アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.477
英国における学生中心の高等教育 教育等情報の発信政策から見えるもの
英国では昨年6月に政府の政策文書として「高等教育白書」が発表され、高等教育の変革期を迎かえている。同文書は副題を「学生を中心に置いた高等教育」としているが、一番大きな焦点となったのは授業料改革であり、緊縮財政への対応が政策の根底にある。受益者負担の度合いを飛躍的に大きくする一方で、学生を中心に考えた高等教育のあり方を見直す政策は、質を確保しながら、市場の競争をさらに促進するものとなっている。本稿では、これらの動きの中で、大学に求められている「学生中心の高等教育」について2回に分けて紹介する。
改革の変遷
これまでの英国の高等教育政策について確認すると、まず保守党政権であった1990年代後半まで、実践的な教育を行うポリテクニックを大学に昇格するなどの政策により、高等教育人口の拡大を図ってきた。学生数は、サッチャー政権下で約2倍となったが、比例した公的資金の投入は当然行き詰まり、次の労働党政権で授業料制度が導入された。
今回の保守・自民党連立政権下の改革では、学生ローン制度の充実を図ることで就学機会を保障しつつ、2012年秋入学期より年間授業料の上限をこれまでと比較して実質3倍の9000ポンドに引き上げることとなった。また同時に、重点分野以外は教育運営費交付金を廃止することとしている。並行して、学生ローンの返済義務が生じる年収額を引き上げることを決定しているものの、教育運営交付金を基本的にゼロとするのは非常に思い切った政策である。高等教育は原則受益者負担とするという考え方に基づき、もはや高等教育は公的資金により保障されるものではなくなったことが明確だ。
質保証の方向性
このような背景のもと、「学生中心の高等教育」とは何を示唆するのかというと、いくつかの側面があるが、基本的な考え方は、学生が負担する教育費に見合った質を保証するため、大学はそれぞれが学生の視点になって考え、高等教育のメリットを学生に明示せよということである。そこで、質保証のプロセスにおいて、ますます重要視されているのが、高等教育の透明性の確保という観点からの情報発信である。ここでは教育等情報の発信政策の中身を紐解きながら、「学生中心の高等教育」のもとに示唆されている点を確認してみたい。
教育等情報の発信政策
日本でも、大学の教育に関する情報の積極的な公表が求められているが、英国における公的情報発信の仕組みは、学生側が大学を選択する立場を強く意識した、消費者中心的なものとなっている。また、個々の大学に求められる情報の質の向上も、大学間競争を促進した環境において、学生が正しい選択ができるよう、学生に対し有益で分かりやすい情報を発信することが求められている。
全英レベルで集約された情報発信の仕組みは、いくつかの層がある。これまで、高等教育コースへの出願を一手に管理する機関「UCAS」による情報提供のほか以下3点がある。@イングランド高等教育財政カウンシル(HEFCE)が所有し、UCASが委託により運営する入学希望者向けの全国大学基本データ集約ウェブサイト「Unistats」、A専攻に対する学生の満足度を測る「全国学生調査」(NSS:National Student Survey)、B英国高等教育統計局(HESA)が行う「就職状況調査」(DLHE:Destinations of Leavers from Higher Education Survey)である。
これら3点の集約情報の発信の仕組みは、いずれも現在改革途中にある。AとBの情報を活用した集約的発信の改革が行われている。近年、一番の焦点となっているのは、就職に関する詳細情報の公開である。DLHEは、卒業後6か月時点の調査であるが、大学に課される回収率の引き上げ、調査項目増加など、制度としての要求が厳しくなってきている。得られた調査結果は、分かりやすい形で学生に発信することが求められ、2011年より「Unistats」にかなりの就職関連情報が追加され公開されることとなった。「Unistats」には、機関別に学生数等の基本情報、卒業生の収入情報や就職支援などの大学の取組情報、専攻別での入学資格に関する情報、雇用関係情報、学生調査結果、卒業時の成績や進級率の情報などが掲載されている。また、第三者評価機関による機関別評価報告書へのリンクのほか、検索機能も付いており、大学機関別、科目別、フルタイムなどの学習形態別、課程別で情報検索することが可能である。
新たな情報発信制度(KIS)の導入
これら3点の集約情報をより機能的・効果的に学生や社会に発信する仕組みとして、2012年9月末に新たに導入されるのが、高等教育の「主要情報一覧」(KIS:Key Information Set)である。KISでは、学問分野別に、パーセンテージや数値化した情報が公表(例えば学生調査結果による総合満足度の割合、就職率、成績評価のうちエッセイなどの試験形式以外の課題の割合など、数字だけを目立つように配慮、もしくは円グラフや表を掲載)され、さらに就職関連情報については平均給与などの金額を明示するなど、どの大学も共通一覧様式で発信が可能となる。つまり、入学希望の学生が、これらの情報を他の高等教育機関とも比較しやすくするようになる。
KISでは従来の調査情報から重要視される事項が抜き出され、より強調された形で発信されるというのが特徴だ。特に、KISに反映される学生の満足度と学習関連にかかる情報については、学生にとって関心度が高い情報であると考えられ、大学側がどのように学生に対応しているかが浮き彫りになる。
▽教職員の説明、▽科目への関心を高める働きかけ、▽コース全般、▽レポートや試験結果に関する教員から学生へのフィードバックの迅速さ、▽教員から学生へのフィードバックについて、学生の理解が十分でなかった場合の対応、▽学習についての助言と支援、▽図書館やIT等の施設の充実度
学習関連では、学習量(学習種別の学習時間の割合)や、教育・学習課程の最終段階の統括的評価の手法(様々な手法の割合)が明示される。
また、専攻別に6か月後及び40か月後の卒業生の管理職の割合や、高額所得から低額所得の額など、雇用・就職関連情報についてより具体な情報が公表されることになり、大学サイドには大きな反響を呼んでいる。
激化する競争と大学の主体性
英国における教育等情報の発信政策は、高等教育の質確保の状況をステークホルダー目線で受け取りやすい形式で発信することを求めている。公表情報の中身をみれば、在学生の視点を重視した教育の質の確保が、今日の英国の「学生中心の高等教育」といえる。KISの導入は高等教育市場の競争も促進する。大学は集約的情報発信と併せて、自らの特色を発信するため、学生をどのように中心と考えて取り組んでいるのか、各大学が工夫して発信していくことが肝要であろう。