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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.519
韓国私立大学の国際化 高等教育システムの違いが及ぼした影響

研究員  米澤 彰純(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)

 現在、私学高等教育研究所のプロジェクトの一つとして、韓国の私立大学の国際化について日本との比較を念頭に研究をさせていただいている。周知のように、日本と韓国は、ともに私立大学が大学数でも学生数でも大多数を占め、多様性に富んでいる。一種の合わせ鏡のような対象であるのだが、そこにはいろいろと細かな差があり、一概にどちらが優れているとか、進んでいるとかは言えない。しかしながら、明らかに韓国が一歩先んじていると考えられるのが、私立大学の国際化である。私たちはそこから何を学ぶことができるのだろうか。
 私たちが注目しているのは、社会や高等教育システムの構造の違いが、私立大学の国際化にどのような影響を及ぼしているかである。なお、現実にはいずれも「大学」と称することができることから区別が難しくなっているが、ここでは、四年制大学に議論を限定し、短期で実業的な教育を行う「専門大学」は含まないこととする。
世界水準の私立大学
 まず、韓国の私立大学の中に、大学ランキングに掲載されるような研究能力の高い大学が含まれていることである。日本の中にも早稲田大学や慶應義塾大学など、QS社の世界大学ランキングに名を連ねる私立大学はある。しかし、研究実績では私立大学ながら国際企業POSCOの強力な支援を受ける浦項工科大学(POSTEC、1986年創設)、戦前につながる歴史をもつ総合大学である高麗大学や延世大学などが、これら日本のトップ大学を上回る研究成果を誇っている。
 この背景には、以下のようなことが考えられる。第一に、研究資金の獲得における私立大学の地位の高さである。旧帝国大学と東京工業大学が国や民間の研究資金の獲得における上位を独占する日本の場合と異なり、韓国では研究力に優れ国家的支援が集中する国立大学がソウル大学と理工系に特化したKAISTなどごく少数に限られ、研究資金がトップ私立大学にも行き渡りやすくなっている。
 第二に、英語での教育・研究への適合性である。研究者養成機能の発達が日本に比べて遅かったこともあり、特にトップ大学では教員の多くが米国をはじめとする外国で博士号を取得している。また、実際の運用では学生・教員それぞれの英語能力の限界など、さまざまな問題が指摘されながらも、POSTECHや延世大学の国際学部などは原則すべて英語で授業が行われ、高麗大学は2015年までに英語での授業を50%とするという目標を掲げている。
語学堂の発達
 日本の大学では、私立大学の留学生別科や国立大学を中心に留学生センターが整備され、日本語教育のサービスを提供している。また、大学外に多数の日本語学校が存在する。留学生はまずこれら日本語学校に入学し、そこから大学への入学を果たそうとすることが一般的になっている。
 これに対し、韓国では一流大学においても大学のエクステンション事業として「語学堂」が置かれ、その大学に所属しない留学生に対しても幅広く韓国語教育の機会が与えられている。これらの留学生はその大学へ進学するとは限らない。他方で、大学以外の韓国語学校の発達はごく限られている。また、前述のようにトップ大学を中心に英語での授業が充実しているため、韓国語が不十分であっても、英語で学習する機会が日本に比べて大きく開かれている。
キリスト教
 キリスト教人口が1%未満の日本と異なり、韓国では国民の過半数がキリスト教徒である。このことは、キリスト教系の大学の発展にも大きな影響力を与えている。浦項にある韓東大学(ハンドン・グローバル大学、1995年創設)は、このキリスト教系の大学の中でも特に強い個性を有している。同大学は、POSTECHと同じく浦項にあるが、理工系に特化したPOSTECHとは性格を異にし、超党派のキリスト教関係者の支援に基づき、グローバル時代の国際教養教育を行おうとしている。
 21世紀にふさわしい国際的な教養教育を目指す動きそのものは、1990年創設の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスや1994年創設の宮崎国際大学などから始まった日本での様々な試みと呼応していると言えるかもしれない。英語による授業、キリスト教ネットワークを通じた留学生と国際寮、英語圏を中心にした外国人教員の大量招聘、リベラルアーツ型の教育、韓国人学生への中国語必修、卒業要件に英語能力を課すなどして、世界で活躍するリーダーを育てようとする試みそれ自身は、日本、あるいは国際社会の視点から見ても、必ずしも珍しいとは言えない。
 しかし、日々学生たちの間で唱えられる世界への奉仕の誓いをはじめとして、教員が教育に熱情を注ぎ、学生が主体的に学習に取り組める環境と信頼関係を短期的に作り上げていった過程は、急速に独自のキリスト教コミュニティが構築された韓国の現代文化の展開を背景として考えないと、説明がつかない。韓東大学の個性は非常に強く、それだけに様々な論議を巻き起こしたことも過去にあったようであるが、少なくとも学生に対して高い学習や成長への動機付けを行うことに成功していると言える。
地域社会との連携と国際貢献
 他方、大邱市にある啓明大学の国際的な展開は、専門スタッフによる世界との国際交流・学生派遣の推進や、中国を中心とした留学生の獲得、地元社会の国際化への貢献など、その経営における特徴から学べることが多い。学生と私立大学の双方がソウルに一極集中し、慶熙大学など組織的な国際事業の展開を進める大学もまた、ソウルを本拠地としている。こうしたなか、韓国の高等教育の国際化政策そのものは、仁川に置かれた自由貿易特区にニューヨーク州立大学などの海外大学や韓国の有力大学の国際キャンパスを誘致するなど、むしろ地方分権化政策と深い関係を持って推進されることが多い。啓明大学は、ポーランドのショパン音楽大学と連携して国際コンクールを開催したり、途上国へのボランティア派遣など、地域社会との連携や国際貢献などの分野で精力的な活動を行っている。
規模の違いと強力な政府統制
 以上、韓国の私立大学の国際化の文脈を概観したが、次の点で、解釈において注意が必要と考えられる。第一に、規模の違いである。人口規模が日本の半分以下であることから、大学教育においてもグローバル社会の影響を受けやすく、学生の英語力が総じて高い。同時に、私立大学の総数が184と少なく、その分、日本のような非常に小規模な私立大学は存在しないことである。第二に、政府の強い統制が定員割れの大学に対して試みられており、市場からの撤退や留学生受け入れの資格審査など、大学運営においてより激しい一面を有している。
 本稿は、本研究所のプロジェクトメンバーの研究成果に基づいて執筆させていただいた。特に、3月に訪問調査でご一緒した中山勝博、嶋内佐絵、文朱姫の各氏と、調査にご協力いただいたすべての方々にこの場をお借りして深く感謝したい。


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