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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.330
キャリア支援部局の使命と説明責任 ―イギリスの改革動向から―

  私学高等教育研究所研究員 沖 清豪(早稲田大学文学学術院准教授)

 日本の大学において就職・職業指導からキャリア教育への転換が生じてから10年余が経過した。キャリアを学士課程段階の専門教育の中核と位置づけた学部・学科も創設されており、キャリア教育という概念そのものは普及段階を終え、実践と検証の段階に至っているといえるだろう。
 日本と同時期にキャリア教育の大学への導入が進められたイギリスにおいても、2000年代に入ってからさらに、キャリア教育に関する多様な改革が進められている。これは高等教育品質保証機構(QAA)が公表した実践綱領として、大学におけるキャリア教育の実施基準が示されたためでもある。そこには今後の日本において参照となるべき実践がいくつか見られる。
 こうした観点から、日本の現状を意識しつつ、イギリスの大学におけるキャリア支援部局(日本におけるキャリアセンター等)の状況とそこから得られる示唆について考えてみたい。

 QAA文書の概要
 QAA実践綱領(以下、QAA文書)はイギリスの高等教育機関における教育改革の指針を示したものであり、2001年に公表された「キャリア教育・情報・ガイダンス」は、今後のキャリア教育が従うべき原則を提示したものとなっている。
 このQAA文書では、一般原則として3点が示されている。第1の原則は「当該機関のミッション・サービス文書の作成」である。大学は、自らの使命や活動に関する文書を作成し、公表することを通じて、ミッションの明確化と情報公開の徹底が求められることとなっている。
 第2の原則として、「質保証システムの構築」が求められており、評価システムに基づいた説明責任の遂行も強く求められている。
 第3の原則として、「機会均等原則」の確認が求められている。当該大学が設定している機会平等政策に基づいて、一般的な機会均等の実現だけでなく、障害者や留学生なども意識して、労働市場で不利になる学生の特別なニーズを明確にし、対応することが求められているのである。
 さらにQAA文書では、当該大学で働く教職員をも対象としたキャリア教育・支援の充実、雇用者との連携なども求めている。2000年代の大学は、学生や当該機関に関係するすべての関係者にどのようなサービスが提供できるのかを明示し、そのサービスの質を保証するシステムを構築し、説明責任を遂行することが求められている。全体として活動そのものの数値化・指標策定という以上に、キャリア教育マネジメントの充実が強調されており、理念や活動については個別大学で多様性を担保したものとなっているようである。
 ではこのQAA文書に基づいた、現在のキャリア支援部局はどのような活動をし、その何が注目すべき特質なのであろうか。
 
 キャリア支援部局の活動
 イギリスのキャリア支援部局(キャリア・サービスと呼ばれる部局が多い)は部局長、キャリア・アドバイザー、情報オフィサーが主たる構成員となっており、他に部局の活動に応じて、ボランティア・コーディネーターや地域・企業との連携担当者などが置かれ、それぞれ専門職化・資格化が進行している。多くの部局では、情報提供、進路相談・面談、連携支援といった活動が中心となっており、学生向けの活動自体は日本と大きな違いはなく、個別機関の多様性のほうが大きいように見受けられる。
 しかし、QAA文書が示した原則に基づき、また各機関の性格・規模などの影響も受けつつ、キャリア支援部局の活動の中には、次のように日本であまり言及されない内容が含まれている。

 ミッション文書とサービス文書の策定
 キャリア支援部局は、QAA文書の第一原則に従って、部局自らがその使命や目的を明確に文書化し、公表することが求められている。ミッション自体の内容は個別機関で多様であるが、ジェネリック・スキルの獲得、キャリア・マネジメント能力の育成がミッションとして設定されている大学が少なくない。
 一方、サービス文書は文字通り当該部局の活動内容について情報公開を行なう文書と位置づけられ、サービスの対象者別に策定されるのが一般的である。ほとんどの大学のキャリア支援部局において学生向けのサービス文書が作成され、さらにウェブ上にも公表され、情報公開が図られている。また大規模大学では期限付き雇用の教職員が多いこともあって、在職中の教職員向けの研修やキャリア相談、あるいは雇用者向けの活動を明記したサービス文書が策定される例も少なくない。
 学生向けのサービス文書に記載されている内容としては、部局の活動スケジュールや活動内容、部局からクライアントへの要望、アウトカム評価に係る評価指標、部局の構成員などが挙げられる。またサービス文書ないし他の文書として公表されることがある内容として、機会均等政策や特別なニーズ・マイノリティに対する政策、異議申立手続き、情報管理政策、評価・質保証政策、そして年次報告書が挙げられる。
 
 質保証システム
 QAA文書によって示された第2原則、質保証システムの構築としては、自己評価システムの導入と認証評価制度の導入が図られている。自己評価については大学全体の評価システムに連動する場合と、一部局として独立してキャリア支援部局のみで実践し、その結果を文書や年次報告書を通じて公表している場合とが見られる。
 イギリスでは、全国の団体を対象に、キャリア関連だけでなく多様な情報提供・ガイダンスサービスの認証評価を実施する「マトリクス・スタンダード」が制度化されている。これはマトリクス社が提供している第三者・認証評価システムであり、その評価尺度として、サービスの提供・運営といったマネジメントの側面から主に評価し、適切なものについて認証するものである。2008年5月段階で、イギリス国内のキャリア教育・支援に関して65大学、学生支援サービスに関して16大学が認証を受けている。

 日本への示唆
 以上のようなイギリスのキャリア支援部局における改革動向から以下の3点を示唆として挙げておきたい。
 第1に、部局単位でのPDCAサイクルの実践に注目する必要がある。大学全体のミッションだけでなく、キャリア支援部局としてのミッションの明確化、それに基づくサービスの明示、さらに活動の多様な評価制度による質保証システムの構築と説明責任の遂行は、キャリア支援部局の機能と学部などとの連携の在り方にも影響を与えていくであろう。
 第2に、専門職化が進行する中で、認証評価・第三者評価が全学・学部・大学院を単位とするだけでなく、各部局を単位としたものに展開する可能性を読み取る必要がある。日本における大学評価、特に現行の認証評価が一巡した後に、こうした部局単位の評価が新たな論点として浮上する可能性があるだろう。
 第3に、キャリア支援部局も公的責任を果たす主体として、QAA文書の第3原則で示された機会均等原則の遵守が求められ、さらにそれを明示することが今後の課題となることも考慮に入れておく必要がある。
 2000年代のイギリス高等教育におけるキャリア教育の改革は広い領域に及んでおり、いずれの改革も中等教育や継続教育段階における諸改革と密接に連動したものとなっている。イギリスの場合、学校・教育段階を超えてキャリア教育・支援が教育政策の中心的課題と位置づけられてきているのである。
 日本においても、本年3月の中央教育審議会大学分科会制度・教育部会による審議のまとめ「学士課程教育の構築に向けて」において、「キャリア教育は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指すものとして、教育課程の中に適切に位置づける」ものとされており、早晩多くの大学において改革が進められることになるであろう。
 その際に、このイギリス型の徹底した質保証のシステム化は1つのモデルとして検討されるのではないだろうか。

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