アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.514
学び続ける力と大学教育 大卒就業者への調査から
昨年8月の中教審答申は、「生涯学び続ける力、主体的に考える力」を大学が育成すべき能力として示した。以前、この欄(アルカディア学報397)で、大卒の就業者は「自己啓発」を行う比率が高いことをデータで示したが、「自己啓発」は、まさに「学び続ける力」の発揮に他ならない。大卒就業者が非大卒者に比べて「学び続ける力」に長けていることは、既存の統計データから指摘できるところである。ただし、それが大学教育で育成されたものであるかどうか、また、どのような教育がその育成を助けたのかは明らかになっていない。最近、労働政策研究・研修機構が行った、大卒者を含む就業者の能力開発と職業キャリアについての実態調査をもとに、この関係を検討した。
分析結果を先に示すと、大卒就業者が一定期間に自己啓発をしたかどうかに影響を与える要因はいくつか見出された。まず、現在の職業が専門職や技術職である場合、自己啓発をする人が多かった。これは、仕事上学ぶ必要が高い職種を示しており、ここでの議論には直接関係しない。
この現職での必要性をコントロールした上で、過去の学びが自己啓発の実施に影響しているかを検討すると、第一に、中学校3年生の時の成績が良かったと自認する人ほど自己啓発をする傾向があった。これは、大学入学以前に形成された基礎学力が「学び続ける力」の形成に関与しているということを示すものだろう。第二に、大学在学中の学習の経験にも自己啓発の実施に効果のあるものがあった。大学教育が「学び続ける力」を育成してきたことも、同時に示唆されたということである。
では、どのような学習経験が有効だったのか。調査では、大学在学中の学習経験は、「学科の専門分野の授業」や「グループ作業やディスカッションの多い授業」など、受けた大学教育の特徴として15の側面で示され、それぞれどの程度「充実していた」かを尋ねている。15の側面のうち、自己啓発にプラスの効果があったのが、「卒業制作・卒業論文・卒業研究へのあなたの取組み」と「産業界や地域社会と関係した授業」の二つであった。これらの充実度が高かったとする者ほど、自己啓発をしていたということである。
先の答申では、学び続ける力、主体的に考える力を持った人材は、学生からみて受動的な教育の場では育成できず、主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)が必要だとされ、さらに、それを促す具体的な教育の在り方として、授業の事前準備や事後の展開を促す教育上の工夫に加えて、インターンシップ、サービス・ラーニング、社会体験活動や留学体験といったプログラムの提供が必要だと指摘されている。能動的学修を促すために必要なプログラムの多くはキャンパス内では完結せず、地域社会や企業・産業界との接点で構築されるということだと読みとれよう。
とすると、先の分析結果は、この指摘を実証データによって裏付けるものとなる。さらに、「卒業制作・卒業論文・卒業研究」はと考えれば、「主体的に問題を発見し解を見いだしていく」という能動的学修の説明がそのままあてはまる学びの形であり、やはり答申の指摘を支持するデータだといえる。大学における能動的学修が、「学び続ける力」を育成することは確かなことだと思える。
さて、この分析では、自己啓発にマイナスの効果を持つ側面も一つ抽出された。「進路の目標や計画を考える授業」がそれである。なぜこの授業が「学び続ける力」の獲得にマイナスなのか。大学におけるキャリア教育は、1990年代末にインターンシップを核にして始まったが、これを特定の授業で展開しようとしたとき、最初に取り組まれたのがこの進路設計型の授業であったのではないだろうか。インターンシップ等の産業界や地域社会との接点のある授業はプラスで、進路設計型の授業はマイナスというのはなぜなのか、現段階では十分な説明はついていない。
ただし、同じデータを用いて、卒業直後の正社員就職の有無を目的変数にして分析すると、「進路の目標や計画を考える授業」は有意ではないがプラスの効果を示した(「産業界や地域社会と関係した授業」は有意にプラスであった)。進路設計・目標設定を促すことは、就職活動を積極的に行わせることにはプラスなのだろうが、生涯にわたって学ぶ力、すなわち変動する社会で状況に応じて必要な学びを続ける力の獲得にはつながらないということではないか。社会的・職業的自立のために必要な能力・態度の育成がキャリア教育の目標であるなら、「進路の目標や計画を考える授業」においても、社会変動への対応により配慮した授業の展開が求められる。
最後にキャリア教育への危惧をもう一つ提示したい。昨年、政府は「若者雇用戦略」を定め、そこでは産業界、労働界、行政組織を挙げてのキャリア教育支援体制の構築が謳われた。すなわち都道府県等の地域ごとに学校等の教育機関、産業界、NPO、労働団体、地方自治体、労働局、経産局が参画し、地方自治体(教育委員会、教育関係部局、労働商工関係部局)あるいは地域の経済団体等が核となって、「地域キャリア教育支援協議会」を設置し、インターンシップ・職場体験の紹介・斡旋を行ったり、企業・経済団体・労働団体などの出前授業による教育活動支援などを実施したりするというものである。大学もその対象として議論され、特に大学と地元の中小企業との接点構築が重要とされた。しかし、文部科学省の25年度予算においては、この地域キャリア教育支援協議会設置促進事業は初等中等教育局の所管とされ、若者雇用戦略での大学を中心とした議論とは齟齬が生じている。この協議会に、大学におけるキャリア教育に対しても積極的な支援を行なうよう大学側から働きかけることも必要だと思われる。
注:労働政策研究・研修機構の調査は、25〜44歳の都市部の有業・無業の男女を対象にした調査(エリアサンプリング法、有効回収票4076票)であり、ここで引用した分析は、うち大卒就業者934ケースを対象に自己啓発の有無を目的変数とした二項ロジステック回帰分析を行った結果である。
【参考文献】
労働政策研究・研修機構(2013)『働き方と職業能力・キャリア形成―「第2回働くことと学ぶことについての調査」結果より―』労働政策研究報告書No.152
濱名篤 他編(2013年)『大学改革を成功に導くキーワード30』学事出版.