Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.341
就職から見た「学士力」 企業や卒業生の実態調査から

  私学高等教育研究所研究員 小杉 礼子((独)労働政策研究・研修機構統括研究員)

 「学士力」の登場
 先ごろ公表された中教審大学分科会制度・教育部会の「審議まとめ」では、「学士力」という新たな能力観が示され、学士課程の各専攻分野において共通して達成すべき学習成果と位置づけられた。その内容は、知識・理解にとどまるものでなく、コミュニケーション・スキルや論理的思考力などの「汎用的技能」、チームワークや市民としての社会的責任などの「態度・志向性」に及ぶ、幅広いものとなっている。21世紀を担う市民に相応しい学習成果とも記されているが、そこには当然職業人としての市民が含まれている。ここでは、職業人として要請される力と「学士力」の関係を、企業や卒業生を対象にした実態調査から検討し、現実的なレベルでの対応を考えたい。
 企業が採用において問うもの
 産業界が期待する能力については、まず、04年に厚生労働省が大規模な企業調査で採用時に重視する能力を調べ、事務・営業系採用に限定してではあるが「就業基礎能力」として抽出した。これはコミュニケーション能力、職業人意識、基礎学力、ビジネスマナー、資格取得の5つにまとめられ、すでに育成のための教育プログラムが展開されおり、その修得を厚労省が認定する仕組みも実施に移されている。また、06年には経産省が職場や地域社会の中で多様な人々とともに仕事を行っていく上で必要な基礎的能力としての「社会人基礎力」を提案し、「前に踏み出す力」(主体性、働きかけ力、実行力)、「考え抜く力」(課題発見力、計画力、想像力)、「チームで働く力」(発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール力)に分解して示している。「学士力」はこれらより幅広い能力観といえるが、底通するところがある。すなわち、知識・技能とは層の異なる態度や行動様式のレベルの能力を問題にするところである。
 筆者が直接関わった調査から、より具体的に企業の重視する能力をみよう。企業調査においては、新規大卒者の採否の判断で最も重視するポイントとその確認のために行う具体的な質問を自由回答形式で記入してもらった。回答には「今までの人生で最も辛かった事は何か?その対処法は?」という質問から行動力を判断するというものや、「学生生活(ゼミ、サークル等)やアルバイト等で、どのような役割を果たしていたか?」から協調性やリーダーシップを問うというものなど多様なものがあった。これを社会人基礎力の分類を参考にまとめると、最も多かったのは主体性など「前に踏み出す力」に当たるものでおよそ半数の企業がこれに言及していた。次いでコミュニケーション能力などの「チームで働く力」を3分の1の企業が挙げていた。また、「人柄」とか「人間性」といったその他としか分類できないケースも4分の1を占めたが、別の質問との関連から分析すると、「人柄」といっても、行動力や協調性などの総合的な表現であると推測された。
 さらに、大学4年の11月時点の学生調査では、就職活動で企業が評価していると感じた点を大学での学習活動やインターンシップ、出身大学の採用実績などの選択肢から選ぶ形の設問を設けたが、ここからは、採用内定を得た学生はそれが得られない学生に比べて、「人柄や個性」が評価されていると思う者が多いという結果が得られた。採用に当たっての企業の評価基準が、主体性や協調性などの学生の態度・行動様式レベルの能力にウエイトをおいたものであるということは、学生の目から見ても明らかである。
 態度・行動様式を含む能力観
 我が国企業においては、近年こうした行動様式レベルの能力の把握・評価が盛んに行われるようになった。この背景には、成果主義的な雇用管理の導入がある。成果主義における評価を納得的なものにするためには、成果を挙げるプロセスの評価を組みこむ必要がある。そこで知識やスキルを駆使して業務上の課題を解決する能力(=コンピテンシー)が注目され、これを成果につながる態度・行動様式として明示化して評価に組み込むことが行われている。
 こうした手法の開発は米国系のコンサルティング会社が先導したが、さらに遡れば、そこには日本雇用管理の影響があるという。つまり米国型の職務に給与の基準を置くシステムは技術革新への対応が円滑でないという問題に対して職務の拡大や柔軟化が求められた時、日本の多能工養成システムにおける個人が過去に習得したスキルに賃金を支払う考え方が参考にされた。「職務」から「人の能力」へと賃金決定要素に変化があったという(岩脇2007)。
 企業が行動様式レベルの能力に採用基準をおくのは、一つには成果主義化に伴う新たな雇用管理の反映であるが、同時に日本型雇用における「人の能力」を賃金の決定要素とする考え方の反映でもある。そうした意味では「人柄」を採用基準とする企業の姿勢は今に始まったものではない。ただし、潜在的な能力としてでなく顕在化されたものから把握する姿勢への変化はある。それが「具体的な場面でどのような行動をとったか」という採用面接での質問の仕方に現れている。
 「学士力」への対応
 行動様式レベルの能力を学士課程の学習成果として位置づける「学士力」が教育サイドから発信されたことは、我が国の人材育成を考えた時、非常に重要である。職業人としての基礎がこうしたレベルの能力にあることにほとんど異論はないだろうが、これを学士課程で育成するという考え方はこれまで明確ではなかった。サークル活動などの課外活動の役割としては認識されていたが、「学士力」としたからには、当然、正課においての育成が図られるべきであろう。
 先の調査の一環に卒業生調査がある。その中の自由回答をいくつか引くことで私の考える対応の方向を示してこの小論を終わりたい。「ゼミでの研究は、自分で企画し、行動する機会として、とても良い経験であったと思います。積極性と自信を養えました」「『なぜ』ということが大学を通じて常に意識づけされたと思う」「資料から答えを導き出す研究方法とまずは体力が必要な学科であったこと。論理的な思考能力が身に付いた」「高校までは『言われたことをしておけば良い』という感じだったが、大学では何かと自分で意思決定をする場面が多くなったので、そのような経験は役に立ったと思う」
 【参考文献】
  ●小杉礼子編2007『大学生と就職とキャリア―「普通」の就活・個別の支援』勁草書房。
  ●岩脇千裕2007「日本企業の大学新卒者採用におけるコンピテンシー概念の文脈―自己理解支援ツール開発にむけての探索的アプローチ」JILPT Discussion Paper Series 07-04

Page Top