Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞
アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.333
規制改革と高等教育(その2) −事前規制から事後チェックへの意味−

  私学高等教育研究所主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)

 前回は、規制改革政策の理解に欠かせないと思われる日米構造協議との関連について述べた(5月21日付け本欄)。本稿では、社会的サービス分野における規制改革推進に強力なツールとして活用された「事前規制から事後チェックへ」の意味を考えてみたい。
 規制緩和から規制改革へ
 行革の一環として、経済分野を中心に進められてきた規制緩和は、次第に国民の安全、健康、災害防止、環境保護等の社会的目的を持った分野も視野に入れるようになってきたが、これらの社会的分野の規制については、その公共的な目的に対する配慮から、経済分野の規制とは一線を画する考えがあった。それを規制緩和の方針として明確にしたのは第二次行革審(1987〜9)であり、「経済的規制は原則廃止、社会的規制は必要最小限に」を方針として明示した。
 このように、社会的規制については原則自由化という方向ではなく、見直しと合理化を求めるに止め最小限の必要性を認めていたが、その理由としては次の二点がある。一つは、サービスの提供者と消費者との「情報の非対称性」である。医療や教育のように提供者に高度な専門性を要求される分野では、何が消費者の利益であるかを消費者自身が判断することは困難であり、市場原理が有効に機能しないことである。二つには、そのサービス提供には国民生活の保障のための所得再分配の機能があり、市場原理にはなじまない面があることである。この段階では、高等教育の分野で取り上げられた問題は、設置審査の提出書類の簡素化や校地基準の緩和などであり、従来の高等教育行政の方向性と大きく齟齬をきたすものではなかった。
 しかしその後、このような規制緩和の二段階論は次第に後退していき、規制緩和の流れは、医療・福祉、教育、雇用などの分野についても、経済的分野と区分することなく市場原理を優先させようとするラジカルな方向を辿ることになる。社会的規制の別扱いを不要とする理由として挙げられていることの一つは、公益性を守るための事業者の選別が、多くの場合既存事業者保護のための参入規制になっており、そのことがサービスの改善を妨げる結果となっている。二つには、社会的サービスであっても、多様性の時代にあって何が消費者の利益であるかを政府が判断することは効率的ではない。このような理由によって、社会的分野であっても、市場原理の働きを妨げる規制は原則的に排除し、一方で、消費者の保護や救済については、情報開示の徹底と事後の「セーフティネット」の整備によるべきだとされた。つまり政府は規制を廃止して国民生活に対する責任を放棄するのではなく、市場を活性化すると同時に社会的安全弁も備えた最適な規制に改革しようということであり、その意味から、これは規制の「緩和」ではなく「改革」であるとして、以後「規制改革」という言葉が使われるようになった。
 1999年4月には、規制緩和委員会の名称を規制改革委員会に変更したが、この委員会の「見解」に基づいて2001年4月に内閣に設置された総合規制改革会議は、同年7月に「重点六分野に関する中間取りまとめ」を公表した。この中で、従来社会的分野のサービスは「非収益的な慈善的サービス」と性格づけられたために、消費者保護の観点から市場機能を阻害する規制が温存され、そのことが却ってサービスの向上や量の拡大を妨げてきたとして、医療、福祉・保育、教育、人材(雇用)、環境等の各分野を重点的に検討し、規制改革を進める方針を打ち出した。これが転換点となり、以来高等教育の分野も、経済的分野と区別されることなく、市場重視の規制改革政策に組み込まれていったが、その結果はさまざまな困難な問題を招いている。分野横断的に共通原則を押し通したこの会議の審議方法には、経済を優先課題とする独断と市場への過信があったと考えざるを得ない。二段階論を不要とした論理を辿って、その問題点を考えてみたい。
 社会的規制の区別は不要か
 社会的規制の論理に対し、総合規制改革会議では、規制のあり方に変えることによって、社会的分野を別扱いせずに市場機能を活用した改革を進めることが出来るとする立場をとる。同会議の「重点六分野に関する中間まとめ」(2001/7)では、これらの分野のサービスが「非収益的な慈善サービス」と性格づけられたために、「「規制」や「官業構造」が温存され、こうした供給側の問題からサービスの質的向上・量的拡大が妨げられるなど、改革の遅れが目立つに至っている」とし、「特に生活者向けサービスは、その提供者と需要者たる生活者との間で、有する情報に質・量ともに格差があることを踏まえ、情報開示の義務付け、監視体制及び事後的な紛争処理体制の整備等についても併せて検討を行い、競争の促進とサービスの質の確保に努めるべきである」としている。
 規制改革推進論では、社会的分野の規制にはいくつかの共通する論理があり、分野横断的な検討が必要だとしており、その最も重要なものとして、サービスの質の維持を理由とする参入規制(需給調整と提供者の選別)を挙げている。そして、市場の機能を活用しつつ、サービスの質を維持するためには、参入規制を廃止し、事後の評価と監視の体制を強化すべきだとし、「事前規制から事後チェックへ」が改革の共通原理とされたのである。しかし「事後チェック」が「事前規制」に代わる役割を果たせるのか、情報開示による情報格差の是正がどこまで可能か、事後の監視や救済が有効であるのか。これらの実態的な問題の検証がほとんど行われないままに進められた無理な規制改革によって、大学の質保証システムは今や繕いようのない混乱に陥っている。
 「分野横断的手法」による分野別議論の排除
 総合規制改革会議が、審議の効率化のために取り入れたのが「分野横断的」な手法である。民間参入による「官製市場」の見直し、事後チェックルールの整備、規制改革特区の実現などを分野横断的なテーマとして設定し、個別分野を超えて横断的に審議を進める手法がとられるようになった。経済的規制、社会的規制を本質的な区別と考えないことによって可能になったことであろう。しかし、このような横断的な手法によって編み出された改革の方法論は不可侵の原理となり、個別分野ごとの実態に即した議論はもはや実質的に行われることがない。「事前規制から事後チェックへ」というテーマもこのようにして分野横断的な規制改革の原理とされると、後は個別分野におけるこのテーマ自体の適否は論議の対象にはならず、政策の出発点とされる。高等教育の分野においても然りであり、結果として高等教育政策の考え方との調整は実質的に行われず、この分野の関係者の経験、識見は生かされない。それは実態的な論議を省いて「抵抗勢力」の発言を封じ、机上の論理を押し進める「効率的な」手法だったと言える。
 この総合規制改革会議の委員構成は経済界からと若干の研究者であり、教育界を代表する委員は皆無である。教育を論ずる体制ではないし、医療、福祉、教育等の分野を「官製市場」と位置づけ、これらを「本来の健全な市場経済に早急かつ全面的に移行させる」ことが目標であると明確に表明しているように(2003/7答申)、結論の先行した審議方法であり、この会議が教育政策を審議する最終的な機関たりうるとは思えない。しかし、その決定事項は、経済財政諮問会議との連携によって、年次ごとの閣議決定(骨太方針)に盛り込まれ、各省への強制力を高めた。また、この会議は、委員と各省幹部との公開討論、宮内議長と各省次官級との折衝、行政機関の長に対する資料提出要求など、通常の審議機関の枠を超えた強力な手法を行使して、各省との調整に強い影響力を発揮してきた。
 結局、社会的分野のサービスの提供と質の維持に関しては、担当省庁との実質的な調整が行われないままに、民間開放、市場経済化へ向けて中央突破が図られたのであり、そこに多くの実態との齟齬、政策的誤りを残すことは当然予想されたことと言わざるをえない。高等教育における具体的な問題については次の稿に委ねたい。

Page Top
Copyright (c) Association of Private Universities of Japan.1999-2008 . All rights reserved.