アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.512
出生率を再考する 18歳人口増加の可能性 (上)
現在、大学にかかわる高等教育関連の統計的データ表示に“18歳人口の年次推移”が用いられる。18歳は、大学等の高等教育機関への進学の年代であり、この年代人口の人口減少が高等教育機関の入学定員数とのかかわりから、種々の問題を生じていることは、周知のとおりである。
1992年の18歳人口205万人のピーク以降、減少傾向が持続し2011年には120万人に減少している。さらに2018年までの7年間は120万人(増減1万人程度)で推移する統計予測であるが、この年代の増加は、もちろん出生率の増加動向にかかっている。
大学等の高等教育にかかわる我々は、18歳人口年次予測グラフと合計出生率の推移を合わせて見ることが習慣になっているが、この際、改めて“出生”にかかわる“合計出生率”の意義を再考することとする。
“合計出生率(TFR:Total Fertility Rate)”は、通常“合計特殊出生率”と云われているが、原語には“特殊”と云う日本語相当の語意がないことと“特殊”を付す意義も明確でないことから、特殊を削除した“合計出生率”を使用する統計学者も多い状況でもあるので、この際、本稿でも“合計出生率”を用語として用いることとした。
合計出生率は、一般的に“一人の女性が一生のうちで産む子どもの数”と簡単に定義されているが、研究者によっては、この定義は誤りであると指摘している。したがって、合計出生率を人口総計的表現で定義するのは難しいが、一応、私見として「ある年次に女子年齢別出生集計調査をされた“仮説の人口再生産システム”を形成する女子が生涯に出産する出産年齢別集計の平均値に基づく子どもの数である」と定義してみた。
“仮説の人口再生産システム”とは、調査年次に生まれた女児がその後、出産可能な年齢に到達し、次世代の子どもを再生産するとしたシステムとされている。この女子の再生産年齢(reproductive age)は、人口統計処理上、“15〜49歳”で計算される。
“子どもの数”は、1996年〜2000年の出生男女性別の平均値比率を基準として、“女児100対男児105”の割合で統計計算されているが“人口再生産システム”からは、この年次に生まれた“女児”が人口再生産年齢まで生存して、次世代の子どもを出産することで“人口置換水準(replacement level)”が維持されることになる。
人口置換水準は、継続的に一定人口数を保つに必要な出生率のことで、この比率が継続し、人口総数に一定期間増減のない安定した状態を“静止人口(stationary population)状態”という。したがって、人口置換水準は、出生男女別比率と人口再生産にかかわる女子生存率が影響することになる。
人口置換水準に到達、維持するための合計出生率の指標は、2.07〜2.08が必要とされるが、外国に出向する国際人口移動による国内人口減少要因などを考慮して、合計出生率を2.10とし、この2.10を人口置換水準維持に必要な合計出生率の指標としている。人口置換水準が維持されれば、一定の総人口の持続的維持が予測されることになるが、出生率の正確な予測は多数要因があるので難しい問題である。
日本人女性の2010年の“平均寿命”の86.39歳は、世界平均(2009年/69.2歳)をはるかに越えているが、平均寿命を表す2010年の0歳女児の“平均余命”も当然、86.39歳である。この女子の生存率が高いということから、出生率が増加すれば日本の人口数再生への期待がもてることになる。
下表の左側は、2000〜2011年の合計出生率の実績値(厚生労働省:人口動態統計)である。右側は2000年度国勢調査に基づき、2002年1月発表の合計出生率の統計結果である。この国勢調査に基づく合計出生率将来予測は、2001年以降の10年間の予測値中位の推計ですら実績値と乖離しているが、2008年以降の合計出生率は年次の増加傾向がみられる。
表の左側の実績値は、2000年以降、2005年1.26が最低値であって、その後は2010年1.38にいたるまで実績値は、毎年度1.3のレベル内の増加傾向で推移し、実績値が推計予測値の中位よりも高い増加傾向である。その後、2011年実績値1.39が発表された。
この1.39をいきなり、人口置換水準の2.10に到達させることは困難であるが、1.40〜1.50〜1.60〜1.70と、経時段階的に増加させる対策を取りながら、その都度の状況要因に対応する考えが必要とされる。
2004年発表の総人口動向は、ピークの2006年の1億2774万人から遂次減少傾向を示すが、研究者によっては、合計出生率1.70の状態が持続した場合であっても、100年後には現在の総人口のほぼ半数が維持できると予測している。
一方、年金財政は出生率にも左右されるので100年後の総人口にかかわる年金維持問題として、2004年の公的年金制度改正の条件設定に段階的な保険料引き上げと給付金率引き下げが実施できることとし、将来人口の前提に2005年の合計出生率1.26の最低実績数を公的年金制度計算の中位ケースとして試算し、2105年まで公的年金制度を維持できるとしている。
合計出生率2.10を維持するには、“夫婦と子ども2人の4人家族”の生活が安定維持できる社会状況が必要である。社会経済の先進諸国は、いずれも出生率低下の状況になることが当たり前として、少子化が及ぼす社会的影響などが論じられてきたが“出生増加”に対する何らの具体的対応がなされなかった日本社会の側面があった。
いわゆる少子化要因は、各国固有の問題があって各々の対応は一律ではない。合計出生率を回復させた外国(フランス)の事例が前提の異なる日本に適応できるわけではない。
先進国とされる国々の社会経済状況のなかでは、日本が唯一、長期に及ぶデフレーション(デフレ)が持続している国である。実際は、1991年ごろからデフレ状況が持続したままで経過してきた。このデフレ経済は、国内の「物」と「通貨」の需要と供給の均衡が崩れて、国内需要(内需)が極度に減少する形の経済不況が続いてきたのである。
デフレ経済が続いたのは、出生率低下が原因であるという“デフレの原因少子化説”があるが、これは真逆の話で十数年間続いているデフレによる経済不況そのものが、少子化を生じさせている合計出生率低下の要因であると多くのマクロ経済の専門家が提唱している。
要は、デフレの経済状況が解消されれば、経済活性化に即して、合計出生率増加が回復するということである。このデフレ経済と少子化の解消に関わるマクロ経済的視点から合計出生率の回復の可能性について引き続き論ずることとする。
(つづく)