アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.367
就職危機を克服する経営戦略 学生と教職員の意識改革を
昨年9月のリーマンショックから始まった今回の世界同時不況は、大方の予想をはるかに超え、戦後最大規模の不況に陥った。昨今一部に底入れ感があるものの、5月末に発表された4月の求人倍率は0.46倍で、99年5月、6月と並んで過去最低を記録。このように雇用環境はこれから厳しさを増すと考えられる。
大学生の就職についても、世界同時不況は大きな影響を及ぼしている。4月13日に発表された大卒求人倍率をみると、前年の2.14倍から1.62倍となった。このところ大卒就職が改善されてきたが、今回の不況で7年ぶりに就職環境が悪化したことが分かる。昨年までの新卒採用の加熱が一段落し、一転して「内定取り消し」や新卒採用ストップなどがマスコミの話題となり、就職危機の再来と叫ばれ始めた。
【今年の大卒求人倍率】
全国の民間企業の求人数は、昨年の95万人から73万人へと23.5%のマイナスとなった。求人数が対前年2割以上減少したのは過去二度だけで(1995年卒の21.1%減、1999年卒の25.6%)、今回は1999年卒に次ぐ落ち込みとなった。一方、学生の就職希望者数はほぼ横ばいで、結果として大卒求人倍率は1.62倍となり、昨年より0.52ポイント低下した。
なお、従業員規模別にみると、求人数は規模の大小を問わず23%減少する。しかし、学生の就職希望は1000人以上の大手企業が増加し、1000人未満が減少。つまり、学生の大手志向が一層強くなっている様子が窺われる。
【大不況と大卒採用の質的変化】
ここでは視点を変えて、今回の大不況が大卒の就職問題にどのような影響を及ぼすか、質的な側面から考えてみたい。そのためには、過去半世紀の間に起こった大きな3つの不況の中で、企業が経験した大卒採用の変化や雇用構造の変化について振り返ってみよう。
3つの大不況とは「第一次オイルショック」、「円高ショック」、「平成不況(バブル崩壊)」であるが、その時企業はどのようにして不況を乗り越えたのか。またその過程で大卒採用や雇用構造にどのような変化が起きたのだろうか。
@第一次オイルショック不況(1974年)=外食産業、スーパーなどへ大卒が初めて就職した。また、解雇された人材がサービス業に流れ、サービス業が発展した。
A円高不況(1986年)=大手企業で中途採用が本格化した。また、内需関連企業へ多くの人が移動。企業では海外への現地化が叫ばれ、グローバル化がスタートした。
B平成不況(バブル崩壊)(1991年)=新卒採用が抑制され、就職氷河期が続く。その結果、フリーター、派遣など非正規雇用が増え、雇用の多様化が一気に進んだ。
このように過去、日本企業は大不況を通じて産業構造の転換や構造改革をしてきたことが分かる。大不況は構造改革を促す、あるいは改革し易くなるともいえよう。このような構造改革は不況を乗り越えるためであったが、結果として負の遺産を伴うこともある。平成不況で起きた新卒採用の抑制がその例である。
現在「年長フリーター」と言われる人たちの多くは、バブル崩壊後の就職氷河期で就職できなかった人、あるいは希望通りに就職できず、早い段階で退職してフリーターになった人である。彼らは企業の中で十分な職業教育を受ける機会を逸しており、専門的なスキルを得られずにフリーターを続けている場合が少なくない。多くの人材が職業教育を受けず、成長機会を失っているということは、社会全体の大いなる損失である。
では、今回の「世界同時不況」はどのような構造変化や雇用の見直しを迫るのであろうか。まず産業面では、内需関連産業の育成や環境関連技術の開発が促進される。また、グローバル化の観点からは東アジア経済圏の重要性が一層増してくるだろう。したがって、今回の不況を契機に介護、福祉や農業分野へ労働力の本格的な移動が起こる可能性が高い。また、確実に進行する労働力減少社会の中では高齢者や女性の就業率が高まり、結果として非正規就業の割合が増加する。
このような産業の変化が促されるものの、家計の収入は厳しいと予想される。大学経営は今後の家計の収入増加やそれに伴った大学進学率の上昇が望みであるものの、今回の大不況で父兄の学費負担はより一層重たくなってこよう。そうなると、現在750校を超える大学は益々限られたパイの奪い合いとなり、厳しくなった消費者の目にさらされ、結果としてこの大不況を契機に一気に淘汰が進む恐れもある。
【大不況を克服する大学の戦略とは】
では、淘汰が進むと予想される中で、大不況を克服する大学の就職対策、経営戦略とはどのようなものだろうか。これまで見てきたように、大学生の就職環境は景気の波に大きく影響される。今回の世界同時不況で確実に求人数は減少する。したがって、2002年以降景気の回復とともに改善してきた大学の出口問題が、ここへ来て再度注目されることは間違いない。最近の学生募集広告の中に、「就職率全国一」などという謳い文句が目に付くようにもなった。18歳人口が減少し、誰でもが大学へ入れる、所謂大学全入時代を迎え、大学の選択基準が「入学偏差値」から出口の「就職率」に置き換わろうとしてる。
もちろんこれはすべての大学にあてはまるものではない。一般的に不況の影響は弱いもの、就職弱者により顕著に現われる。これを大学に例えるなら、理系より文系、大都市圏より地方、偏差値上位校より偏差値下位校での影響が大きく、それらの大学群にはより強力な対策や戦略が求められるだろう。
では、そのような大学群はどのような対応を考えたらよいのか。以下にその対応として筆者が考える4つのポイントを示す。
@トップダウンによる改革―教学とキャリアセンターの連携強化―=就職対策の王道は大学教育の充実である。キャリアセンターや就職部などスタッフはあくまでもサポーターであり、主役は授業を通じての人間力や基礎力の向上に尽きる。この方針に基づき、トップダウンで全学的な意識改革を行い、各種キャリア支援サービスと授業を一体的に捉え就職力の向上を目指す。
A学生の働く意欲を高める工夫=学生の就職力を高めるためには知識、スキルや基礎力とともに働くことへの動機付けが極めて大切である。この意欲は自己効力感に近いものであるが、これを高めるためには学生一人ひとりの体験を肯定的に意味づけることが肝要。そのためには強制的にでも気付きのプログラムを設けるなど今までにない工夫が必要となる。
BFDの強化=上記の@、Aを進めていく上で、教員の授業方法が益々重要となってくる。どのように教えれば基礎力や意欲が高められるのか。教育者としての力量を高める必要がある。一方でこれは学生の質の保証にもつながる問題である。学生の質、教育の質を保証できない大学、教員は顧客(学生)から見放されることになる。
C既卒者及び留年の対策強化=この不況を見越し、留年や卒業後すぐに就職しない学生が増えてくる。しかし、バブル崩壊後のフリーター問題でも明らかなように、まずはどのような仕事でも取り組むことが先決。職業能力の多くは仕事を通じて形成され、若い時ほどその効果も大きい。さらに不本意な就職も増加することから既卒者へのフォローも大切となる。
ここに示したのは大学の基本姿勢であるが、短期的には企業選択の視野を拡げる学生指導などが有効である。中小企業や地元以外の企業にも目を向けることによって働く選択肢を増やすことである。今回の危機の再来は、このような学生の意識改革とともに大学教職員の意識改革が実行できるかを大学に突きつけているのではないだろうか。