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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.490
【大学教育部会の審議まとめをめぐって】
教育改革にはマネジメント改革を 教学経営で質向上の好循環を作り出す

研究員  篠田道夫(桜美林大学大学院教授、日本福祉大学常任理事)


学習時間の増加は始点
 去る3月26日、私も委員として参加している中央教育審議会・大学教育部会の「審議まとめ」が発表された。近く答申となる予定である。このまとめ「予測困難な時代において、生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」は、大学生の「学習時間の増加」を強く訴える内容となっている。この点が、教育の質、大学の社会的評価や信頼の向上の重要なバロメーターになると位置付けているからである。「学士力」答申以降、授業改善は進んだと言われるが、肝心の学習時間はあまり変化していない。しかし、「審議まとめ」でも強調している通り、学習時間はあくまでも改革の始点(ないしは終点)であるという点が重要だ。
 教育の質向上を実現するためには(1)教育課程(カリキュラム)の体系化(ナンバリングなど)、(2)教員間の連携による組織的な教育の実施、(3)教育方法の改善や授業計画(シラバス)の充実、(4)初年次教育の充実や成績評価の厳格化、(5)学習成果の把握と改善(ルーブリックなど)(6)教員の教育力の向上(FD)、そして最後に、これら全体がうまく循環し機能するための(7)全学的な教学マネジメントの確立が不可欠だ。
 もちろん個々の授業の充実は改革の要で、具体策は各大学の工夫によるが、目的意識が希薄な学生にどのような刺激を与え、意欲を持たせるかが重要。アクティブラーニング、PBLなどの双方向型授業、体験・調査学習などのフィールドワーク、サービスラーニングなどの参加型授業が求められる。
 これらを実行しようとする時、二つの条件がある。ひとつは少人数、キメ細かい教育を支えるスタッフ増などの人的物的条件整備、学生が学習に集中できる奨学金制度の充実、就職環境の改善などである。もうひとつは運営面の改革で、方針を決定し実行できる組織や責任者の役割・権限の整備が不可欠だ。文部科学省が審議と並行して実施した学長アンケートの自由記述欄に記載された意見の半数以上は、特に前者の支援を訴える内容となっており現場の切実な状況を反映している。新たな教学改革を現行の条件や運営システムのままでやろうとしても困難がある。
学士力改革には教学経営が不可欠
 「学士力」答申が、共通する基礎的能力の獲得の重要性を新しい学士力という言葉で提起したことは画期的であった。しかしこれは同時に、従来の教育方法の刷新や全学共通教育、その運営システムの構築を求める。三つのポリシー(入学者受け入れ、教育課程編成、学位授与)も、一貫した流れで学生の育成・成長に機能するためには、この全体に関る管理体制の確立や入試―教務―就職各部局の育成視点での連携がいる。学習成果の重視も、教育の結果、学生が本当に成長したか、学習状況や到達度を評価・分析するIR組織の権限や役割が確立し、学習成果(実態)に基づき教育が改善されるというサイクルが回ることに意味がある。認証評価もこの内部質向上のサイクルの機能化を重視している。SDは初めて答申に登場した。正課と正課外を含む教育や学生の満足度向上に職員の役割は欠かせないが、そのためには教学運営組織への職員の権限を持った参画が不可避である。
 このように見てくると学士力答申の重要な提起も教学マネジメントの改革とセットでなければ進まないことが分かる。答申に登場した「教学経営」の中身が求められる。
 私学高等教育研究所の我々「私大マネジメント改革チーム」の「中長期経営システムに関する実態調査(速報)」(平成24年3月)においても、「理事会と教授会で方針や意見の違いがある」27.3%、「理事会と教学組織の関係不全が課題」37.1%、「方針の学部への徹底は不十分」29.7%、「1学部でも反対するとことが進まない」(17.4%)「学部自治の強さが課題」32.2%などとなっている。依然として改革方針を全学に浸透・遂行していくための課題は多いと言える。
教学マネジメントの重要性
 中教審の議論過程では、教育改革を進めていく上での教学マネジメントの重要性について多くの事例報告があった。例えば新潟大学では、学習の到達目標達成型教育プログラムを構築、そのために授業科目の「全学科目化」、教養・専門区分の撤廃、全科目に分野と水準を示すコードを付し科目の体系化を進めている。この改革に当たっては、教育組織と教員人事組織を分離し教育研究院を設置、学長直属の改革推進組織や共通基盤教育組織、人事の一元的管理など運営改革を合わせて行うことで前進している。北九州市立大学でも、戦略マップ「北の翼」=第二期中期計画に盛られた教育改革実現のため、トップの「改革を実行する」姿勢を鮮明に打ち出し、改革方針の提示、期限の明示、時限的な改革推進組織の設置、実施状況のチェック、カリキュラム・コーディネーターの配置、戦略的事務組織としての経営企画課を設置するなどで実効性を確保している。
 日本福祉大学の教学IRも、教育・学習上の問題点を傾向分析から要因分析に進化させ、改善の処方箋を政策立案組織である総合企画室と直結して方針化、重要テーマは理事長・学長会議に迅速に提起することで、現場からの分析・提案を改革に繋げている。愛媛大学も専門の教育改善組織である教育企画室、教育企画課を立ち上げ教育学生支援会議などと連携、教育コーディネーターによる個別授業のチェック・授業改善で強力な推進を図る。上智大学の上山隆大教授は「全体戦略と教授会自治の緊張感ある再構築」と述べたが、まさにこの点での組織の新たなあり様が求められている。
教育改善にはマネジメントの改革を
 これらの事例から共通に言えるのは、教学改革方針の明確な拘束力のある意思決定(P)、その執行のための全学改革推進組織の役割や権限の確立、学部との関係の再構築(D)、学習到達度・実態を分析評価し(C)、改善につなげる現場との接合や実行的な改善組織の機能化(A)この教学PDCAサイクルの確立、再構築である。
 今回の「審議まとめ」は、この点で一歩進んだ提起を行った。一連の教育改革の環は、教育を「教員の属人的な取組から大学が組織的に提供する体系だったものに進化させること」で、そのためには改革の「全学的な合意形成」「学長のリーダーシップ」「実効性ある全学的なガバナンスの確立」が必要で、「学長や教学担当副学長の全学的な教学マネジメントに当たる者には学士課程を大学が組織として提供する体系だったものにする責任がある」とした。
 本格的な教育改革・質向上は、従来型の学部・部局に分断された中では実現できない。学長機構や教育担当副学長、教育開発センターや教学IR組織、それを担う専門スタッフの役割や権限を明確にし、学部やその教育担当者、個々の教員の教授過程や学習運営との相互関係の再構築が求められる。政策の明示とリーダーシップ、教職員への浸透・共有、学生実態に基づく実効性のある改善システム、構成員の主体的取組みの激励、現場との連結が必要だ。
 大学運営のやり方は千差万別、特定のモデルはない。しかし今、教育を本気で改革しようと思えばマネジメント改革は避けて通れないというメッセージは極めて重要だ。新たな答申が、従来型の教育運営体制の中で全学的改革を進めようと苦闘している多くの教学現場を励ますものになることを期待したい。


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