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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.322
伝統と革新のバランス 建学の理念保つ改革の持続

  私学高等教育研究所研究員 篠田道夫(日本福祉大学常任理事)

 今回は京都の仏教系、キリスト教系の2つの特色ある女子大学、京都女子大学・京都ノートルダム女子大学を訪ねた。両校とも深い宗教的な信念を背景とした独自の建学の理念を持ち、その精神を活かした人材育成を、小学校からの一貫教育で実現しようとしている。伝統校ゆえの強みと課題、近代化にむけた大胆な改革と守るべき教育の柱をよく見極めた運営を行い、今日の大学基盤を造り上げてきた。伝統と革新のバランス、共通点も多いが、全く異なる個性を持つこの2つの大学の経営改革を見てみる。
 京都女子大学
 学校法人京都女子学園は、大学・大学院、短期大学部、高校、中学、小学校、幼稚園を擁する女子教育の総合学園として発展し、学園全体で、およそ9000名が学んでいる。「親鸞聖人の体せられた仏教精神」を建学の精神とし、女性の地位向上と活動の場の拡大を求めて、豊かな人間教育を行なってきた。
 近年の京都女子大学の改革推進の中心には、4年スパンで策定・推進される学部新設・改組計画を柱とする全学的な教学改革方針(将来構想)がある。すでに「平成12年度改革」では現代社会学部の設置を行い、「平成16年度改革」では発達教育学部の設置、生活福祉学科の設置に取り組んできた。この急速な拡充政策により、進化し続ける活発な大学イメージを作り上げてきた。
 学園では今、「平成20年度改組〜人を育てる大学・短大教育を目指して〜」の策定に、全学あげて取り組んでいる。ここでは今日までの到達点を積極的に評価しつつ、学部新設の継続だけで志願者を確保するのは限界があり、体力低下も招きかねないという見通しを提示した。そして改めて「社会人基礎力」の養成を核とした教育充実の課題を導き出している。今こそ大学としての本当の力を付けていく改革が求められていることを提起した。
 こうした持続的な将来構想検討はいかにしてできるのか。すでに過去2回の計画策定では、検討委員会や部会に70人に及ぶ教職員が参加、全学参加型の改革推進を行ってきた。今回もこの流れを活かし将来構想委員会を軸に、教育・研究企画会議で検討課題を確定、それを目的別ワーキンググループで具体的に調査・研究し、策定された改革案を課題別ワークショップで具体化し遂行するというやり方で、多くの教職員の参加を組織している。
 その中で特筆すべき取り組みが「研究会」だ。将来構想について自由にテーマを設定し、有志を募って改革案を議論・提案する。検討テーマ、メンバー、期間、取り組み内容・方法、意義、必要経費などを申請し、承認を得る。予算も付き、期間は1年、成果は教育・研究企画会議に報告され、採択されたものは目的別ワーキングで具体化される。すでに終了したものも含めると27の「研究会」が活動している。教職共同で現場からの提案や企画、アイディアが練られ、将来構想に厚みを加えるとともに、自らの手で作り上げた自分たちの計画という自覚を高め、全学一致の実践を作り出す上で大きな役割を果たしている。
 また、大学は学長の下、大学評議会が置かれているが、ここに事務職員から3名の役職者が議決権を有する正規構成員となり、教職共同による運営を行っている。また学長選任の方法を、平成13年度より全教職員による選挙制度から学長選考委員会制度による選考に変更した。これにより大学を統治するに相応しい人材をより客観的に選任するとともに、学内に無用な対立を起こさないことを狙いとした。
 将来計画の全学的検討と共有による立案、それを担う幹部のリーダーシップと教職一体組織によって、力のある改革を確実に実現しているところに、この学園の強みの源泉があると思われる。
 京都ノートルダム女子大学
 学校法人ノートルダム女学院は、中学、高校、小学校を連続して設置し、1961年、大学を開学して一応の完成を見る。現在児童・生徒・学生数は約3500名ながら、建学の精神を育む小学校からの一貫教育が実現できる教育システムとなっている。「ノートルダム」とはフランス語で「聖母マリア」を意味し、その名の通り建学の理念は、キリスト教精神そのものである。
 ノートルダム女学院は、2006年より理事会体制を一新した。これまで7名の理事全員が教育関係者で占められていたが、うち3名を企業トップの方とし、学長・校長理事3名の教学代表と合議することで、教学充実と経営改革の統合的な前進を狙った。また設立母体である宗教法人カトリックノートルダム教育修道女会の代表は理事をはずれ学院長に就任することで、理事会をより実務型に編成した。この改革の背景には、設置する3つの学校が、教学運営はもとより財政まで独立した運営を行い、それぞれの強い個性が作られたが、3校が共通の目標を持って連携し前進する気風に欠けていた点が挙げられる。3校合同教職員研修会の実施や内部進学に関る協力体制の強化、法人事務局と大学事務局の連携体制の強化等、次第に協力関係が改善されつつあるが、小学校から大学院までを擁する学園としてのメリットを活かす改革が大きな課題となっていた。
 それらの課題を実現するため、ノートルダム女学院は、2006年「中期計画」(2007年―2014年)を策定した。グランド・プランの柱として「小学校から大学院までの一貫教育システム」、「設立母体の国際ネットワークと総合学園ならではの資源を生かした特色ある教育」の2つの目標を掲げ、その実現のために、3つの主題と15の主要課題を提起した。
 その内容は、1、魅力の創出、(1)施設・設備の刷新、(2)大学・大学院の付加価値の向上、(3)総合学園として時代のニーズに合った特色ある企画・カリキュラム・制度の創出、(4)就学支援制度の充実、(5)進学・就職実績向上に結びつく企画・カリキュラム・制度の導入、(6)教職員の資質の向上、2、経営の安定、(7)健全な財政基盤の確立、(8)収入の多様化と安定確保、(9)学院全体の連携による事務の効率化、経費削減、(10)人事制度と職務規定の改定、3、組織の進化、(11)理事会のリーダーシップの強化、(12)ビジョンと戦略の先鋭化、(13)中期計画の学院全体での共有、(14)競争的予算制度の創設、(15)対話力の向上、である。
 教学の改革と経営強化を統合的に前進させること、そのための政策の全学浸透と理事会のリーダーシップの確立を提起した総合的な内容になっている。そしてこれらの課題の推進のため中期計画総合推進室(通称:エンジンルーム)や経営効率化委員会、連携特別委員会などを、法人、各学校、事務局の中核メンバーで発足させた。長年の各学校の独立運営の歴史から、統一した学園政策の浸透・共有や連携した教学改革の推進にはなお時間を要するが、各校の現場の声も踏まえた計画の修正等も行いながら、大きな目標の実現に向けて、前進を開始している。
 大学の運営は、学長の下、3学部長、4学科長、大学院研究科長の計八人をいずれも学長補佐に任命し、ライン管理責任を持たせるとともに学長スタッフとすることで、大学の全体政策と学部現場の実践との結合を図っている。全学的な方針を策定する管理運営会議には、教員役職者と並んで事務局長、同次長、総務部長など職員も正規構成メンバーとして参画し、政策立案や執行面での教職の一体的な協力関係の強化を図っている。自己点検評価を基に大学の中期計画策定を進めており、これが法人の中期計画と接合されることで、より強い特色を持った学園、大学運営が実現されるものと思われる。
 まとめ
 両校に共通しているのは、明確な長期計画を策定し、強みを活かすための教学運営上の充実や改革を計画的に進めている点である。しかし、その策定や推進方策には大きな違いがある。片や現場からの参加型、提案型を重視しているし、他方は、外部の知恵も取り入れながらトップダウン型による方向付けを重視している。これはどちらが良いという問題ではなく、運営の特質や改革の性格、課題による。改革の基本方向が一致している中では、その内容に厚みをもたせ全学の力を引き出す点で参加型が有利であろうし、これまでのやり方や慣例を打破し、新たな目標、大きな改革を推進するためには、トップからの先見的な提起が重要なインパクトを持つ。
 いずれの大学も改革の推進と目標の実現のため、経営、運営システムを大きく変えてきた。学長選任システムの抜本的な変更や理事会体制の大幅な見直しを行うなど、ビジョンの提起とその実現のための体制整備は分かちがたく結びついている。また、大学運営や教育作りへの職員参加を重視している点は両校に共通する特徴である。これらの点で両大学の取り組みは示唆に満ちている。

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