アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.383
事務局体制構築の課題 職員の力量形成の調査を踏まえて
本稿は、私学高等教育研究所の「私大マネジメントの改革」プロジェクト研究の一環として日本私立大学協会加盟校を対象に今年度実施した「事務局職員の力量形成に関する調査」結果の素集計を踏まえ、事務局体制の構築についての課題と考えられる事項を概括的に取り纏め、本年度同協会事務局長相当者研修会で発表した内容の概要である。
同調査の実施にあたって、学事多忙の中をご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼申し上げる。今後、調査結果について詳細な分析作業を行い、報告書を公表する予定としている。
【事務局の役割と機能充実の課題】
「中長期経営計画の策定状況」に関して今回の調査結果と平成18年度の調査とを比較すると、「策定済み運営中」の回答項目については、30%余り増加し約55%、「検討中」との回答項目については、約10%減少し約17%を示している。これは多くの法人・大学において「中長期経営計画」に基づく、経営・業務運営が実施されつつあると見ることができる。また、「中長期経営計画の内容」に関しては「財務改善及び財政計画」、「校舎、施設設備の整備・拡充」、「組織改革及び人事計画」等の経営管理に直接的に関わる喫緊の課題となっている項目が高い割合を示している。
さらに「政策決定に対する事務局の影響度合い」を見ると、経営管理に関する項目の「中長期計画」、「事業計画」、「財政計画」、「施設計画」に比して、教学・学生支援に関する「就職支援」、「学生支援」への影響度合いが高い割合を示しており、経営の根幹を成す「学生募集」についても、事務局の影響度合いが高い。
厳しい経営環境のなかにおける理事会の役割の重要課題は経営機能の強化であり、その一つとして明確な経営方針・指針としての中長期経営計画を提示することが求められる。そこでは、経営戦略や政策を決定するための情報の収集、調査活動に加え、それらを踏まえた経営計画や政策の立案、そして、経営計画や政策決定後の執行が事務職員により担われるのである。これらの実務を通して理事会を支援するのが事務局組織とその構成員である事務職員であり、そのためには事務職員の力量向上が喫緊の課題となるのである。
【教職協働推進の課題】
「教職協働の取り組みが行われている分野」について見ると、教学・学生支援に関する「就職支援・進路指導」、「学生相談や生活支援」、そして「学生募集」や「大学の評価業務」の分野が高い割合を示している。前述の「政策決定に対する事務局の影響度合い」で見たように、教学・学生支援の分野を始めとする経営管理の分野以外において、教職協働の取り組みが推進されていると考えてよいであろう。しかし、「教職協働をすすめるための必要事項」、言い換えれば教職協働の阻害要因として「教職員相互の理解」、「目標・方針の共有や一致」、「教員と職員との権限や責任の明確化」等の項目が比較的高い割合となっており、相互理解と意識改革への努力が強く求められる。
事務職員の行う運営業務の目的は、教育目標を達成するために教育研究の充実・向上を図ることに在ると言っても、決して過言ではない。そのためには、教育職員と協働して、事務職員と教育職員、運営と教学とが車の両輪となることが必要となる。教育改革を推進するに際して、事務職員の大多数は直接これらを支える業務を遂行しており、業務執行の場面での現実の問題や課題を踏まえ、改善に反映することが可能な立場にあるわけであるし、更に、事務職員の業務は常に運営と教学を統合せざるを得ない業務執行上の本質的特長を持っている。つまり、教育職員と協働してそれら改革の中心的役割の一端を担うのが事務職員であり、教職協働の推進が重要な課題となるのである。
【IR機能導入の課題】
新しい役割・業務運営を求められる事務局において、「ここ数年取り組んだ事務局の組織(業務)改革」について見ると「部署の統廃合」、「業務の見直し」、「専任職員以外の雇用形態採用や拡充」等の項目が高い割合を占めている。更に具体的な「業務改革の主なテーマ・取り組み」に関しては「課の業務目標や計画の策定」、「情報化・コンピュータ化、機械化」、「効果の検証や経費削減の重視」等の項目が高い割合を示している。これら「事務局の組織改革」や「業務改革の主要な取り組み」を併せて考えると、大学の事務局に求められている新たな業務や既存の業務に付加される業務に対応すべく組織と業務の見直しと、経営の合理化・効率化や経費の削減・効果的執行を図ろうとの努力がなされていることが見て取れる。
他方、事務局の「業務運営の現状評価」について見ると、目標や会議体に関する項目については概ね評価されている。しかし、IR機能・マーケティング・教育改革の推進などの企画的業務を推進する上での事項に関する評価は必ずしも高くはなく、今後の改善に向けた努力が期待される。なかでもIRについては、IR機能を業務運営のなかに導入することを検討することが課題となるであろう。特に、新たな経営課題を解決するための企画・立案においては、@学生の教学データの収集・分析や教育改革に関するデータ・情報の収集・分析などの教育研究活動に関する調査研究、A経営・管理上の情報の収集・分析や財政計画策定のためのデータの収集とシミュレーションなどの経営に関わる各種情報の収集と分析などに基づく、戦略的経営にIR機能は欠かせないものとなると考えられる。
【体系的・総合的職員研修推進の課題】
事務局の業務運営を担う「職員の力量や職場のあり方での不足点や課題」について見ると、「現状に対する危機感が希薄である」、「職員の専門性が欠けている」、「現状に満足し、改善意欲が不足」等の項目が高い割合となっている。また、「職員個々の業務目標や計画が不明確」、「目標や計画が浸透していない」等の項目については、「業務運営の現状評価」における項目「目標・政策・計画が教職員に浸透」の数値と近い値であることからも中長期的経営計画に基づく、年間経営計画・目標等についての理解とそれに対応した業務執行を事務職員に対して求める努力が極めて重要となる。
事務職員が受けている「研修制度の種類」について見ると、特に「外部団体主催の研修参加」、「新人研修」、「職員全員参加研修」の項目が高い割合となっている。「職員研修制度に関する問題点や課題」に関しては、特に「体系的な研修ができない」、「研修による職員の成長を評価しにくい」という項目が高い割合を示している。これらの問題点は、各大学にとって共通性の高いものとも考えられ、一人ひとりの事務職員の力量向上を図ることにより、事務局機能の強化を行って行く上での重要な課題の一つであると言える。
職員の研修に関する課題を挙げると体系的・総合的な研修が必要となると考えられる。そのためには、@事務職員の在るべき姿としての人材養成像の設定、A職務遂行基準等の具体化などによる事務職員の力量形成の体系化に基づく研修を実施、B研修の体系化のなかで、学内研修と学外研修との関連性を持たす、C学内・学外研修の効果には自ずと限界があるので、業務運営を遂行するなかでの育成(OJT)を推進、D各種研修の成果、業務運営の成果については人事考課制度や目標管理制度を用いて評価、等に向けた努力が必要となる。
どの組織も「帰属意識」を強く持つ人によって支えられている。私大において、帰属意識の根底に置くべきものは「建学の精神」であり、それが抽象的なものならば具体的な可視化できるものにして「あるべき姿」として提示することが必要となる。そして、ただ単に、事務職員の力量の向上を求めるだけではなく、「帰属意識」を持った人材養成の在り方を考え、具現化することが肝要となろう。