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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.454
分極化するカリキュラムの志向性 学士課程教育の改革状況と現状認識

研究員 杉谷 祐美子(青山学院大学 教育人間科学部教育学科 准教授)


 学士課程教育における三つの方針(学位授与の方針、教育課程編成・実施の方針、入学者受入れの方針)の明確化が、中央教育審議会『我が国の高等教育の将来像(答申)』(05年)で言及されて久しい。中でも近年は、『学士課程教育の構築に向けて(答申)』(08年)の影響を受け、大学教育において育成すべき資質・能力や大学生が身につけるべき学習成果がとかく議論の俎上に上り、学位授与の方針が注目される。こうした動向に対して、教育課程編成・実施の方針は、日本学術会議における分野別質保証の在り方に関する検討を除いて、あまり表立って論じられていないように思われる。91年の大学設置基準の大綱化以降、カリキュラム改革が隆盛した状況に比べれば、その差は歴然としている。学位授与の方針がカリキュラム編成を律する上で重要なのはいうまでもないが、その学位授与の方針を具体化したものが教育課程編成・実施の方針であり、学士課程教育の要となるのである。
 そこで本稿では、筆者が本研究所プロジェクト(「私学学士課程教育における“学士力”育成のためのプログラムと評価」:代表=濱名 篤)の一員として参加した調査より、今後のカリキュラムの方針の動向を概観したい。本調査は、全国の大学における人文、社会、理学、工学、保健、教育、家政の計2629学科を対象に、10年秋に実施した(回収率27.9%)。ここで紹介するのは、各学科のカリキュラムの今後の在り方に関する結果である。各設問では、AとBの二つの相対立する選択肢から各学科の考えに近い方を選択してもらう形式をとっている。調査結果の詳細については、本研究所ホームページで公表している『第2回学士課程教育の改革状況と現状認識に関する調査報告書』(11年8月)を参照されたい。
 まず、10の設問中AとBの考え方で回答比率に比較的大きな偏りが出たのは、「履修単位数の増加」、「教養教育と専門教育との関わり」、「教養教育の実施体制」の三問にとどまった。例えば、単純に二つの選択肢で比較した場合、「教養教育の履修単位数を増加すべき」よりも「専門教育の履修単位数を増加すべき」という回答の方が上回り、全体の70.0%を占めた。また、「教養教育として専門教育とあまりかかわりを持たない内容が重要」よりも「教養教育として専門教育とかかわりの深い内容が重要」という回答の方が多く、同様に70.6%を占めた。このように、学科を調査対象としているためか、専門教育を重視する傾向はみられるが、それでも、専門教育志向が極めて強いわけでもない。調査票では二つの選択肢の間を、「Aに近い」から「Bに近い」までの四段階で尋ねており、最も専門教育を重視する選択肢の比率は全体の一割前後にすぎないからである。
 他方、10の設問のうち7問は、2つの選択肢の間で半々もしくは6対4程度で回答が2分している点も注目された。教養教育では、「基礎スキル(語学や情報リテラシー)を重視すべき」(53.5%)と「幅広い学問的知識を重視すべき」(46.5%)で、専門教育の内容では、「学際的にすべき」(46.1%)と「高度化すべき」(53.9%)で回答が拮抗している。カリキュラム編成に関する設問も、「学生の学力水準に合わせてカリキュラムを編成すべき」(48.5%)と「学科の要求水準を前提にしてカリキュラムを編成すべき」(51.5%)、「学生の科目選択の幅を拡大すべき」(56.1%)と「学生の必修科目を増加すべき」(43.9%)、「学士課程において実践的な授業科目を多くすべき」(59.1%)と「学士課程において理論的・アカデミックな授業科目を多くすべき」(40.9%)となっている。これらの設問では、先に挙げた選択肢が学生のニーズや嗜好に沿った考え方として、後に挙げた選択肢が学問や学科の要請に焦点を当てる考え方として捉えられるが、両者の間では、回答比率に大きな差がつくほどには至っていない。
 興味深いのは、こうした回答傾向は経年的にみれば変化が表れていることである。ここで扱った設問は、03年に筆者が共同研究で実施した学部長調査(研究代表者=吉田 文『大学の教養教育への圧力と教員編成に関する研究―大綱化から10年を対象にして―』科研報告書、05年)を踏襲している。03年の調査からは、大綱化以降のカリキュラム改革の傾向として、学生の科目選択幅の拡大、実学的な授業科目の増大、教養教育におけるスキルの重視などがみられ、将来のカリキュラムの方針もこうした改革と基本的に同様の方向性を示していた。ところが現在では、大綱化以降の流れを軌道修正するともみえる意識がうかがえる。すなわち、理論的・アカデミックな授業科目の増大や、基礎スキルよりも幅広い学問的知識を重視する教養教育がかつてよりも支持されるようになり、知識志向やアカデミック志向が高まってきている。また、専門教育の高度化、必修科目の増加、学科の要求水準を前提とするカリキュラム編成といった考え方も広がっている。これらは学科の専門分野によって、多少の差異はみられるものの、03年調査に比べて、10ポイント以上、中には20ポイント以上も上回っていた。
 こうした結果は、学士課程教育の質保証に対する認識が学科レベルにまで浸透し、専門教育を中心に学士課程教育全体の質向上を目指してカリキュラム編成の厳格化が今後進む可能性があることを示唆している。しかしながら、これはどの大学も一様ではなく、全体的に回答が二分している点に留意しなければならない。分析の結果、専門分野別には様々であるものの、総じて、国公立大学では学問や学科の要請をカリキュラム編成や教育内容・水準に反映させようと考えているのに対して、私立大学では学習者のニーズや学習状況を優先しながらカリキュラムを編成しようとする傾向がみられる。また、所属学生の学力水準を高いと認識している学科ほど、教育水準や学問志向性が高まっていくこともみてとれる。言い換えれば、大学の設置形態や学生の学力水準によって、カリキュラムの志向性は分極化し、実際のカリキュラム編成もそれに伴って多様化していく可能性が少なくないのである。こうした傾向は03年調査にもみられたが、二つの選択肢の回答比率の差が縮まった分、一層分極化が進んでいるといえよう。このような状況を各大学の個性や特色が発揮され、大学の多様化・多機能化が進展する兆候の一つとして見守っていくべきか。あるいは、学問的見地や社会的要請などに基づき、学士課程教育として一定の質保証を求めて政策的対応を図っていくべきか。今後、検討を要するのではなかろうか。

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