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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.396
私大の財務基盤と家計負担 機会均等を目指した自助努力を

研究員 浦田広朗(名城大学大学院大学・学校づくり研究科教授)

 日本私立学校振興・共済事業団が昨年12月に発表した私立大学・学校法人の財務状況は、関係者に衝撃を与えるものであった。08年度の帰属収支差額比率(帰属収入から消費支出を除いた額の帰属収入に対する比率)が大幅に低下して0.8%となり、自己資金構成比率も僅か0.06%ポイントとはいえ、23年ぶりに低下したからである。加えて昨年は、私立大学5校が10年度以降の募集停止を決めた。このような事実は、私立大学経営の厳しさを改めて示したものと受け止められている。
 しかし筆者は、次のような理由により、大部分の私立大学の財務は健全な状態にあると考えている。第一に、5校の募集停止は、いずれも設置者である学校法人ないし株式会社の全体が破綻したわけではなく、経営判断により大学部門(の一部)を閉鎖するものである。卒業までの学習環境を在学者に確実に提供する力を残しての募集停止であるので、適切な判断といえよう。
 第二に、08年度の帰属収支差額比率が下がった要因として、同年度の資産処分差額(資産の売却・評価替え等で生じた欠損)が私立大学法人全体で3025億円に達し、資産売却差額201億円を大きく上回ったことが挙げられる。同年秋以降の世界的金融危機の影響を受けたものであるが、この要因を除去すると、同年度の帰属収支差額比率は5.7%となり、前年度と同程度の水準である。
 第三に、確かに自己資金構成比率は低下したが、なお85.3%という高水準であり、借入金の返済は着実に進んでいる。安定した財務基盤を築き上げたことにより、100年に一度と言われた不況を多くの私立大学が乗り越えていることを評価すべきである。
 問題は、この財務基盤が家計負担(学生納付金)によって支えられてきた点である。学納金はどのように使われているか不明であると言われることがあるが、私立大学全体について集計してみると、施設設備費を除く学納金と手数料と補助金で人件費と教育研究経費と管理経費が賄われていることがわかる。また、学生から施設設備費として徴収した金額に寄付金を加えたものが基本金組入、すなわち土地・建物・機器備品・図書などの固定資産および基金などに充てられている。ただし、01年頃から、人件費・教育研究経費・管理経費を学納金等で賄うことができなくなっている。学納金等が経常的経費の伸びに追いつかなくなっているのである。
 経常的経費を賄うことができなくなっている学納金であるが、家計からみると重い負担となっている。初年度納付金が家計の月間消費支出平均値の何倍に相当するかをみると、私立大学の平均値は2000年以降4倍を超えており、08年度は4.4倍である(国立大学は2.8倍弱)。すなわち私立大学初年度納付金は、平均的家計の消費支出の4ヶ月分を超える水準に達している。私立大学の財務は安定しているが、その安定は家計によって支えられているのであり、家計の学納金負担は限界に達しているといえよう。
 他方、政府から私立大学への補助金は、ほとんど伸びていない。学生一人当り補助金は、1981年度の23万円をピークにその後低下し、90年度以降は15〜17万円で推移している。丸山文裕氏らの研究にも示されているように、補助金は大学経営の健全化と教育条件の改善に効果的であったが、家計負担の軽減には効果を及ぼすに至っていない。
 したがって、たとえば学生生活費をみると、私立大学自宅生の学生生活費(学費+生活費)は年額172万円に上っており、国立大学自宅外生の177万円にほぼ等しいという状態になっている(日本学生支援機構「平成18年度学生生活調査」)。これが国立大学自宅外生よりも相当に少ないという状態になれば、地方私立大学の需要も高まると考えられる。
 そこで筆者は、私立大学の授業料を国立大学並みとした場合、政府からの補助金がどの程度必要となるかを試算した。補助金にのみ依存するのではなく、大学も人件費削減などの自助努力を行なうことを想定したシミュレーションである(詳細は3月に名城大学より発行される『大学・学校づくり研究』第2号所収の拙稿を参照されたい)。
 冒頭に示した私学事業団の集計によれば、08年度の私立大学部門全体の帰属収入は、3兆2394億円である。そのうち学納金は2兆4791億円で、帰属収入の76.5%を占める。これに対して、学生から徴収する施設設備費を国立大学と同様に廃止し、授業料を国立大学標準額(53万5800円)と同額にすれば、現状よりも9917億円の収入減となる。ただし、授業料低下により学生数が20%増加すれば、学納金収入の減少額は7403億円にとどまる。
 支出面では、各大学の定年退職規定を遵守し、退職教員の後任には40歳代以下の者を充てるなどの教員若返り策を実施すれば、各教員の給与を下げることなく人件費を削減することが可能である。教員人件費全体を5%削減することができれば、前述の収入減少額は、実質的に6841億円まで減らすことができる。
 08年度の私立大学への補助金総額は3460億円である。収入減少額6841億円を全て補助金で補填するとすれば、現状の補助金と合わせて1兆301億円となる。日本私立大学連盟が教育再生会議(07年)に提言した約9000億円を上回るが、学生一人当りでは51万円である。現状の約3倍になるが、国立大学への運営費交付金(09年度予算)は1兆1695億円で学生一人当り193万円であるので、これに比べると格段に少ない。
 しかし、たとえば高校無償化に必要とされる予算4243億円(10年度)よりもかなり多い。高校無償化に対する国民の合意は形成されつつあるが、私立大学の教育を支えるために多額の公費が必要であるという認識は深まっていない。公費投入にふさわしい教育が展開されるよう、内容と方法の一層の改善が私立大学に求められる。
 研究活動における努力も必要である。人件費削減の一つとして教員若返り策について述べたが、これまで私立大学が高齢の教員を高給与で雇用してきたのは、学部・研究科等の設置に際し、研究業績上の条件を満たす教員が求められることも一因であった。若手教員が着実に研究成果を上げ、研究指導教員としての資格を十分に満たすことができれば、定年を超えた教員を高給与で雇用する必要はない。そのためには若手教員個々人の努力も必要であるが、大学として研究条件を整備することも求められる。
 このように、家計負担の軽減、さらに教育の機会均等を目指して、私立大学の授業料を国立大学並みにすることは不可能ではない。高等教育機会を広範囲に提供している私立大学が、教育・研究の改善に努め、知識社会のインフラストラクチャーとして不可欠な存在であると国民各位に認識してもらうことにより、実現可能な時が来ると筆者は考えている。

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