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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.379
アカウンタビリティシステムの有効性の追求 Redefining“Quality”(「質」の再定義)

研究員 田中 義郎(桜美林大学総合研究機構長・大学院教授)

 アクレディテーションは、1880年代に始まり、数多くの発展段階を経て、今日、アメリカ高等教育の質保証システムの根幹をなす活発な活動であり続けている。中でも、過去20年間は、顕著な変化を受け入れて来た。地区アクレディティング・コミッションの委員会報告(C-RAC,2003)を見ると、長年、機関の質の評価は、見てそのままで分かるもの、たとえば、支払能力、図書館等の情報資源量、教員のターミナル学位保有率といったもので表現され、アクレディテーションの過程では、いわゆる「Capacity」はこうした文脈で供給力として重視されてきたけれども、今日では、「Capacity」はもう少し広い意味合いで捉えられており、機関の有効性の証拠としては、供給力だけでは正直不十分である、と認識されている。潤沢な資源を有すること、すなわち、供給量の多さが必ずしも効果的な学習を担保するものではないと言うことである。大学教育にかかるコストは著しく上昇し、ほぼすべての若者に対して高等教育需要が発生しつつあり、大学は、高等教育の消費者や政策立案者から、「学習とは何か?妥当な学習を提供しているか?個々の学生の人生のニーズに如何に応えているか?高等教育が投資として価値があるという証拠は何か?」と日々質問を受ける今日、「公共のアカウンタビリティに寄り添うアクレディテーション(Public Accountability Centered Accreditation)」という考え方もまた重要度を増している。
 地区アクレディテーション機関は、特に、学生の学習成果に焦点を当て、その重みを高めてきた。スタンダード(基準)や実地調査の検討事項の変更に際しても、学習成果面での評価の変更が中心であった。すなわち、変更の目的は、体系化されかつ継続的な機関質保証システムの発展を刺激するために「Capacity」に着目して10年毎の検証を行うことであり、学生一人ひとりの学習成果を評価し、改善のための意図的かつ総合的なアプローチを向上させるためである。これは、高等教育における重大な文化的変化であり、伝統的に、資源、評判、インプット(提供力)を検証して質を認定してきたけれども、この変化は、ティーチングからラーニングに教員の意識を移行させることにもなった。同時に、組織として、この変化を認識し、支援することを重視することも必須となった。
 本稿では、第三者評価における個々の大学のミッション重視の意味を学習成果によるアカウンタビリティ・システムの有効化という視点で考えてみたい。2009年3月、アメリカのアクレディテーション機関であるNEASC(ニューイングランド地区、設立1885年)とNWCCU(北西地区、設立1912年)と近隣の諸大学訪問調査を行ったが、大学における使命の尊重と質の保証(あるいは、スタンダードの設定)はどのようなバランスの上に成り立っているのか、を改めて考える良い機会となった。と言うのも、「私たちのアカウンタビリティ・システムが、単に共通の成果の達成にのみこだわり続けたら、規定の上で設定されるものと個々の大学はもとより、個々の学生が将来に求めるもの、あるいは個別に真に必要としているものとの間に生まれる亀裂が広がり続けることになりかねません。故に、有効な(Effective)教育の有り様を見つけ出さねばなりません」故に、バランス感覚が不可欠であると言う、UCLAのエバ・ベーカー博士の言葉が印象深く残っており、私にとってこの言葉はひどく重要なもので、私立大学のレーゾンデートルの重要性と深く関わっているように思えるからに他ならない。
 NEASCのホームページには、アクレディテーションのメリットについて、「アクレディテーションとは、概略、継続的で、自発的で、総合的なアカウンタビリティ(説明責任を果たす)・システムである。会員制で運営されており、会員校それぞれが組織として持つ固有の集団性、使命、文化の違いを尊重し、組織改善は実務経験者たちの判断に基づいている。それは、優れた大学の特徴を定義し、会員校によって作られ定期的に見直されるスタンダードに基づいている。州法や連邦法との調整もあるが、こうしたスタンダードは、アクレディテーションの持つ自主性や自立性といった性質を尊重しながら定期的に見直されている。アクレディテーション機関は、法律によって設立されており、政府から独立した民間の非営利法人である。」と書かれている。
 NEASCをモデルに作られたNWCCUとは相互交流が盛んである。その会員校の中に、公立のリベラルアーツ・カレッジとして知られるエバーグリーン州立カレッジ(1971年創立、ワシントン州)がある。大学教育のあらゆる面で進歩的な(非伝統的な)このカレッジのNWCCUスタンダードにまつわる頭痛の中身は実に興味深い。現在、約4500名の学生を擁し、修士課程まで持つ。当時のリベラルな社会的期待を受け、進歩的教育を掲げ、専門を象徴する学科(デパートメント)を持たず、アルファベット評価を行わず、叙述的評価、セミナーを中心とした学際的授業構成、職階のない教員組織(全員がMember of the Facultyであり教授、准教授、講師等の職階を用いない)中で、創立の理念に忠実に四つの“ない”(Four Nos: no academic departments,no faculty ranks,no academic requirements,no grades)を貫き、その中で、リベラルアーツを指向し、学生の学習の質:深い関与、広範な知識、思慮深い思考に拘り続けている。ここでは、“恊働”が日常であり、創立の理念もさることながら、特色ある教育理念に支えられた教育/学習共同体が息づいている。北西地区大学基準協会(NWCCU)の会員校として、研究大学であるワシントン大学(州立、University of Washington)とも共存しつつ、その個性溢れる存在感を維持し続けている。セルフスタディ(自己点検評価)報告書の分野別要約の項目がすべて“Evergreen is still Evergreen(エバーグリーンは今もなおエバーグリーンである)”と言う文言で始まっており、彼らの主張をあらゆる場面で伝える努力がなされている。
 しかし、この大学のアクレディテーションの過程は、さまざまな課題と外部評価との調整に苦慮し続けている。と言うのも、創設の理念に忠実であればあるほど、伝統的な大学との違いが浮き彫りになるからである。キャンパス訪問調査のメンバーの多くは伝統的な大学で訓練を受け、教育や研究の活動に従事し、おそらくは全米でも少数の大学、たとえば、ハンプシャー・カレッジ、カリフォルニア大学サンタクルーズ、セントジョンズ・カレッジなどの進歩的大学での経験者を除けば、エバーグリーン州立カレッジの経験を学生としても教員としても、また、職員としてもどのように評価して良いやら途方に暮れる可能性が極めて大きい。アクレディテーションは、Voluntary(自発的)であり、かつ、ミッション・オリエンテッド(当該大学の創立理念の実現に寄り添う)である。エバーグリーンのように進歩的教育を掲げて創立された大学の自己点検評価報告書を読む場合の尺度がNWCCUの設定している基準(Standard)で必ずしも読みこなせない場合の措置など、相談や協議(Consultation)というよりむしろ十分な会話(Conversation)が必要であり、キャンパス訪問調査に至る過程での準備により多くの時間が費やされることになる。
 言うまでもなく、高等教育のアカウンタビリティに対する社会の認識は、年々、深まっている。この背景には、アクレディテーションの成果が社会的に注目され、学習中心モデルが継続的に実行され、結果的に、高等教育の質の定義を変化させてきたことがある。真に、「RedefiningQuality(「質」の再定義)」である。その中で、FDもまた、学習中心のモデルへと移行されてきた。如何にティーチングを極めるかではなく、如何にラーニング(学習)成果の向上のために学生たちを支援し、更なる育成のために学習を評価し、同時に、それに対応した科目の開発とプログラム評価の戦略を用意できるかが重要となっている。そこでは、学習者個々の「学習成果に担保された成功」のみが新たな「質」の定義となる。

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