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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.377
内向きな日本の男子学生 キャリア等に関する日欧調査から

研究員 米澤 彰純(東北大学高等教育開発推進センター准教授)

 2008年の文部科学白書は、大学の国際化を特集の一つの柱として取り上げた。その中で、日本の学生の海外への送り出しの少なさも課題として指摘されている。文部科学省がOECDなどの統計情報をまとめて集計した推計によれば、2005年に日本人の学生等で外国の大学等に留学していた学生は8万人にのぼり、そのうち半数が北米、3割がアジアに留学している。2005年の日本の大学・短期大学の在学者数の合計は300万人、これに専門学校(専修学校専門課程)を加えると378万人にもなり、この8万という数が日本の高等教育システムの中でいかに少ないかがすぐにわかる。
 なお、日本人の「留学生」としてここでカウントされているのは、留学ビザを得て大学等に正規の学生として登録されているものが主体である。このほかに、短期の語学留学や、ホームステイなどの生活体験、旅行での短期滞在等を含めれば、日本の大学生の中で在学中に何らかの国外での経験をもったものの数は、これよりもずっと多いと考えられる。実際、在学中の「海外旅行」については、(株)クラレや毎日コミュニケーションズなどが、6割前後が経験しているとの調査結果を公表している。では、ビザの取得を必要としない短期のものを含め、全国の大学生はどの程度学習や仕事などの海外経験をしているのか。
 これについて、貴重なデータとなりうるのが、九州大学の吉本圭一教授をリーダーとして国公私立大学の2001年卒業生(学士および工学系修士)を対象に行われた「卒業生のキャリアと大学教育の評価に関する日欧調査」である。本稿では、筆者が2009年高等教育学会で発表した、性別による傾向の違いに着目した分析結果の概要について記したい。
 本調査によれば、日本では大学在学中に何らかの学習・仕事のための外国滞在経験があるものは、10.3%であり、この圧倒的多数は学習経験である。これは、ドイツやフランスが約3割、イギリスが約2割であるのに比べ、非常に少ないが、それ以上に衝撃的なのは、日本では女性は15.2%と欧州のなかの比較的経験率が低い国々と大差がないのに対し、男性は5.0%と極端に低いことである。
 なお、この男女の違いは我々の日常的な感覚からすればあまり違和感はないかもしれない。しかし、実は、男性が女性よりも明確に大学在学中の外国経験が少ない国は、欧州各国のなかでフィンランドとスイスぐらいに限られ、他の主要諸国は男女差がほとんどなく、フランスとポルトガルでは逆に男性の方が女性よりも経験率が高い。従って、女性の方が男性よりも海外志向が強い、あるいは、男性の方が女性よりも内向きであるということは、普遍的な法則ではない。
 他方、卒業後の外国経験では、調査が行われた全ての国で、男性の経験率が女性を上回った。対象となっているのは、学部や修士などを卒業後5年程度の人たちが中心だが、大半は学習目的ではなく仕事目的のものであり、フランスは男性30.5%に対して女性が16.5%、イギリスは男性26.2%で女性19.6%、ドイツは男性17.6%に対し女性14.1%などとなっている。これに対して、日本は男性・女性とも5.9%と、欧州諸国と比較して極端に少ないが、一見、「男女差なし」に見える。しかし、その中身は、実は男女で全く異なる。
 すなわち、日本男性は、大学卒業後、仕事目的の外国経験が4.1%と、学習目的2.0%を上回るが、日本女性は逆に、学習目的が4.6%で、仕事目的は2.0%しかない。ここで、仕事目的の男性優位は、日欧共通と言うことになるが、その具体的な姿は、大きく異なるはずだ。
 つまり、大学の教員のように、仕事が原則として会社による一括採用ではなく、ポストごとに募集されるヨーロッパでは、これらの外国での仕事経験をもつ人たちは、自らこうした職業に応募していった、外国勤務への能動的挑戦者ということになる。これに対して、日本の大学卒業生は、多くは企業に一括採用されているはずだから、会社から依頼されて、それに応えた受動的な外国勤務なのだ。女性の方が、在学中および卒業後も外国での学習経験の割合が高いことを考えれば、むしろ外国勤務に対してより積極的で準備ができているのは、日本では女性の方だと考えられる。それにもかかわらず、日本の企業は、男性に対して優先的に外国勤務をオファーしているのだろうか。もったいない話である。
 では、在学中の外国経験は、大学生の実力に対して、どのような効果を及ぼしているのだろうか。まず、この問題を考える前に、そもそも、日本の大学生の「学習」経験の約7割が、男女とも2ヶ月以内の大変短いものであることにふれておく必要がある。
 すなわち、先に示したOECDの統計で把握されている3%に満たない学生送りだしという数字は、あながち間違いではなく、エラスムス計画のもとでシステムとして支援する形で半年以上の留学が主流になっている欧州とは、大きな違いがある。それを踏まえた上で、日本の大卒者が在学中の学習目的の外国経験で身につけた能力の自己評価を、経験がないものと比較すると、「外国語で書いたり話したりする能力」以外には実はほとんど大差がないこと、そして、その語学力は、留学期間が長い方がその自己評価が高まる傾向が示された。もちろん、外国経験は、視野を広め、異文化理解を深めたりする効果はあるのであろうが、職業能力との関係で考えれば、「留学=外国語コミュニケーション能力向上の手段のひとつ」という、ごく現実的な認識が示されたと言えよう。
 では、この外国語コミュニケーション能力が主な原動力だとしたうえで、在学中の外国経験は、卒業後のキャリアに、どのような影響を及ぼすのか。結論から言えば、あくまで相対的なものではあるが、在学中の在学経験は、ないよりはあったほうが、そしてある者のなかでは短期よりも3ヶ月以上の長い経験を持つ者の方が、卒業後に学習目的でも仕事目的でも外国に滞在経験をもつ可能性が高く、高い収入が得られたり、キャリアの将来性があったり、社会的な地位が高まったりする可能性が高く、その傾向は、男性の方が顕著である。特に、女性では、2ヶ月以内の在学中の外国経験ではあまり前述の効果は明確ではなく、3ヶ月以上となって、ようやく効果がはっきりするが、それでも男性には追いつかない。
 つまり、それは、単純に外国語コミュニケーション能力の差である可能性はあるものの、在学中の留学経験がキャリアに生かせる可能性が高いのは、留学に比較的熱心な女性ではなく、むしろ極端に内向きな男性ということになる。日本の男性大卒者が、少なくとも欧州に比べて内向きなのはなぜか?少なくとも、社会は留学経験者に少しとはいえプラスの処遇を始めているようであり、学生と、それを指導する大学教員に対して、まず、マインドセットを外す努力が求められる。同時に、より外国経験に積極的な女性を適切に処遇していない日本企業もまた、自省すべきである。

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