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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.385
計画に基づく経営の確立を 「私立大学の財務運営に関する実態調査」の結果から

研究員 両角 亜希子(東京大学大学院教育学研究科専任講師)

 大学をめぐる環境が厳しさを増す中で、戦略的計画に基づく経営の重要性が高まっている。しかしながら、私立大学の経営戦略や計画がどのように財務運営に結び付き、それがどのような効果に結びついているのか、これまで十分に明らかにされてきたとは言い難い。そこで、私学高等教育研究所「私大マネジメント改革」プロジェクトでは、こうした実態を把握するために、日本私立大学協会加盟校382大学を対象に、2009年5月から7月にかけて「私立大学の財務運営に関する実態調査」を実施し、235校から回答を得た(回収率61.5%)。ご多忙の中、調査に協力していただいた大学関係者に厚くお礼を申し上げたい。ここでは結果の一部を紹介する。
 ●事業計画と予算編成
 年間の事業計画は97%とほぼ全ての大学で策定している。こうした事業計画を、財務上は予算という形に編成し、執行の統制をしていくことになる。事業計画が予算編成にどれだけ反映されているのかを尋ねたところ、「反映されている」47%、「ある程度反映されている」46%と回答している。事業計画が予算編成に反映されている理由は、多い順に、「目標や計画が明確で具体性があるから」77%、「トップのリーダーシップがあるから」36%、「ミッションや経営ビジョンが明確だから」26%、「構成員に情報や課題が共有されているから」23%となっており、計画の具体性が最も重要であることがわかった。
 ●財務分析や数値目標の活用
 明確で具体的な計画を立てるためにも、まずは大学が置かれた現状を正確に把握することが重要になるはずだ。そのための財務分析の取り組み、年間予算の数値目標の設定はどの程度、行われているのか。
 財務分析の実施度は、「中長期の財務シミュレーション」で71%、「目的・事業別予算編成・管理や財務分析」で49%、「学部ごとの予算編成・管理や財務分析」で47%、「財務比率や一人当たり分析などによる改善案の検討」で36%となっており、財務分析の内容によって実施度は異なる。ただし、実施していない大学についても、その多くは「今後はすべき」だと考えている。たとえば、「財務比率や一人当たり分析などによる改善案の検討」を現在、実施していない大学は66校あったが、そのうちの85%(56校)は「今後はすべき」と回答している。
 数値目標の設定に関して、特に重視している指標は多い順に、人件費比率(91%)、帰属収支差額比率(88%)、定員充足率(84%)であった。こうして重視している指標を年間予算の数値目標として実際に設定しているのかについて、設定率は、人件費比率が44%、帰属収支差額比率が42%、定員充足率は60%であった。数値目標の必要性は感じていても実際は実施できていない大学も多いようだ。
 ●中長期計画の策定状況
 以上は年間予算の話だが、中長期計画の策定状況はどのようになっているのか。「すでに策定済み」55%、「現在、策定中」17%、「今後、策定を予定している」23%、「策定する予定はない」5%であった。我々のプロジェクトでは2006年にも質問紙調査を行い、同様の質問を行ったが、その時点では「策定済み」の大学は25%であった。3年ほどの間に中長期計画を策定する大学が急増したことがわかる。中長期計画の内容は、財政計画、施設設備、組織・人員計画、学生募集、カリキュラムや教育改革、キャリア教育、改組転換など、非常に多岐にわたっている。学校・学部の「新設」を計画している大学が28%である一方で、学校・学部等の「募集停止」を計画している大学が13%と、計画の内容からも二極化が進んでいることがうかがえる。
 中長期計画の長さは、「3年以上5年未満」が50%と最も多く、次いで「5年以上10年未満」39%となっている。ただし、大学をめぐる環境の変化が厳しいこともあり、いったん作成しても、「必要に応じて見直す」大学が47%、「毎年見直す」大学が39%であり、頻繁に現状をチェックし、計画を見直し続けていることも明らかになった。
 ●経営計画の効果
 計画に基づく経営の重要性への認識が増していること、また中長期計画策定状況に象徴されるように、実際に実施している大学が増えていることが明らかになったが、そうした計画に基づく経営を行うことが学生募集や財務の健全性・安定性に繋がっているのか。
 表1には、中長期計画の策定状況別の、帰属収支差額比率(2008年度決算)の平均値を示した。「すでに策定済み」の大学で収支の状態が最も良いことがわかる。詳しい結果は省略するが、財務分析の取り組みや年間予算の数値目標を設定している大学のほうが、帰属収支差額比率の数値が高い傾向もみられた。現状を確認・分析し、いち早く対策をとる上で、また学内での理解を共有させる上で、経営指標の分析が役立っているものだと考えられる。
 私立大学の経営は、規模、立地、専門分野によって大きく影響を受けることが分かっており、地方の小規模大学ほど厳しい状況にあることもよく指摘されている。特に、大学経営では規模の大小にかかわらず、一定の施設設備や人員が必要になることから、規模の経済(学生数が多くなるにつれて、学生一人あたりにかかる費用が逓減する効果)が働くため、財務上から考えれば、学生規模が小さいのは明らかに不利だ。こうした規模の違いを考慮に入れても、同様の結果はみられるのか。表2では、大学の規模と中長期計画の策定状況別に、帰属収支差額比率の平均値を示した。ここからわかるのは、二点である。ひとつは、大学の規模によって、中長期計画の策定状況に大きな違いがみられないことだ。もうひとつは、どの規模グループにおいても、中長期計画を策定済みの大学の帰属収支差額比率の方が高く、計画に基づく経営が一定の効果を上げていると言えることである。日本私立学校振興・共済事業団の『今日の私学財政』で毎年発表される数値では、規模が2000名未満の大学の帰属収支差額比率(平均値)はマイナス(赤字)であるが、小規模校であっても中長期計画を策定している大学ではプラスになっている。厳しい経営条件のもとでも、社会状況の変化を適切に読み解き、大学の戦略として実現させれば十分に生き残り、発展することが可能であることを示唆している結果と読めるし、そうであれば、各大学がこうした分析能力を高めることこそ、今後の発展にとって重要な課題になると言えよう。
 今後もさらに詳細な分析をして、優れた事例を探していくことで、多くの大学にとって参考になる知見を提供していきたい。

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