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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.354
韓国の大学の国際化 英語による授業を積極導入

 私学高等教育研究所研究員 両角亜希子(東京大学大学院教育学研究科専任講師)

 日本では大学教育の国際化の推進は、いまや大学教育改革のひとつの柱となっている。留学生の受入れ、学生の海外派遣、国際共同・連携プログラムの実施など、一部の大学を中心に実態も少しずつ進みつつある。ここでは韓国の大学における国際化の取り組みについて紹介したい。
 本稿のソースは、2008年7月に東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コースの授業「比較大学経営政策論」の一環で行った、韓国のソウル大学および高麗大学関係者へのヒアリングである。詳細(学生レポート集)は近日中に同コースのウェブサイトで公開予定であり、あわせてご参照いただきたい。
 大学の国際化推進の背景
 韓国社会の国際化は1989年のソウルオリンピック後の海外渡航の自由化や、金泳三大統領の「世界化」政策のもとでの小学校3年生以上への英語授業導入、早期留学の自由化などを背景に進んだ。
 大学生の海外留学も1990年後半以降に増加したものの、2000年代中ごろ、盧武鉉大統領時代に、出生率の低下(1970年/4.53→1990年/1.59)や大学の定員割れの深刻化を背景に、「留学収支の赤字」が問題として捉えられるようになってきた。
 そこで、2004年には外国人留学生誘致政策(Study Korea Project)を開始し、当時1万7000人の外国人留学生を2010年までに5万人にするという数値目標を掲げ、受け入れ重視政策へと転換した。また「国家人的資源開発基本計画」(2006〜10)の中に、高等教育国際化政策の推進が位置づけられ、英語能力の向上、国際化による教育競争力強化、海外の人的資源の戦略的活用、人的資源の国際的活用体制の構築を目標に掲げた。大型競争的研究資金Brain Korea(BK)21の第2段階(2006年)には、英語による授業が評価基準として新たに導入された。
 国際化の実態
 こうした政策を推進しているものの、2006年時点での海外の韓国人留学生は19万364名、韓国への外国人留学生は3万2557名と、送り出し学生のほうがはるかに多くなっている。また、韓流ブームもあり、韓国への外国人留学生の62%は中国から、11%は日本からと近隣の国が多く、しかも短期・語学留学が多いのが実態である。
 韓国の大学の国際化の実態については、金美蘭(2008)による包括的な調査がなされている。それによれば、学習プログラムで最も活発に行われているのは、外国語(主として英語)による授業の導入であり、複数・共同プログラムはそれほど多くない。実際に、韓国の大学で国際化について尋ねれば、出てくる話のほとんどは英語による授業であった。朝鮮日報の記事(2008年9月29日)によると、外国語による授業比率は、国立大学で2.9%、私立大学で20―30%と私立大学ほど進んでいるようだ。
 以下では、ソウル大学、高麗大学の事例を簡単に紹介する。ソウル大学の英語による授業比率は、学部9.7%、大学院19.5%である。高麗大学は韓国の大学の中で最も英語による授業導入が進んでいる大学であり、学部37.9%、大学院34.3%である。
 ソウル大学の場合―数値目標なし
 ソウル大学での英語による授業は、創立60周年を迎えた2003年頃から「世界各国の学生と教授を集めるために、英語など外国語のみで行う国際キャンパスが必要」との背景で推進されている。そのため、教員のテニュア審査の強化などの世界レベルの大学作りに向けた施策の一環として行われている印象を受ける。英語による授業科目数は、学部・大学院を合わせて2007年度1学期は474科目、2学期は460科目であり、国立大学の中では進んでいる。
 しかし、この取り組みに対して、教員、学生の双方に賛否両論がある。たとえば、賛成派の教員は「国際競争力のある人材育成のために必要」、反対派教員は「母国語でも理解しづらい内容を外国語で行うことには意味がない」という。賛成派の学生は「必要だが大変だ。英語の授業のための塾に通う学生もいる」、反対派の学生は「将来的には必要だと思うが、深みのある授業ができない」という。これだけ大規模に導入し、賛否両論ありながら、英語による授業の効果について、ソウル大学内で十分な調査研究はこれまで行われていない。
 高麗大学の場合―目標は全科目の50%を英語化
 高麗大学では、第15代総長魚允大(2003〜06)就任とともに、「Global KUプロジェクト」を推進している。新規教授の任用で、英語講義ができない場合は採用せず、それ以外の教員でも英語で授業を行う場合、若干のインセンティブを与えている。2004年度入学生(学部生)から英語による授業受講を必修化した。また、英語と漢字による卒業資格外国語認証制度を導入し、たとえばTOEICの点数が経営学部は800点、教育学部は370点、工学部は700点など、学部別に達成目標が定められており、達成しないと卒業できない仕組みが導入された。2010年までに、全科目の50%を英語化する目標も掲げている。
 現時点で学部の37.9%の授業が英語と韓国で最も導入が進んでいるのは先に述べたとおりだが、この比率は学部によって大きく異なっている。英語による授業に関して、教員、学生ともに賛否両論があるのはソウル大学と同様である。高麗大学では2006年3月に375名の在学生に対するアンケートが実施されているが(『高大新聞』にて結果公表)、英語による授業を40%の学生が必要と回答している一方で、56%の学生は不満を持っていることが明らかになっている。英語による授業履修の義務化には、64%の学生が「学生の選択に任せるべき」と回答しているし、「英語の授業が聞けるように、準備期間や大学の支援が必要」との声も多い。
 何のための英語による授業か韓国では、大学の国際化の中でも、英語による授業に過度に傾斜している印象を受けた。留学生の受け入れ増加、特に英語圏の学生を惹きつけるために英語による授業導入に熱心なのかもしれないが、実際の留学生の大半は近隣アジアからであり、「英語は分からない、韓国語も身に付かない」という悲劇も起こっているという。ヒアリングの中で「決まったことでやるしかない」と邁進する姿に圧倒される一方で、何のために英語による授業を進めたいのか、目的と手段を取り違えている印象も受けた。英語による授業への批判の中で、「授業が理解しづらい」「深みのある授業にならない」「教員がパワーポイントを見せるだけで、教員も学生もほとんど言葉を発しない」といった意見が出たが、これはきわめて深刻な問題ではないだろうか。
 東京大学大学経営・政策研究センターが2007年に全国の大学生、約五万人に行った「全国大学生調査」の分析によれば、双方向的な授業、学生の理解度に配慮した授業は、学生の授業外の学習時間を増やすなど、大きな教育効果があることも明らかになっている。もっとも、学生の英語能力が一定水準に達した場合は、別の教育効果があるのかもしれないし、外国語学習のための時間は増えているのだろうが。いずれにしても、これほど大胆に英語による授業を導入したのであれば、それが学生の学習・成長にどのような効果を与えるのかの検証はしっかりなされなければなるまい。今後の動向もひきつづき興味深く見守りたい。

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