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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.375
アセスメント公表への動き スペリングス報告の余波

研究員 川嶋 太津夫(神戸大学大学教育推進機構教授)

 高等教育の質保証が、各国の重要な政策アジェンダとなっている。我が国でも昨年9月の文部科学大臣からの諮問「中長期的な大学教育の在り方」を審議中の中央教育審議会大学分科会に質保証システム部会が設置され、精力的に検討が進められている。しかし、高等教育の「質」とは、一体何なのかについては、学生、教員、教育課程、施設・設備、管理方式など、いわば「インプット」ないしは「プロセス」の例示にとどまっていたが、先ごろ公表された「第一次報告」では、保証されるべき大学教育の質は、「学生の学びの質と水準」という「ラーニングアウトカム」であり、その保証の責任は、第一義的に各大学にあることが明言された。さらに、昨年12月に出された答申「学士課程教育の構築に向けて」で、我が国の大学が、専攻分野にかかわらず保証すべき「学び」として、「学士力」が参考指針ながらも提言されたこと。また、大学設置基準が改正され、育成すべき人材像と、習得させるべき知識や能力を明示することが各大学に義務化されたことも相まって、にわかに我が国でも「学習成果」に対する関心が高まった。
 しかし、質の保証という観点からは、大学・学部等が設定した学習成果を、学生一人ひとりが達成したかどうかの確認が不可欠である。そのためには、学生の学習状況に関する情報やデータの収集が必要で、いわゆる「アセスメント」が重要になってくる(なお、日本では、アセスメントは「評価」と訳されることが多いが、厳密に言えば、両者は異なる概念、活動である。アセスメントを通じて収集した学習状況に関する情報・データに基づき、学習成果をどの程度学生が達成できたかを「判断」するのが「評価」である)。
 しかし、学習成果のアセスメントは、その重要性ゆえに、常に論争の的になっていることも確かである。アメリカでは、2006年、当時のスペリングス連邦教育省長官が、高等教育法の改正を契機に、統一的な学習成果の設定とアセスメントに標準テストの導入を強く求め、議会をも巻き込んだ大きな論議を巻き起こしたことは、本紙でも既報の通りである。また、OECDが昨年から開始した高等教育の学習成果のアセスメントの可能性に関する国際的な調査研究、AHELOにも当初は慎重な意見が関係者の間で表明された。
 このように、高等教育の学習成果のアセスメントをめぐって賛否両論が渦巻くのは、アセスメントとは何か、どうあるべきかに関して、相異なる考え方が存在するからである。これをPeter Ewellは表のように、二つのパラダイムとして整理している。
 一つは、「改善のためのアセスメント」は、大学の自主的・自律的なPDCAの一環として学生の学習状況を把握するためにアセスメントを実施し、その結果を、教育の質向上に活用しようとする考え方である。そのため、アセスメントには、標準テストのほか、教員が作成した個別の試験や卒業論文、卒業作品、ポートフォリオなど、様々なツール・方法が用いられる。他方、「説明責任のためのアセスメント」は、政府や親・生徒が、大学間の比較や評価を目的とするために、結果が計量化され、比較が容易な標準テストを重視する。実際、スペリングス前連邦教育省長官が、Co-uncil for the Aid to Educationが開発したCLA(Collegiate Learning Assessment)といった標準テストの導入を強く求めたのは、自らの娘が大学進学を決める際に、大学選択の参考になる比較情報が入手できないことに憤慨したためだと言われている。
 結局、高等教育法は、学習成果の設定とそのアセスメントの責任と権限は各大学にあることを改めて確認したが、スペリングス報告は、アメリカの大学のアセスメントに対する姿勢を大きく変えることにつながった。それは、アセスメントを教育の質向上のために大学内部だけで活用するのではなく、積極的に外部にも公表していこうという動きである。いわば、Ewellが整理した二つのパラダイムが融合し、新たなパラダイムが生まれようとしている。たとえば、アメリカ州立大学協会と全米州立大学・ランドグラント大学協会のVSA(Voluntary System of Accountability)は、@社会への説明責任の強化、A教育成果の測定を通じてより効果的な教育実践を推進、そして、B高校生や親の大学選択に役立つ比較情報の提供を目的として、ウェブ上のCollege Portraitと呼ばれる共通のテンプレートに、@大学の基本情報、A在学中の学生の経験・意見、B学習成果の情報を公開している。現在4年間の試行期間中であるが、両協会に属する公立大学の6割以上に相当する300余の大学がすでに参加し、学習成果のアセスメントには、先に紹介したCLAの他、ACTのCAAP(Collegiate Assessment of Academic Proficiency)、ETSのMAPP(Measure of Academic Proficiency and Progress)というジェネリックなアウトカムを測定するテストの中から大学が一つ選択し、1年生のサンプルと4年生のサンプルのそれぞれの得点を掲載し、在学中の成長(付加価値)を明らかにしている。ただし、注意すべきは、VSAは、学習成果のアセスメントに関しては、「総合的なアセスメントシステム」を最終的に目指しており、これら三つの標準テストに加えて、ポートフォリオなど大学独自が開発したアセスメントツールや、専攻における学習成果の測定も将来は公表することを計画していることである。
 また、全米私立大学協会も、U―CAN(University and College Accountability Network)を構築し、情報公開に努めているが、VSAとは異なり、学習成果のアセスメントの結果は公表していない。さらに、この8月に入り、主に社会人学生を対象とする10校余りのオンライン大学が、TBD(Transparency By Design)を立ち上げ、来年には学習成果のアセスメントツールとしてMAPPを採用し、その結果を共通のテンプレートに掲載する計画を公表した。
 このように、アメリカでは、アカウンタビリティへの圧力の高まりを背景に、学習成果のアセスメントの結果を、積極的に公開しようとする動きが高まっている。しかし、この動きの理由はそれだけではない。これまで、アメリカでも我が国同様、大学選択は、入学者の質(SAT、ACTの得点)や評判で決められていた。しかし、VSAのように、在学期間における学びの成長(付加価値)を明らかにすることにより、評判ではなく教育力に基づく大学選択や大学評価へと人々の関心を変える契機となるのではないか、という大学関係者の強い期待が背景にある。実際、ハーバードやエールなどの有力大学は、このような動きに一切の沈黙を守っている。
 日本私立大学団体連合会が7月に公表した「私立大学における教育の質向上」と題する調査結果報告によれば、各授業科目における学習成果のアセスメントとは別に、判断力、表現力、語学力などの基本的学力のアセスメントに関して、すでに何らかの仕組みを構築している大学は14パーセントにすぎず、今後構築を検討している大学が、7割以上に上る。今後、これらの基礎学力のアセスメントのツール開発に、各大学が協力、共同して取組むとともに、その結果を社会に対して発信していく仕組みも構築し、我が国の高等教育の質向上に貢献すると同時に、社会からの信頼も得られるような積極的な取組が期待される。

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