アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.496
諸条件・負担感・研究活動の変化 広大高等教育研究開発センターの教員調査から
筆者の所属する広島大学・高等教育研究開発センターでは現在、文部科学省・特別教育研究経費による「21世紀知識基盤社会における大学・大学院改革の具体的方策に関する研究」プロジェクトに取り組んでいる。当該プロジェクトは、平成20〜24年度までの5年間にわたって実施され、これまで「知識基盤社会における人材養成」「大学院教育」「大学の多様化・機能分化」などのサブテーマのもと、研究を続け昨年度までに五冊の報告書を刊行している(http://rihe.hiroshima-u.ac.jp/pl_index.phpの「戦略的研究プロジェクト」をクリック)。
現在は、昨年度に実施した三つのアンケート調査「大学院教育の現状と課題に関する教員調査」「大学院教育に関する院生調査」「日本の大学院教育の人材養成機能とその問題点に関する調査」(社会人対象)についての分析と取りまとめを中心的に行っている。その成果の一部は、去る4月28日(土)に、セミナー『大学院教育はどう受け止められているのか―教員・院生・社会人調査から―』(於:東京ガーデンパレス)において報告を行ったところである。本稿では中でも教員調査(全国の大学教員を対象としたサンプリング調査として2011年11月に実施、有効回答数1036名・回収率15%)に基づき、セミナーでは十分に報告がなされていない大学教員を巡る諸条件・負担感・研究活動の変化、そしてこれら三者の関係について紹介する。
大学教員を巡る諸条件の変化
大学教員を巡る諸条件として、ヒト・カネについてそれぞれ「教員スタッフ」「TA/RAなどの支援員」「基盤的研究経費」「競争的資金の獲得」の変化について「およそ10年前と比較して、前述の事柄は現在どのように変化しましたか」との形で尋ねている。教員スタッフに関しては、増えたとする認識は6.6%にすぎない一方で、減少したとの回答の比率は55.5%に達する。一方、TA/RAなどの支援員に関しては、増えたとする認識は34.6%となる一方で、減少したとの回答の比率は9.6%にとどまる。また、基盤的研究経費が増えたとする回答は9.7%に過ぎない一方で、減少したとの回答は49.9%に達する。また、競争的資金の獲得について増えたとの回答は32.6%で、減少したとの回答は28.3%となっている。以上からは、教員スタッフや基盤的研究費などのより基盤的な研究条件は明確に悪化し、競争的資金は若干改善、TA/RAなどの支援状況が相対的には最も改善していることが分かった。
大学教員の負担感の変化
大学教員の負担感については「教育負担」「競争的資金獲得申請に関する負担」「競争的資金管理に関する負担」「社会貢献・社会サービス負担」「学内業務負担」「評価活動等負担」について10年間の変化について尋ねている。まず、教育負担については71.1%が増えたとの理解をしている。また、研究関係に関しては、競争的資金の獲得申請に関わる負担、競争的資金獲得後の管理業務に関する負担について、それぞれ59.3%、47.9%が増加、社会貢献・社会サービス負担については64.6%が増加したと認知している。また学内業務と評価活動等への対応についても、それぞれ82.7%、78.1%が増えたとの認識を示している。負担が減少したとの回答は少なく、全般的に負担感が高まっていることが明らかになる。中でも学内・評価業務と教育負担増が大きい結果となっている。
大学教員の研究活動の量と質の変化
研究業績の量と質については、「おおよそ10年前と比較して、あなたの現在の研究業績の数・質は大まかにどのように変化しましたか」との形で尋ねている。ここから明らかになることは、これまでの諸条件・負担感についての回答動向から推測される動向とは必ずしも軌を一にしないものになっているということである。すなわち、以上にみられる基盤的研究条件の悪化や各種の負担感の増加にもかかわらず、研究業績の量・質ともに必ずしも明確な減少・低下傾向を示していないのである。たとえば、業績の量については増加が33.5%・減少が31.5%、業績の質について上昇が27.0%・低下が24.1%となっている。一方で、ほとんど変わらないという回答がかなりの割合で存在する(業績の量(31.4%)・業績の質(43.7%))ことが分かった。
研究活動の量と質への諸条件・負担感の影響
ここでは単純な記述統計レベルでみた諸条件・負担感の変化が、研究業績の変化にどのような影響を与えているのかについて、ロジスティック回帰分析を用いて検討を行った結果を見ていく。ここでロジスティック回帰分析についてごく簡単に説明すると、複数の要因(ここでは諸条件・負担感の変化等)がある一つの変数(ここでは研究業績の量が増加したか否か・質が向上したか否か)にどのように影響しているのかを検討する統計手法ということになる。なお、分析には諸条件・負担感の他に教員の所属大学の設置主体、職階、年齢、性別、分野、任期の有無などの変数を含めている。
分析結果からは、競争的資金の獲得(量・質)、年齢ダミー(量)のみが統計的に有意な結果となっていることが明らかになった。このことから言えることは、まず競争的資金の獲得については、それが増加したものは研究業績の量・質ともに高まっている(と認識されている)こと、年齢変数については、40代、50代、60代の年齢層は30代のものと比較して、研究業績の質は落ちていないが量は減少している(と認識されている)ということである。その一方で、前述したその他の諸条件や負担感の変化は、統計的に有意な影響を研究業績の量にも質にも与えていないことが同時に明らかになった。
今後の研究と政策・経営的課題
以上の結果は、競争的資金の獲得や年齢以外は、研究業績の量や質に影響を及ぼさない、言いかえれば基盤的条件を悪化させたり、教員負担を増やしたりしても研究の量も質も下がらないということを単純には意味している。こうした結果が生じる理由として二つのことが考えられる。一つは、今までが必要以上に恵まれた状況にあり、これらの条件の悪化や負担増が大きな問題を生じさせる水準には至っていないというものであり、もう一つは条件の悪化や負担増を教員の「頑張り」によってかろうじて耐えているというものである。
いずれにせよ、一定の閾値を超えた条件悪化や負担増が研究の量・質の減少・低下につながることは自明である。そうだとした時、その閾値がいつ・どのようにおとずれるのかが非常に重要な問題となる。そしてその前の段階での政策・経営、それぞれのレベルでの対処が現在大きな課題となっており、その判断を誤れば知識基盤社会におけるインフラストラクチャーとしての大学の機能を大きく損なうことになろう。こうした点についての政策・経営的関心と研究の進展が強く求められている。