アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.382
政権交代と高等教育 大学は改革プランの発信を
【高等教育にも大きな変化が】
鳩山政権が発足して間もなくひと月を迎える。この間、自民党政権下で策定された平成21年度補正予算の大幅修正作業が進み、公共事業の削減を含めてかなり大きな政治的決断が続いている。文科省関係でも、国立メディア芸術総合センターの建設中止や超大型の先端研究助成基金の減額など、影響が及んできているが、間もなく迎える平成22年度予算編成ではさらに大きな政策見直しも予想されるところである。
読者の中には、これらの大きな変化を苦々しく思い、あるいはその行方を心配している方々もあるかも知れない。それは単に変化を恐れるというだけではなく、民主党を中心とする連立政権が掲げるマニフェストを実行するには、多額の財源を要することから、そのしわ寄せは、ダムや空港・道路を含む公共事業など人々の大きな関心を引く問題とともに、話題性が比較的薄い他の行政分野にも及び、高等教育もその一つとして狙われるのではないかという漠然とした不安でもあるだろう。
しかし、そもそも政治学というものは、多くの国民の要求をいかにして諦めさせるかを考える学問だ、と学生時代に聞いた記憶がある。これを敷衍するならば、政治というものは、社会的に希少な公共財(国家予算など)をどのように国民に分配するかということを、国民の納得の下に決めていくメカニズムだとも言えよう。そしてその納得させるメカニズムは、長らく続いた自民党政権下で変わらぬものとして存在し続けてきた。長期間の固定によって何らかの「利権」も生まれたことであろう。政権交代によって、それが打ち破られ、これまで慣れ親しんできたメカニズムが大きく変わるということは、何ら不思議なことではない。この変化は主権者である国民の意思を背景とした正統性を持つ以上、問題は、新たな政治環境の中で、我々がどのように対処するかということでしかない。
【政治・政策は与件ではなく】
その意味で、今回の政権交代を通じて大学関係者が学ぶべきことは非常に大きいと思う。それは、大学関係者がそれに賛同する立場も反対する立場も含め、これまで安定的かつ固定的なものと見なし続けてきた政治・政策の枠組も、人々の投票行動によって変えることもできる、したがって政治や政策は与件ではなく、変えうるものであるということである。つまり、与えられた土俵の枠内での競争に明け暮れるだけではなく、より良い政策の形成や制度の設計を求めて積極的に動くことも重要だということであり、このことはそれぞれの大学の経営戦略や高等教育政策のあり方にも一石を投ずるものである。
この点で、日本私立大学協会を始め、大学団体の役割と責任は非常に大きい。民主党のマニフェストは従来の利権誘導型の政治こそ否定しているものの、今後はさまざまな新たなチャンネルを通して、我々は大学の存在意義や社会的役割を政策決定者に伝え、また自らの改革努力を世論に訴えていかなければならない。現実を見れば分かるように、知識社会、グローバル社会に直面してますます重要度を高めつつある高等教育について、その改善・改革には、大学自身が自主・自立の存在であることを前提としつつも、政治を含めて社会の各般にいる人々の力が必要なことは明らかである。
【大学は改革プランを自ら発信を】
その意味で、第一に考えなければならないことは、欧米先進国に比べて異常に低レベルにある公的投資の現状を改善することである。大学における優れた研究と人材育成は、一国の繁栄と国民の福祉にとって欠かせないものである。またこれを担う大学の経営基盤の強化のためにも、これは非常に重要なことである。昨年の教育振興基本計画策定の折には、財務当局の抵抗で数値目標を入れることができなかったが、政権交代の高揚期にある今、ぜひとも政治的決断でこの問題を解決してもらいたいし、大学関係者としても積極的に働きかけなければならないと思う。
第二に、奨学金の充実と学生の就学機会の拡大に努力することである。このことは民主党のマニフェストにもあることがらであるが、昨今の経済状況悪化の中で、経済的理由による退学者が増え、また貴重な人材が大学院進学を諦めざるを得ない現実は何としても改善することが必要である。我が国は東アジア儒教文化圏にあって、韓国や中国と同様、親が子供のために進んで学費を負担するという傾向が強いが、いつまでもそれに頼っていることはできないであろう。
第三に、大学や大学団体は自らが考える高等教育環境の状況分析や大学改革のプランを積極的に発信し、世論や政治に対して理解を求める努力を重ねることである。中教審がこれまで果たしてきた司令塔としての役割は尊重するが、それと対等に議論し合えるようなレベルと精度の高い調査研究の蓄積を、大学側も保持することが重要である。つまり、これからは与えられた大学改革方策に従うだけではなく、自らが発案した大学改革を実践し、かつ政策として必要なものは国に対して働きかけるという姿勢が重要なのである。官僚でなく政治主導を目指すという民主党の政治姿勢は、そのような形で高等教育に適用されるべきであるまいか。私高研を含め高等教育研究機関の役割に期待されるところは大である。
もっとも、今回の政権交代をもたらした最大の要因は、いわゆる小泉構造改革の負の側面に加えて世界同時不況の中で政治・経済の先行きが不透明になり、人々に「人心一新」の機運が持ち上がったところにあるだろう。「政権交代」というキャッチフレーズは、マニフェストのいかなる論議より強力であったことは、これを裏付けるものである。したがって、今回に限って言えば、新政権の諸政策の全面的支持というよりは、前政権に対する厳しい審判の結果という側面も重要であり、仮に新政権が人々の期待に十分に応えられなければ、小選挙区制の特質からして、再び大きな変化が起きても不思議ではない。
しかし、社会のインフラとしての高等教育は、いずれの政権下でもますます重要な役割を担うことになるだろう。社会の期待に応えるよう、大学関係者はますます努力を傾ける必要があると思う次第である。