アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.320
英国にみる大学のガバナンス改革 シェフィールド大学の最新事情
(東京大学大学院教育学研究科専任講師)
2008年2月、国立大学・財務経営センターは「英国大学の資金配分と施設整備」をテーマにシェフィールド大学の戦略・企画担当副学長らを招き、国際セミナーを行った。この2日後、国立大学・財務経営センターのご厚意もあり、東京大学大学総合教育研究センターは、大学の財務基盤に関する野村証券との共同研究の一環で、同講師らを囲み、東京大学内でインフォーマルな研究会を行った。
筆者らは、国立大学法人化を前に、2002年12月、シェフィールド大学に訪問し、そのガバナンスの改革などについて調査し、大総センターものぐらふIII「日英大学のベンチマーキング―東大・オックスフォード大、シェフィールド大の詳細比較―」(2004年)にまとめたが、この研究会をきっかけに、その後もイギリスの大学において、ガバナンスの仕組みを変革しつづけていることを知った。今回の記事では、シェフィールド大学の関係者から伺った最新事情とその背景を紹介したい。
デアリング・レポートを契機としたガバナンス改革
イギリスの大学におけるガバナンスの形態は歴史的に様々な経緯を経て成立したものであったが、一方において学術成員による参加的で自律的な経営、他方で社会ないし議会、王権、政治の関与、という二つの力を様々な形で融和させてきた点に特徴があった。しかしながら、その結果として、組織としての機動性に欠けるという批判がなされてきた。そうした批判を顕在化させたのが、デアリング・レポート(National Committee of Inquiry into Higher Education 1997)であって、それを契機として、1990年代後半以降にイギリスの大学のガバナンスの形態は大きく変化することになった。
具体的な変化の在り方は大学によって異なるが、イギリスの主要大学の典型的なケースともいえるシェフィールド大学では、デアリング・レポートの勧告にもとづき、2000年に勅許状と付属学則を改正し、管理運営機能を強化した。
改革後のシェフィールド大学のガバナンスの特徴は、大きく二点ある。第一の特徴は、従来、コート(Court)とカウンシル(Council)と呼ばれる二つの意思決定機関があったが、前者の権限を儀式的なものに限定し、フォーラムとして機能させ、後者のカウンシルを実質的な意思決定機関として規定したことである。コートは大学成員、卒業生、地域代表、職業団体の代表、下院議員などの広範な支持母体を集めるが、構成員が多数にのぼるために意思決定組織としてはほとんど機能していなかった。二つの組織の位置づけを明確にすることで、意思決定の迅速化を図った。これはデアリング・レポートの勧告にほぼ沿う形で行った改革である。
第二の特徴は、細かな分権化と中央集権化をワンセットで機能させ、効率的な資源配分を実現しようとする独特の組織化と権限委譲の仕組みである。これはシェフィールド大学の特徴ともいえる改革であった。当時のシェフィールド大学の学内基礎組織は、7学部(Faculty)と学士課程部であったが、予算の責任を負う単位は、この学部ではなく、41の予算配分単位(75の学科を元に構成)とした。大学本部からの予算は、学部を全く媒介せずに、直接に41の予算配分単位に配分されるのである。また、各予算配分単位で一定範囲の内部補助を認め、他方で、下部組織間の利害対立を調整するために、学長の権限を強化した。かつて教員の選挙によって選出されていた学科長を学長が指名できるようになったこともそのひとつである。それぞれの分野の業績目標を財政計画枠組みに組み込み、研究レベルを向上させたことで、シェフィールド大学の資源配分方式は大きな注目を集めた。
新学長のもとでの新しい枠組み
シェフィールド大学は2006年、新しい大学戦略の策定を開始した。とくに2007年10月に新学長キース・バーネット氏が着任し、検討を重ね、2008―09年に学部の改組と、学部単位への大幅な権限委譲を行う予定だという。予算の権限委譲の単位を41の予算単位から、5つの学部に変え、新たに学部長にも予算と執行権を与えることが計画されている。上述の二つ目の特徴を大きく転換させる改革である。なぜ、いま、新しい仕組みが必要になったのか。
学内外の要因がある。まず、学内の要因としては、「細かな分権化と中央集権化のワンセット型」は非常に手間がかかるというデメリットがあげられる。現在、大学予算は、@カウンシルの中に設置される学術発展委員会(Academic Development Committee)の委員長(41の予算単位の予算)、A事務局長(Registrar & Secretary)(事務系統の予算)、B財務部長(財務・営利サービス予算)の3名が予算責任者であるが、この予算責任者は、41という非常に多い組織相手に話をしなければならずコストがかかるし、学術的予算と事務系統の予算を分けることも難しいなどの様々な弊害が次第に明らかになったことだ。
より重要なのは、学外の要因である。かつてイギリスの大学では授業料を徴収しておらず、黙っていても学生が集まってくるような時代があった。ところが授業料を徴収することによって、学生はよりよい教育を求めるようになったし、親も、子供がどの大学で、どのような教育を受けられるのかに関心を持つようになった。シェフィールド大学は、研究評価では上昇を続けてきたものの、図書館などの教育サービスや学生の経験にかかわる質が評価されるランキングは、過去5―6年、下がり続けるという問題に直面した。そこで高質の教育を与え、学生の満足度を上げるためには長期的な戦略が必要だと判断されたのである。ここできわめて重要だが、意外と認識されていない点は、教育の質の向上は大学の財政計画ときわめて密接に関係しているということだ。
新しいコンセプトの図書館、IT支援、生活と一体化した学習などを行うためには、小さな学科単位での予算で考えるのでなく、組織としての決断と行動が必要になる。シェフィールド大学は、この何年かの間、従来の仕組みのままでも、エッジ学生村、情報センター(Information Commons、近代版図書館)などの大掛かりな学習支援のための施設整備を行ってきたが、こうした経験の中から、変化に対応するために組織や経営の在り方を変えようという動きが高まった。
こうして、2008―09年度、これまでの41の予算単位から、5学部を単位に変更することによって、戦略計画を実施し、より中央集権化させ、資源確保よりも全体的な計画を重視し、組織単位での目標にもとづくパフォーマンスを強調することを期待しているという。
何を学ぶか
日本の大学も経常的な補助金の減少といった厳しい環境の中で、いかに資源を確保するのかに強い関心が向き、さまざまな努力がなされている。とくに研究大学では、研究費の獲得に重点があり、教育の質の高度化への努力がやや立ち遅れている傾向は否めない。教育機関である以上、こうした面での長期的な観点からの改善が求められるが、教職員がやみくもに努力すればよいものではない。現在、実施されようとしているシェフィールド大学の事例が示したのは、教育機能の高度化をおこなうためには、それにあった組織化や財政上の仕組みが重要だ、という視点である。
競争的環境が恒常化し、教育の質改善への取り組みが本格化するであろう日本の大学がイギリスの大学から学ぶべき点はまだまだ多い。