アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.433
認証評価第二サイクルの課題
アメリカの取組みに学ぶ ―下―
前号に挙げた中間的教育機関もその出自を詳細に見れば、実はUCLAやインディアナ大、カリフォルニア大バークレー校など大規模な州立大学の中で培われた調査機関であることが容易に理解できる。これらの大学では、こうした教育調査がいまや不可欠になっている。学生数が数万人以上のキャンパスでは、大講堂での講義が増え、TAが教えるクラスも多く、教授と学生の比率は優良な私立大学には遠く及ばない。州立大学は、州内の若者を一定数受入れることが何より求められているからである。
こうした大規模な大学は、伝統的なカレッジ教育と比べ、学習成果に関するエビデンスではその説明責任が強く求められている。「USニューズ」誌の大学ランキングなどでも優れた私立大学に比べて低く、学士課程教育のランキングでは劣位に甘んじている。こうした事態を克服するのも、これらの大規模大学の課題であり質保証の方途でもある。
ところが学生へのアンケート式調査や、選択肢調査による満足度調査のような調査だけでは、必ずしも学生の学習成果は測定把握できないとする考えも勢いを増してきた。中間的教育機関の直接的調査あるいは試験の登場となる。
しかし、学生に対して直接的な試験を実施するといっても、学生の学習はその内容や方法など、大学によって千差万別であり、これらを一つの試験で済ませようとするには無理がある。ところがアメリカの学士課程の教育は、基本的には教養教育中心なのである。あるいは一般教育と言い換えてもよい。つまり、ここをターゲットにして調査や試験が可能となろう。
この直接的調査に参入している調査機関は、高校から大学へ進学する際の進学適性試験を実施している有力な機関などである。SATとACTである。100年の歴史をもつSATは、CAAP(College Assessment of Academic Proficiency)という一般教育の学習成果を測定する標準化試験を開発している。読解力、作文、数学などの試験である。他方、半世紀の経験をもつ後者は、WorkKeysと名づけられた、学生のキャリア教育の実効性を測定する試験を開発している。
これらはいずれも非営利の大手試験機関によって開発された試験であり、大学と学生の間に入って学生の調査や試験を行うことには長い歴史と経験を持っている。一般教育やキャリア教育であれば、千差万別の背景を持つ学生に向けても投網をかけて彼らの学習成果を把握できよう。
TOEFLや大学院進学適性試験GREなどの開発実施機関であるETS(Educational Testing Service)は、一般教育についてのPP(Proficiency Profile)という標準化試験を、またニューヨークの非営利教育団体CAE(Council for Aid to Education)は、有力教育財団の支援のもとにCLA(Collegiate Learning Assessment)という試験を開発している。
ヨーロッパでは、OECDがPISAの大学生版と呼ばれるAHELO(Assessment of Higher Education Learning Outcomes)を開発しているが、アメリカのCAE―CLAなどとも連動している質保証の動きである。このように、先進諸国では高等教育の質を調査や試験によって測定しようとする動きは、もはや疑えない方向にある。
5000校にもなるアメリカの大学の多様性と階層性は、教育内容や学生の学習成果も大いに異なるものにしている。学習成果は、個々の大学が自助努力とプログラム開発力で証明するとしても、第3者機関の目を通すことも必要であり、説明責任における透明性の確保のためには尚更に必要であろう。
しかし、こうした中間的な外部調査や標準化試験などの効用などは、確かなものなのか。誰がその効用を確かめ、どのように改善すればアメリカ高等教育のためにプラスになるのか。こうした問題は、そもそも誰がチェックしているのか。
このような中でも、アメリカはその先を走っているように見える。全国の大学生を一つの調査機関が一斉に試験するという事態は、アメリカでは起き難い。多様な機関が多様な方法で学生の学習成果を測定して、その結果を大学へと、また社会へと還元する。これがアメリカの方法である。しかも多様な中間的調査機関の多様な方法も、実はいまや第3者の専門機関から研究されるというシステムができつつある。
08年創設のNILOA(National Institute of Learning Outcomes Assessment)と呼ばれる中間的教育機関の役割を総合的に検証する調査機関が活動を始めたからである。インディアナ大とイリノイ大という巨大な州立大学の中に本拠を置く研究機関である。高等教育における学生の学習成果に関する研究者であり、前出のNSSEの開発者でもあるG・クー元インディアナ大教授とイリノイ大のS・アイケンバリー元総長よって設立された。
アメリカを代表する有力な大学人や大学関係団体のACE(American Council on Education)などを糾合したアドバイザリー・パネルを持ち、カーネギー財団、ルミナ教育財団など有力なスポンサーの支援も取りつけている。
NILOAの目的は、学習成果の結果を誰もが利用できるよう、またその結果に透明性を持たせようというものである。翌09年から調査研究が本格化しその報告書が刊行されるようになった。
最初の報告書は、昨年6月に発表され、725大学のホームページをくまなく調査したウェブ・スキャン・スタディという方法によっており、「学習成果を探査する」という表題であった。そこでは、透明性を確保するために、学術部門担当者によるウェブ上への掲載が多く、その方法には標準化テストや全国的な学生調査などの結果を使い、キャップストーンなどの利用が見られ、しかも2種類の異なった調査を行っている大学が多いことなどが特徴という。
また博士課程を持つ大学や公立大学では、学生の間接的調査を行っているところが多く、学士課程のみのカレッジや私立大学などではポートフォリオのような学生の学習の直接的なエビデンスを掲げている傾向があることなどを報告している。大学外に向けては、大学の内部監査の部局が入学志望の高校生の家族のための情報として学習成果を開示しているとも述べて、学内のIR室などもその役割を果たしているという。最初の報告書は、まさにこの研究機関の方向性を示す内容を持っていると言えよう。
同年9月の第2報告書では、ジョージア、ケンタッキー、ミネソタなどの8州において、実に半数以上の大学がすでに前掲のCLA,CAAP,ETS―PPなどを利用しており、NSSEは、8割以上の大学で利用が進んでいるという。
同年10月に出た第3報告書では、学生の学習成果の評価が次第にキャンパスに根付いていること、アクレディテーションは学習成果を調査するための主要な触媒になっていること、教授陣のこの調査への参画は意味ある評価にするための鍵となるなど、学習成果についての調査のポイントを教えている。
NILOAにより明らかにされた学習成果の証明方法は、13項目にも及ぶ。CLA,CAAP,WorkKeysなど一般的知識・スキル測定、MCATなど分野別・スキル測定、リサイタルなどのパフォーマンス測定、外部専門家の判断、NSSEなどの全国調査、大学個別調査、個別学生調査、学生ポートフォリオ、学生へのインタビュー・グループ面接、卒業生調査、雇用主調査などが挙げられている。こうしたいわば鳥瞰的な調査研究が、民間の支援により大学の研究機関によって進められているのである。
わが国の認証評価第2サイクルのスタートラインで求められている学生の学習成果をどうするか。待ったなしの7年の間に、アメリカの歴史や経験から学び、自ら応えを出せるであろうか。