用への再就職が困難であることと、新卒新規雇用の若年者求人倍率が0.9と大幅に減少していたが、2012年時点で倍率が1.2に回復した。若年者雇用にかかわる求人倍率は、新規雇用との関連から確認を要する指数である。
不幸なことであるが1997年の自死(自殺)者総数2万4391名がデフレが始まった翌年の1998年に3万2863人名に急増し、以後、毎年男女総数約3万名を超える状態が続いていた。幸い2012年に至り2万7766名に減少した。今後は引き続いて減少傾向にあると予測される。
2011年時点まで悪化していた所得・雇用の係数、%などの数値が2012年の政権交代を境に回復数値を示す傾向がみられる。
今後、1.41の合計出生率を一定の人口置換水準維持に必要な2.10に高めるために早急にデフレ経済から脱却しなければならないが、現在アベノミクスの第一矢から始まるデフレ脱却のための施策が確実に実行される現況である。
デフレ脱却対応の経時的状況からみて、デフレ経済が完全に脱却する前後にはタイムラグがあり、現況マイナスのインフレ率であるデフレ状態を脱却させるためのインフレターゲッティング2%が完結するには、予測、2年の期間が必要とされている。