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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.351
「質」の時代の大学改革 第38回公開研究会の議論から

私学高等教育研究所主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)

 昨年9月、中教審に対し「中長期的な大学教育の在り方について」諮問が行われた。昨年12月の公開研究会では、この諮問をテーマとして文部科学省の徳永高等教育局長に講演をお願いした。中教審からは平成17年に「わが国の高等教育の将来象」の答申が出されており、今また中長期的観点から大学教育の在り方の審議を始める意図が何であるのか、多くの大学関係者にとって理解しにくい向きもあるのではないかと思われたからであった。
 審議はこれからという諮問されたばかりの段階でこれについて講演をお願いするということは異例でもあり、局長にはご迷惑だろうかという迷いもあったが、幸い快くお引き受け頂くことができ、期待される審議内容などについて詳しく伺うことができたことは、今後の大学改革の方向性を理解する上において大変良い機会であったと思う。(なお、当日徳永局長の急なご都合で、講演の前半は村田私学行政課長に代わって頂いた。)
 以下、この講演をもとに、今回の諮問の意味、前記の「将来象」答申との関係などについて、多少の誤解もあるかもしれないが、私なりの理解を述べてみたい。
 〈「将来象」答申と今次諮問の位置づけ〉
 結論を先に言えば、今次の諮問は「将来象」を踏み越えて新たな観点から大学教育のあり方を描こうとするものではなく、講師の言葉にもあったように、「将来象」答申のエッセンスをどのように政策として具体化していくかが主題である。こういう前期答申との関係は中教審の位置づけとして不自然なようでもあるが、「将来象」答申をよく読めば、その意味は理解できる。
 この答申の内容は、大きく二つの部分に分けることができる。一つは、高等教育政策の大きな枠組みとなるべき将来象―いわばグランド・デザインを描いた部分であり、その主要な柱としては、@「高等教育計画の策定と各種規制」の時代から「将来象の提示と政策誘導」の時代へという提言とA「機能別分化」による大学の個性・特色の明確化という提言を挙げることができよう。この「将来象」の根底にあるものは、大学はいまや「量」を論ずる時代を終え、「質」の時代だという認識であり、ここで「質」として求められているのは、ニーズに応ずる多様性とグローバル化に対応できる教育内容の高度化である。この部分は、今次の中教審においても審議の大枠として受け継がれていくべきものであろう。
 もう一つの部分は、「将来象」答申の実現に向けて、どのような政策的工夫・努力が必要かということであり、非常に広範な内容にわたるが、特に重要な課題として、「質保証システムの見直し」と「組織中心から学位プログラム中心の考え方への移行」を挙げるべきだろう。第一の部分は明確な方針として答申に示されているのに対し、これらの問題については重要な課題であっても、あるいは重要な課題であるだけに、問題点と方向性を示唆するに止めており、今後の更なる審議に期待しているものと思われる。「質の時代」への対応ということを考えた場合、この二つの課題は今後の大学改革論議の焦点になるに違いない。今後の審議事項についての講師の説明は広範な事項に亘っていたが、自ずとこの二点に重点が置かれていたように思う。
 〈質保証システムの見直し〉
 設置認可制度を中核に位置づけてきたわが国の質保証システムは、「事前規制から事後チェックへ」という規制改革の原則に沿った形で、設置認可の準則化と事後評価としての認証評価制度の創設へと大転換を遂げた。しかし、十分な準備と見通しを欠いたままに行われた改革の結果として、認可事項の届出化等により事前評価の機能は低下し、一方事後の認証評価も実質的な機能を果たすだけの体制も整わず、質保証システム全体が混乱状態を招いている。
 「将来象」答申では質保証の現状の問題点を指摘はしても、具体的な見直しの提言はしていない。しかし、事前・事後の評価の適切な役割分担が必要だとし、設置認可制度は「質を担保するための本来的な制度」であると述べており、更に「高等教育の質に関しては、市場万能主義に依拠するのでなく、教育の質そのものを保証する観点を重視していく必要がある。(答申第二章、四、(二))」として質保証システムの見直しの方向性を示している。日本の大学教育の現状やグローバル化の進展を考えれば、この方向をどのように具体化し、政策化し、実質化するかが、これからの審議の最大の課題とされなければならないだろう。そして、その場合大事なことは、市場原理主義に偏した規制改革の思考に立った過去の政策の成果と問題点を適切に評価することによって、新たな観点に立って審議を進めうるような基盤を確立することだと思う。
 〈学位プログラム中心の考え方への移行〉
 この問題について「将来象」答申では、「教育の充実の観点から、学部や大学院といった組織に着目した整理を、学士・修士・博士・専門職学位といった学位を与える課程中心の考え方に再整理していく必要がある。(答申第三章、一、(一))」とだけ述べている。これだけの文章でこの提言の意図を正確に理解した人がどのくらいいただろうか。答申の「機能別分化」が大きな関心を呼んだのに比べ、「学位プログラム中心へ」という提言が話題になったという記憶が余りない。
 今次の諮問に際しての「論点メモ」では、重要な論点の一つとして「学位プログラムを中心とする大学制度及びその教育の再構成」を挙げており、その論点として、教職員・学生の所属組織、教育課程のガバナンス体制、設置基準・設置認可、分野別評価のあり方などを示している。「学位プログラム化」ということは、大学の教育課程自体が制度化され、政府が教育内容に直接関与していく筋道が出来ることを意味するようである。これは大学の改革であるだけでなく、大学行政のあり方の大きな改革ではないのだろうか。
 〈質の時代の大学改革〉
 大学のユニバーサル化とグローバル化の帰結は、本格的な大学の「質」の時代の始まりである。「将来象」答申がその門を開いたが、そこでは質の時代への対応についての問題意識は示されても、具体的な指針は今後の審議に期待されている。これにまず応じたのが昨年暮れの「学士課程教育の構築に向けて」の答申であり、次の主要課題は「質保証システムの見直し」と「学位プログラム化」であろう。
 このように「質」が大学改革のメインテーマとなったとき、政府と大学との関係には新しい課題が生まれる。「量」の時代には財政問題が重く作用し、政府の主体性が表面に出るが、「質」に関しては教育内容の問題として政府は慣行的に抑制的な対応をしてきた。しかし全面的に「質」の時代となったとき、政府の責任と大学の自主性・自律性とのバランスはこれまでとは大きく変わらざるを得ないかもしれない。これからの中教審の審議は眼を離せないものになりそうだ。

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