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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.463
評価の中心に学生を 英国の質保証の新たな方針

研究員 川嶋太津夫(神戸大学大学教育推進機構教授)


 平成16年に導入された認証評価制度は、今年度から第二サイクルに入った。各機関別認証評価機関は、第一サイクルの反省を踏まえ、いずれの機関も学習成果と内部質保証システムを重視する評価へと進化を遂げている。その我が国の質保証のお手本の一つが英国である。英国の高等教育は、昨年の「ブラウン報告」、そして今年公表された「高等教育白書」で明らかにされたように、これまでの福祉国家型から市場重視型への大幅な高等教育の制度改革が企図されている。
 軌を同じくして、質保証の在り方の転換も、QAA(Quality Assurance Agency)から提案されている。そこには、我が国の今後の質保証の在り方にも益する点も多々ある。本稿では、QAAの新たな評価の在り方を紹介する。
 英国の高等教育の質は、1991年にポリテクニックが大学に昇格するまでは、各大学の内部質保証システムを中核として、それを補完する外部試験官制度と学位の等級制度によって長く保たれてきた。高等教育の一元化後しばらくは、HEFCE(Higher Education Funding Council for England)による各大学の専攻ごとの教授・学習の質の評価である「査定(Assessment)」と、HEQC(Higher Education Quality Council)による各大学の質保証メカニズムの「監査(Audit)」が並行して実施されていたが、「デアリング報告」の勧告もあり、1997年に両者の評価部門が統合されQAAが設置された。
 このQAAのもとで、2002年以降、「教育評価(Academic Review)」が実施され、各大学の専攻ごとに教育評価が実施されたが、全ての大学、全ての専攻で評価を終え、英国の高等教育の質は高い水準にあること。また、大学側からは、その手続きの煩雑さへの批判が相次いだことから、2006年からは「大学監査(Institutional Audit)」へと変更された。この大学監査方式では、各大学のプログラム認可委員会やプログラム評価委員会などの内部質保証システムが、「教育基盤(Academic Infrastructure)」である外部参照枠組を活用して適切に運用されているかに焦点化された。教育基盤とは、学位ごとの一般的な学習成果を定めた「高等教育資格枠組(Framework for higher education qualifications)」、分野別に学習成果を定めた「分野別学位水準基標(Subject benchmark statements)」及び10の「行動規範(Code of practice)」などからなる。
 ところが、2011年からは、さらに「大学評価(Institutional Review)」へと改訂されることになった。その背景には、大学進学者が急増しているにもかかわらず、これまで、大学評価の意義や結果が、評価で用いられる用語や概念が曖昧であったがために十分に国民に伝わっていなかったことがある。特に、英国の評価の鍵となっている「水準(Standard)」と「質(Quality)」は、関係者の間でさえ必ずしも明確に使われていなかった。今回、QAAの提案書では、「水準」は、「学生が学位を授与されるために到達すべき最低限の水準」、また「教育の質」とは、「学生が学位を取得できるために提供される学習機会がいかに管理されているか(適切かつ効果的な教育、支援、アセスメント、学習機会など)」と定義され、種々の教育基盤は、改めて「水準」と「質」の観点から「高等教育の水準、質及び向上に関する英国の行動規範」として整理されることとなった。新たな「大学評価」は、整理すると次のようになる。
 1、学生本位の質保証:高等教育白書のタイトルが、「制度の中心に学生を」とされているように、大学評価への学生参加が一層重視され、大学訪問チームに学生が参加するだけでなく、大学からの自己評価書に学生意見書を含めることが義務付けられた。
 2、柔軟性:高等教育機関の増加と多様化に対応し、これまでの画一的な評価基準・方法から、評価対象を整理し、全ての大学で評価の対象となる「コア部門」と、評価の対象とはしない「テーマ部門」に分類し、前者は、学位の最低水準、学生の学習の質、学生の学習機会の推進とする。また、来年からは、「コア部門」に公表情報も含み、全ての大学に共通の教育情報セット(Key Information Sets)と教育プログラム詳述書(Programme Specifications)の公表を求め、その質を評価する。
 他方、評価の対象とはしないものの、各大学に自己評価を求める「テーマ部門」として、2011年からは初年次教育を取り上げることとした。
 「コア部門」の三つの評価対象は、最終的にQAAから、次のような評価結果を受け取ることとなる。まず、学位の水準に関しては、「英国の最低水準を満たしている」あるいは「英国の最低水準を満たしていない」。また学習の質と学習機会の推進の項目に関しては、「優れている」「英国の期待を満たしている」「英国の期待を満たすために改善が必要」「英国の期待を満たしていない」。そして、「期待を満たしていない」と評価された場合は、改善行動計画を策定し、その実施後に再評価を受けることとなっている。
 また、評価基準や評価方法は、従前のように一定期間固定することはせず、常に必要に応じて継続的に改訂を加えて行くこととしている。
 3、明瞭さと簡潔さ:評価に関連する文書においては、より明確で簡潔な表現や用語を採用し、たとえば、QAAや大学のウェブ等での評価結果の公表に際しては簡略なものとし、詳細な分析データなどを含む報告書は大学に送付することとした。これまでは、あまりにも大部な評価書が作成、公表されていたために、一般市民への周知が不十分で、関心や支持を得ることが難しかったことの反省に基づく変更である。
 4、情報公表の重視:来年から情報公表も評価の対象となる。特に大学志願者の大学選択に資する情報提供が強調され、評価結果の公表についても、大学間で比較ができるような工夫が求められている。
 これらの他に、これまでの「大学監査」との違いには、自己評価書において学生の学習成果と前述のように学生による評価(学生意見書)を含むこと。従来以上に大学の質保証において外部参照枠組(教育基盤)の活用を求めること。したがって、大学監査のもとで行われていた、いくつかの専攻別評価(Trail)は原則実施しないこととする、などがある。
 今回の英国の大学評価の変更から日本が学ぶことは何だろうか。一つは、大学評価の対象のより一層の精選と焦点化である。英国では、今回、何よりも学位の最低限の水準と学生の学習の質を保証することに評価の焦点が絞り込まれている。我が国では、学生の学習の質や機会の評価は可能であっても、学位に一定の最低水準を設定することは極めて難しい。しかし、学士、修士、博士の各学位について、国として「期待される最低水準」を設定する努力を欠いては、我が国の大学が授与する学位の国際的通用性と信頼性の低下は免れない。今後、中央教育審議会や大学関係者の間で、学位ごとの達成水準の目安づくりの議論が必要であろう。
 第二に、高等教育の最も重要なステークホルダーである学生を、いかに大学評価に巻き込むのかが、大きな課題となる。現在、各認証評価機関とも、訪問調査の際に学生から意見を聴取する機会は設けているものの、評価チームに学生が加わることはない。また、各大学における自己評価書の作成過程でも学生が積極的に関与することはない。教育の受益者であり、学びの主体である学生を、今以上に評価活動に参画させることが、我が国の大学評価の大きな課題である。
 最後に、今回の大学評価の変更の背景には、英国の高等教育政策における市場原理の導入、受益者負担への大転換が背景にあることは間違いない。そこで「消費者」である学生に対して十分な情報開示をおこない、適切な大学選択が可能となるよう、大学評価もその一翼を担うことが期待されている。我が国でも、この四月から教育情報の公表が義務化された。しかし、その公表の仕方は大学ごとに様々であり、志願者の進路選択に資するものとはなっていない。今後、大学評価結果も含めて、大学間での比較可能な情報公表のポータルサイトの設置に向けて大学共同体の積極的取組が必要であろう。

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