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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.329
初年次教育「第2ステージ」へ ―実践と結びついた研究への期待―

  私学高等教育研究所研究員 杉谷祐美子(青山学院大学文学部教育学科准教授)

 新入生を対象に、高校から大学への円滑な移行を図り、学習および人格的な成長を目指した初年次教育は、いまや、ほとんどの大学においてその重要性が認識され、程度の差こそあれ、導入されつつある。本年3月に出された中教審『学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)』でも初年次教育の意義は強調されているところである。
 そこで本稿では、筆者が分析にあたった二つの調査結果に基づき、ここ数年の初年次教育の展開と今後の課題について考察したい。
 一つは、かつて筆者が本欄でも紹介した、私学高等教育研究所・導入教育研究グループの「私立大学における1年次教育に関する調査」である。これは2001年11月に私立大学全学部を対象に行った(以下、01年調査と略す)。もう一つは、この導入教育研究グループが加わって、2007年12月に国立教育政策研究所において実施した「大学における初年次教育に関する調査」である。2001年調査をベースに調査票を改編し、国公私立大学全学部を対象とした(以下、07年調査と略す)。
 01年調査で明らかになったのは、日本の初年次教育の実状が、学部によって授業科目や内容の編成が異なり、専門教育に水路づける専門教育への導入的側面が強いことであった。また、「スチューデント・スキル(大学生に求められる一般常識や態度)」よりも「スタディ・スキル」が重視される傾向にあった。
 当時の初年次教育の実施率が80.9%という高い値だったのも、多くが専門教育への橋渡しとなるような基礎演習や基礎的講義、情報リテラシー系の科目、さらには補習教育に該当する科目までを含んでいたからにほかならない。大学教育全般への動機づけ、大学生活への適応や将来の進路選択を目的とした授業は基礎演習や教養演習などにおいて部分的に行われていたものの、「フレッシュマンセミナー」、「学び論」、「自分の探究」など、固有の名称をもつ科目は回答で挙がってきた科目のうち5.5%にすぎなかった。
 こうした初年次教育の理解はまた、現場での混乱を招いていた。01年調査の自由記述からは、初年次教育の目的・内容・水準・教材・評価に関して教員間での合意形成が困難で、担当教員の熱意・指導力に差がみられる実態が浮き彫りになった。同一名称の科目でも、その内容は個々の教員の専門分野や研究内容に引きつけたものになっており、現実には統一がとれないことに各大学が苦慮している様子がうかがえた。
 では、その後、こうした問題は克服されたのか。
 07年調査によれば、初年次教育の実施率は97.0%。調査票では初年次教育の8領域を例示しているため、一領域でも該当すれば実施している回答になるが、それにしても拡大してきたことは否めない。
 領域別には、「オリエンテーション」、「情報リテラシー」、「スタディ・スキル」を90%以上が、「専門教育への導入」は約85%が実施している。これに対して、「自校教育」(37.0%)、「スチューデント・スキル」(63.0%)はそれほどまでに広がっていない。とはいえ、スチューデント・スキルは01年調査で授業に組み込んでいた学部が18.0%だったことからみれば大きな伸びといえる。
 初年次教育においてスチューデント・スキルが重視されていることは、5段階評定で尋ねた重視度によっても明らかになる。2001年と比較すればどの項目も平均値は上がっているが、とくに「学生生活における時間管理や学習習慣の確立」(3.66→4.50)、「受講態度や礼儀・マナー」(3.93→4.42)、「チームワークを通じての協調性」(3.47→4.22)など、スチューデント・スキルでは顕著である。
 それでは、01年調査で問題になった初年次教育に対する共通理解の不足に関しては、その後進展はあったのだろうか。ここでは主として、教科書の使用状況とプログラムの提供主体に着目したい。
 教科書では、2001年に共通教材の使用が43.6%だったのに対して、2007年には全科目で教科書を使用する学部が53.8%に上った(07年調査では領域ごとに尋ねているが、該当する領域が一つでもあれば計上している)。特に「情報リテラシー」、「専門教育への導入」の領域において使用率が高い。
 また、「自主開発」の教科書を使用する学部は48.0%、「自主開発・市販」の両方を使用する学部は60.3%。領域別には、「オリエンテーション」、「自校教育」、「スチューデント・スキル」で高かった。
 このように、教科書の使用状況をみると、プログラムの共通化・標準化が一定程度図られていることがわかる。しかも、自主開発教材の使用が多いということは、各大学のニーズや学生の特性に応じて初年次教育がカスタマイズされてきていることを意味している。
 同調査によれば、プログラムは基本的に学部主体で提供される一方、「自校教育」、「キャリアデザイン」、「情報リテラシー」、「スチューデント・スキル」などは学部以外の組織が担当していた。学部以外の組織が提供するプログラムをもつ学部は約75%を占める。初年次教育が学部・学科の枠を超えて、関係部署との連携のもとに運営されていることが理解できよう。
 したがって、初年次教育の目的や内容については学内でも理解が深まってきており、プログラムの共通化、カスタマイズも進んでいる。その意味では、2001年の課題は徐々に克服されつつあるといえよう。実際、自由記述では、教員間での合意形成が困難だという意見は2001年に比べはるかに少数であった。
 ところが、こうした初年次教育の発展はより具体性を帯びた次なる課題を生み出すことになった。自由記述の分析からは、およそ次の3点にまとめられる。
 第一は、スチューデント・スキルに関する指導である。学習面だけでなく、学生の目的意識、意欲、生活習慣の欠如はますます深刻化し、各大学は対応を迫られている。
 第二に、初年次教育の多様なコンテンツを整理したうえで、総合的なプログラムの開発が求められる。教育成果や達成度の客観的評価も必要であり、より有効な教育内容・方法を取り入れたいという要望が強い。
 第三に、入学年度当初にとどまらぬ、通年のフォローや次年度以降の教育との接続を検討すべきとの指摘がある。この問題は、学士課程教育全体の構造化と関わって重要となろう。
 07年調査においては、教員の負担増に喘ぎ、試行錯誤を重ねる各大学から、初年次教育の効果的なプログラムや先進的事例に関する情報提供を痛切に求める声が多数みられた。なかには専門的研究機関の創設や国への財政支援策への要望も含まれていた。
 初年次教育は啓蒙期を越えて、各大学の実践活動が蓄積されつつある「第2ステージ」に突入した。折しも本年3月には初年次教育学会が設立された。今後は、現場の声を反映して、実践的課題と結びついた研究の推進を期待したい。

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