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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.342
大学財務基盤の強化その2 アメリカの寄付募集活動

 私学高等教育研究所研究員 小林雅之(東京大学大学総合教育研究センター教授)

 2008年に「大学全入時代」が到来するという予想ははずれた。しかし、「全入」とはうらはらに少子化による大学定員割れが日本の大学全体に暗い影を投げかけている。私立学校振興・共済事業団の調査では、4年制私立大学の半数近くが定員割れとなっている。このことは私立大学にとって大きな問題であることは言うまでもない。しかし、大学経営にとって、より重要な問題は定員割れそのものより、大学財政の健全化である。定員割れイコール財政悪化ではない。大学の将来にとって何より重要なのは、大学財政の健全化であり、そのための財務基盤の強化である。
 私の所属する東京大学大学総合教育研究センターでは、こうした問題意識から一昨年来大学の財務基盤強化プロジェクトを野村證券と共同で実施し、寄付募集、基金の活用、授業料と奨学金戦略、資金と施設管理などを研究してきた。
 具体的には、これらのテーマについて、国内大学調査、アメリカ大学調査、さらに中国大学調査を重ねてきた。その一端は昨年11月の本アルカディア学報303に「大学の財務基盤の強化」と題して報告させていただいた。本稿はその後の活動の報告である。
 2007年に実施した国内大学に対する寄付募集活動調査では、多くの大学が寄付募集に取り組んでいるものの、その体制は十分ではないことが明らかにされた。また、多くの大学では、寄付募集は周年事業などのキャンペーンのみが多く、恒常的な寄付募集活動(アニュアル・ギフト)には、あまり力を入れていないことも明らかにされた。この調査結果は『わが国の大学の寄付募集の現状―全国大学アンケート結果―』に詳しく記載されている。
 これに対して、アメリカの大学では、長期的な戦略計画を立て、それに基づく財政戦略計画を立て、寄付募集活動を計画している。5年、10年と長いスパンで寄付募集に取り組んでいるのである。その具体的な事例は『高等教育機関のための寄付募集入門』(ウィリアム・S・リード/ビバリー・D・リード著)、『寄付募集を通じた大学の財務基盤の強化:東大―野村 大学経営フォーラム 講演録』や『アメリカの大学の財務戦略』に詳しく記載されている。
 また、基金の活用については、『アメリカの大学における基金の活用』(ルーシー・ラポフスキー著)に具体的事例を含めて詳細な説明がある。さらに、基金と授業料/奨学金戦略については、9月に日米高等教育財政ワークショップを開催し日米の研究者が議論を交わした。
 アメリカでは寄付募集さらには財政を含む長期的な戦略計画を立てて、これに基づき具体的な工程表(ロードマップ)を示して、計画を実行している。これに比べると、日本の国立大学法人では、中期計画が財政計画とリンクしていない。私立大学ではこうした長期戦略が立てられている場合が少なくないとみられる。
 しかし、日本だけでなくアメリカの場合にもこうした計画さえ立てればいいというものではないことも強調したい。たとえば、分権型のガバナンスをしている大学では、大学全体の戦略プランを立てていないところが多い。大学全体の戦略プランを立てれば、個別の下部組織の戦略プランと齟齬をきたすからである。この場合、下部組織が戦略プランを立てることが重要であることは無論であり、戦略プランが不要というのではない。要は、個々の大学の環境に応じた対応が重要であるということである。また、安易な効率化のために戦略プランや大学評価と資源配分を結びつけることは、ほとんどの大学では行われていないことも強調したい。
 寄付募集活動にしても、日本には寄付の文化がないとか、税制が違うとかいう声がよく聞かれる。確かにこれらも日本の大学で寄付募集活動が活発にならない原因であろう。しかし、アメリカの大学でも初めから寄付募集活動が順調であったわけではない。1970年代から大学の授業料が高騰し始め、公的補助が減少する中で、資源の多元化を図るために大学関係者が、寄付募集に力を入れ始めた。これを政府も税制などの政策で後押しした。こうした地道な努力の上に現在の寄付募集の実績や基金の運用があり、その道のりは決して順風満帆というわけではなかったのだ。
 また、寄付募集は単なる資金の調達のためにあるのではない。それは大学と社会のネットワークの構築のための重要な手段でもある。アメリカでは一ドルの寄付を集めるために何セントかかったかを寄付募集活動の効率性の指標として、しばしば引き合いに出す。
 しかし、私が会ったある寄付募集担当者(ファンドレイザー)は、極端に言えば、赤字にならなければいくらコストをかけても構わないと断言した。大学と社会のネットワークはお金に換算できるものではない。しかし、その換算できないネットワークこそ、大学の財産であり、大学の存在理由の1つなのである。
 日本では、大学改革というと、アメリカやイギリスを参照にすることが多い。しかし、中国の大学から見習うべき点も少なくない。たとえば、資源の多元化では日本より先進的な部分もある。多くの大学では、これまで寄付は基金より施設設備に使われてきたという点では日本と共通である。しかし、清華大学などでは、10数パーセントの高い資金運用をしている。
 また、日本の大学ではあまり考えられないほど、多くの大学が莫大なローンによって、大学施設整備などを行っている。2005年の全大学の負債総額は約2億元(約3兆円)にのぼるという。
 このように、各国の大学の事例をそのまま導入することは危険である。むしろ、中国の大学の事例は大学の市場化が行き着く先を示しているようにさえみえる。こうした点については、5月に清華大学(東大ウィーク)で「大学と高等教育改革」、8月にセンターで日中高等教育研究ワークショップ「新しい時代の高等教育財政―日中共通の課題」を開催して、日中の大学関係者が活発に意見を交換した。
 私たちは、これらの研究成果を広く大学関係者に周知して、自己の大学活動に生かしていただきたいと考えている。私自身も6月に日本私立大学協会関東地区連絡協議会で成果の一部を報告させていただいたが、センターでは研究成果の報告と研究者の交流のために国際シンポジウムやワークショップなどを開催し、これからも一層こうした活動に力を入れていく予定である。また、成果はすべてホームページに順次掲載しているので、参考にしていただければ幸いである。

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