アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.513
出生率を再考する 合計出生率増加への対応 (下)
前号で、日本のデフレーションは、少子化が原因であるという“デフレの原因少子化説”は間違いであって、逆にデフレ経済が少子化を生じてきたことを述べた。
韓国、香港、台湾などは、現在、日本を上回るペースで少子化が進行しているが、いずれもデフレ経済状況ではない。世界で唯一、15年間もデフレが続いてしまった日本経済の“長期デフレによる経済不況”そのものが日本の合計出生率減少・少子化の原因なのである。したがって、単純に考えてデフレ経済から脱却できれば、合計出生率は増加し少子化は改善されることになる。
デフレとは、物の価値(物価)が持続的に下落していく経済状態であり、反対に物価が持続的に上昇していく経済状態がインフレーションである。2011年の日本の年平均インフレ率は、マイナス0.28%で世界183カ国中の最下位である。すなわち、インフレ率がマイナスの日本は、世界唯一のデフレ経済国家として経過してきたのである。
マクロ経済理論では、円貨幣の国内流通供給量に対し、物の量が多ければ物自体の価値が低くなるデフレになり、円貨幣流通供給量が少なければ、貨幣価値は高くなるので円高になるというのが定説である。
現在まで15年間のデフレ状況が継続し、デフレと円高が連動したのは、基本的に円貨幣の国内流通供給量が少ないために生じたことになる。為替レートの円対ドルの関係だけをみても、両国内の貨幣流通供給量の相対的バランスの問題として、円の国内流通供給量が少なければ、円がドルよりも希少価値になって円高ドル安を招くことになる。
円と物の関係では、円の国内流通供給量が過少で“物”の需要が過大であれば、さらに物を生産供給しても、供給過大になった物の価値の低下が生じて、継続的な物価下落のデフレを招くことになる。この“物”の需要量と供給量の乖離の差がデフレギャップという状態で、この差は約20数兆円にも達していた。
すなわち、日本は国内生産能力が充分あるにもかかわらず、物を作っても国内需要(内需)がなく、作った物が売れないデフレ不況の状態と同時に円高が連動していたのである。
国家経済の基本である国民の生活基盤は“雇用の恒常的確保と給与等所得環境の安定”が必要であり、この雇用と所得を提供するのは国内企業であるが、物の需要と供給のデフレギャップの長期の経済低迷から、企業業績は悪化し続けてきた。
企業は、企業自体の生き残りのために円高で割高になった日本国内の労働賃金雇用よりも、相対的に安くなった外国の労働賃金雇用を求めて、物の生産拠点設備を海外に移転させ、国内生産拠点設備を閉鎖して対応する生産拠点のグローバル化を実施し、閉鎖された国内生産拠点の工場施設の従業員は職を失うことになった。
これらの状況下の国内中小都市の地域では、職を失った従業員と家族がその地元で新たな再就職先を求めることが困難であるため、他の地域に転出する状況から人口減少が発生し、地元の商品などの購買力低下を招いた。
その結果、地元の商店街は人通りが途絶えてシャッター通り化し、一部の商店のコンビニエンス・ストアへの転出や専門店を集約した大型量販店の郊外進出により、地元商店街は、ますます衰退化が進んでしまった。
シャッター商店街の後継者たちも新たな職を求めて地元から離れ、また、下請けの中小企業事業所の閉鎖や電車、バス、タクシーなど交通関連事業所の事業縮小・廃業などの連鎖により、地域経済の空洞化現象がますます進展することになった。
都市の規模にかかわらず、生産規模の大きい企業の生産拠点設備が海外へ転出することによって、国内の雇用、就職率の低下が恒常的に持続し、中小企業も仕事の受注減少から売上業績が低下の一途を呈してきた。前述のように国民に“雇用の恒常的確保と給与等所得環境の安定”を提供するのは、基本的に国内企業であるが、この企業活力が長期にわたって失われたのである。今後のデフレと円高からの脱却と雇用の恒常的確保と給与等所得環境の安定が共に連動する動向でなければならない。この連動した国内の活性化が得られるようになってもいったん、海外へ進出したグローバル化企業が国内に戻ってくるには、かなりの時間経過を要するものと考えられる。
グローバル化企業の多くは、本社的部門は国内にあって生産拠点設備を海外に置くことになっているが、海外生産拠点設備の収益の95%は課税外(2009年度税制改正)であるため、収益を日本国内本社に戻すことができるが、デフレと円高が続いている状態では、国内に新たな設備投資の資金支出を行えないため、資金は企業内部に“内部留保”として留まる傾向であった。
前述のマクロ経済理論では、デフレと円高は基本的に国内の円貨幣流通供給量の減少によって起こるのであるが、そうであれば日本銀行が新規に円貨幣(日本銀行券)を発行して、円貨幣流通供給量を増やせばよいことになる。
円貨幣の流通量が増えれば貨幣価値が下がり、相対的に物の価値が高くなるので、経済はインフレ傾向になる。現時点で円貨幣流通供給量が増加して、デフレがインフレ状態に移行することでデフレと円高が解消されるが、一方、円貨幣流通供給が過剰になれば、本格的なインフレになってしまうためにインフレ化への移行については、適切なインフレ率の目標(インフレターゲット)の設定が必要とされる。
先進各国は、インフレ率2〜3%を経済安定のためのインフレターゲットとしている。“日本銀行法”の規定は、第一条:日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。第二条:日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。 と定めている。
この国民経済の健全な発展のために現時点で必要なことは、国内企業による“雇用の恒常的確保と給与等所得環境の安定”であって、恒常的な正規雇用と適切な給与所得確保の両方の安定供給が国民の生活の設計と維持に必要である。
合計出生率2.1にかかわる“人口再生産年齢の夫婦とこども2人の家族”には、こども達の出生〜乳幼児〜就学に至る各成長課程に対応するものとして、まず住居確保が必要であり、住居購入とローン、賃貸及び学費などの支出が生計上で確保されなければ、2.1は維持できない。
アベノミクスによるデフレ脱却に引き続く国家財政と社会経済の恒常的安定の方向性が確保された時点で、合計出生率の増加が始まることになる。この時点に至る期間に大学が行うべき活動は、文部科学省が“国公私立大学を通じた大学教育改革の支援の充実等”で新規予算を図っている“地(知)の拠点整備事業(大学COC(Center of Community)事業)”に参画することである。
この事業は、大学が地域の再生・活性化に貢献するために地域の自治体等と連携し、全学的に地域を志向した教育・研究・社会貢献を進める活動を実践することとし、活性化の取組事例として地域への研究成果の還元・地元企業への技術指導及び子どもの学び支援・子育て支援・商店街活性化活動などが提示され、大学全体としての総合的な取組み・将来的な教育カリキュラム・教育組織の改革等の必要性を示唆している。詳細は、すでに大学団体に資料説明がなされている。
関連して文部科学省要望が認められたものとして、税制改正事項の“教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置の創設(新設)”がある。これは祖父母等が孫等に対して教育費として一括贈与した資金を子、孫ごとに1500万円を非課税とするとしている。
この制度は、高齢者資金を孫等の教育費として有効活用するものであるが、米国では、世代間資産移転の高等教育資金積立金制度(529プラン)として、税制優遇措置が実施されているとのことであるが、日本の2.1の家族生計上の教育費支出負担軽減も重要事項であることは言うまでもない。(おわり)