アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.397
学歴と職業キャリア 就職氷河期世代のその後
大幅に求人を絞る企業が増える中、なかなか内定が取れず、今も就職活動を続けている学生は数多くいる。この状況を「就職氷河期の再来」とマスコミでは評しているが、では、以前の「氷河期世代」はその後どのような職業キャリアをたどっているのだろうか。
氷河期と呼ばれたのはバブル崩壊後から05年ごろまでの新卒労働市場の状況である。10年以上の長期にわたるのだが、その中でも最も厳しかったのは、82年度生まれだと思われる。生まれ年度別に新規学卒で正社員採用された比率(中卒から大学院卒段階までの累計、以下新規学卒就職者比率)をとってみた時、82年生まれが、この30年間で最もその比率が低かったからである。この年度生まれの新規学卒就職者比率はおよそ61%、少しくくりを広げて78〜82年度の平均でみても63%であり、60年代生まれの平均の79%に比べると格段に低く、まさに「就職氷河期」に直面した世代といえる。
この最も厳しい時代に労働市場に出た学生たちはその後どうなったのか。先ごろ労働政策研究・研修機構では、国の大規模統計である「就業構造基本調査」(総務省統計局)の特別集計を行った。ここからこの世代の就業状況や職業経歴を高等教育卒業者に焦点を当てて検討してみたい。なお、ここでの特別集計は07年の調査であるので、78〜82年度生まれはほぼ25〜29歳層に対応する。
さて、この調査には学校卒業後の最初の就業形態と現在の就業形態、および企業間移動した人については、直前の就業先での就業形態についての設問がある。ここから、初職と前職、現職の三時点の就業形態、およびこの間の企業間移動に有無がわかるので、若い世代なら、就業形態の変化については大方把握できる。下表はそれを25〜29歳層について、性別・学歴別に見たものである。なお、この調査では、初めて大学卒と大学院卒が分けられ、専門学校卒も別にとられるようになったので、表は学歴別に示している。
高卒者と比べると、高等教育卒業者は男女ともに、「正社員定着」(=初職が正社員で、かつ同一企業に勤め続けている者)が多く、「非典型一貫」(=初職、前職、現職のいずれも正社員ではなく、アルバイトやパート、派遣社員などである者)が少ない。とりわけ大学院卒の男性の正社員定着比率は高く、大卒がこれに次いでおり、学歴が高いほど正社員定着者が多いことがわかる。女性のほうが全体に「正社員定着」が少ないが、学歴別で大きな差が見られるのは、高卒者とそれ以上の学歴の者の間である。女性のほうが高等教育進学が卒業後の労働市場を左右するものとなっている。
では「他形態から正社員」(=最初はアルバイト・パート、派遣、家業従事などだったが、後に正社員になった者)はどうか。男女ともおよそ6〜7%がこのキャリアをたどっている。この「他形態から正社員」は、卒業時までに内定をもらえずに卒業した学生がその後に正社員に採用されるケースに当たろう。なお、大学院卒男性でこのキャリアが少ないのは、そもそも正社員定着が多いからである。
非正社員であった人のうち誰が正社員として採用されているのか、計量的な分析を試みた。すなわち、1年前から調査時までの間に、非正規である前職を離職した人(15〜44歳、在学中を除く)を抽出し、そのうち調査時点に正規の職に就いているケースと就いていないケースを分ける要因を分析した。分析の結果、性別では男性、年齢では20歳代前半であることが正社員への移行の有無を規定する要因として確認され、さらに学歴も大きな規定要因で、高学歴であるほど移行率が高いことが明らかになった。具体的な移行者比率で示せば、大卒男性では36.5%、大学院卒男性では42.3%と、高卒男性の25.2%とは大きな開きがあった。女性では水準は異なるが、やはり高学歴者ほど移行率は高かった。
なぜ大卒や大学院卒の移行率は高いのか。一つは労働力需要側の要因である。正社員として採用した産業の特徴を見れば、この間に需要の拡大があった産業分野で、また、専門技術職など高学歴層が多く就く職種での採用も多かった。
個人の側の要因もある。学歴によって大きく異なったことの一つが、非正規雇用の間にどの程度職業能力を高めるための行動をとったかである。アルバイトやパートタイマーの場合、全般に勤務先が実施する職業訓練を受けた者が少ない一方、自己啓発についてみれば、高学歴者は雇用形態に関わらず取り組むものが多かった。
この調査では自己啓発の実施と正社員への移行の時期の前後関係はわからないが、自己啓発は習慣的に行われていると考えて正社員への移行の規定要因の分析に加えてみると有意にプラスの影響が確認された。自己啓発をする者のほうが正社員へ移行者が多いということである。大学における教育の効果の一つは、この自らの意思で仕事に役立てるために学ぶという「自己啓発」の力ではないだろうか。
景気は循環するものであり、毎年の卒業生に運・不運はつきまとう。今、就職活動を続けている学生たちを支えつづけることは学校として大変重要だが、同時に、生涯にわたるキャリアを拓いていくための学びとしての教育を再認識し、それを明示化することも必要ではないだろうか。大学教育の在り方が問われているが、非正規雇用という境遇にあっても学び続ける力を付与し、さらにそれが正社員への移行に役立っているとしたら、その教育力はもっと評価されるべきだろう。
〔文献〕労働政策研究・研修機構(2009)『若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状―平成19年版「就業構造基本調査」特別集計より―』