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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.314
質保証と評価の取組 英国における大学教育

  村田 直樹(日本学術振興会理事)

 「英国の大学教育評価は失敗だったか?」
 英国における大学教育の質保証と評価のための取組は、1990年代初頭に開始されて以来、数度にわたって実施方法等が変更され、現行の「機関監査(Institutional Audit)」は、2006年から本格的に実施されている。
 英国においては、大学教育の質保証と評価の在り方をめぐって、教育の質の維持向上のための仕組が各大学において適切に整備され機能しているかどうかを機関別にチェックする「監査(audit)」と、学問分野別に各大学の教育プログラムが自ら定めた目標に応じて適切な質を確保して実施されているかを評定する「評価(assessment, review)」の二つの流れが存在していた。当初は、前者を大学協会、後者を財政カウンシルがそれぞれ主導して実施していたが、98年から両者が資金を分担して設立した「高等教育質保証機構(Quality Assurance Agency for Higher Education :QAA)」が両方を実施することとなった。このような2種類の取組は重複する点が多く、特に分野別の教育評価については膨大な作業のわりに評価結果が全般的に高く、結果を活用した施策を講じにくいことなど、評価を受ける大学と評価結果を利用する関係者双方にとって満足できるものではなかった。このため2000年前後から関係者の間で新たな仕組について協議が行われ、02年から05年を移行期間として、QAAが実施する「機関監査」を中核とする大学教育の質の保証と向上のための新たな仕組が構築されることとなった。
 当初実施された機関監査には、選定された特定分野の教育プログラムについて質保証システムが適切に機能しているかどうかを学生の学業達成状況の確認や学生・教職員との協議を通じてチェックする「分野別追跡監査」という手法が含まれていた。しかし、移行期間中に実施された点検評価において、大学関係者から準備に膨大な作業を要求されるとの意見や監査委員から質保証システムのチェックと特定分野の追跡監査の合理性に疑問等が出され、06年以降の本格実施の際に、ある意味でかつての分野別教育評価の名残とも言える「分野別追跡監査」が廃止されることとなった。
 このような変遷をたどったことから「英国では大学教育評価は失敗した」と指摘する研究者もいるが、最終的な実施主体となったQAAは「分野別教育評価:93年〜01年に学ぶ」(04年)で次のように総括している。『分野別教育評価においては大多数(99%)の評価単位(学科等)が実地調査の初期段階でその質を認められた(例えば、「カリキュラムの企画・内容・構成」の領域で、評点4は56.2%、評点3は39.4%、評点2は4.3%、評点一は一機関のみ)。94年に財政カウンシルが定めた教育評価の目的は、公的資金の説明責任を果たすこと、高等教育の質についての情報を国民に提供すること、良き実践を広めることとされたが、これらの目的は概ね達成された。5700名以上の分野別専門評価委員及び98名の評価委員会議長が教育評価を実施するために研修・訓練を受け、これら評価委員は良き実践を広める役割も果たした。また、分野別、機関別の評価報告書も同様の機能を果たした。教育評価の経験を重ねていくうちに、各機関は教育プログラムの企画・提供に当たってより自立的に、組織的で厳格な姿勢で臨むようになった』。この総括はある程度割り引いて評価する必要があるかもしれないが、分野別教育評価という10年近い膨大な取組を通じて、評価文化が各大学に醸成されたことは間違いない。また、この間に、入学者選抜、学生の成績評価、教育プログラムの企画・承認・点検評価、キャリア教育・情報・ガイダンス等10項目について教育の質・水準の保証のための取組方針を定めた「質保証のための行動規範」や50を超える学問分野の主として優等学位取得者に期待される知識の体系や技能について記述した「分野別ベンチマーク」といった機関監査の外部性を担保する小道具群が形成されたことも大きな成果である。
 2006年からの「機関監査」の概要
 機関監査は、QAAが委嘱する監査チーム(通常4名の監査委員と事務局1名で構成)が大学を訪問(原則5日間以内)して、@当該大学が作成する自己評価報告書や公表データを基礎資料としつつ、大学全体の教育の質保証・向上のためのメカニズムが適切に機能しているかどうかを点検するとともに、A学内での教育プログラムの質・水準保証・向上のための手続きを追跡する「抽出追跡」を通じて、「質保証のための行動規範」との関係において質及び水準の保証・向上のための手続き等が機関内部で適切に行われているかどうかを具体的に確認する。監査結果は、@当該大学が(ア)教育プログラムの質及び(イ)学位の水準のそれぞれについて現在及び将来にわたって適切に管理できると信頼できるかどうかが「信頼できる」、「限定的な信頼にとどまる」、「信頼できない」の3段階で提示される。加えて、当該大学に対する勧告及び特色ある取組が報告書に盛り込まれることとなっており、勧告は緊急度に応じて「早急に改善策を講ずべき事項」、「予防策を講ずることが望ましい事項」、「質の一層の向上のための提案」の3段階に分かれる。
 「信頼できる」の評定を受けた場合、3年後にQAAが当該大学の公表資料の分析を行うとともに、当該大学は監査報告を踏まえてどのような対応をしたか等のコメントを書面で提出することとなる。その上で、6年毎に定期的に機関監査を受けることとされている。他方、「限定的な信頼にとどまる」、「信頼できない」の評定を受けた場合は、当該大学は@報告書公表後3か月以内に行動計画をQAAに提出し、A行動計画に基づいて講じた内容を定期的に報告する。QAAはB改善措置に納得できない場合、18か月後に視察を行い、C満足できる対応がなされていないと判断した場合には、財政カウンシルによって当該大学に対する財政支援の一部又は全部が留保される。
 「機関監査」の外部性と質の保証と評価の大枠
 ここで紹介した機関監査は決して単純な自己評価報告書の第3者検証ではない。監査の際に、QAAが大学関係者、財政カウンシル等と協議して策定した「質保証のための行動規範」、「高等教育資格枠組」、「分野別ベンチマーク」の趣旨・内容を各機関がどのように自らの教育プログラムの企画、策定、評価において実践しているかを確認することとなっている。いずれの資料についても各大学が自らの教育プログラムを企画・実施する際の参考とするものであって、監査においても各文書に記載された内容を100%そのまま適用していることが求められるのではなく、趣旨を踏まえて各大学が自分に合った形で柔軟に対応していることを前提としている。こうした文書を基準点として設定することで、多様性を認めつつも、高等教育機関として共有すべき基盤を維持しようとのねらいがある。
 また、機関監査自体が質の保証と評価の大きな枠組の中に位置づけられていることも忘れてはならない。それは、「大学教育の質・水準に関する情報」と「学生満足度調査」であり、機関監査とほぼ同時に導入された。前者は、各大学がウェブ上に@学生の入学資格(難易度)、A成人学生や留学生の比率、B学士号取得者の成績分類、C卒業生の進路などの量的データを公表することを義務づけるものである(〇七年から学外試験委員のコメント等質的データは削除されることとなった)。後者は、最終学年の在学生等を対象に学生の大学教育に係る満足度を@教育プログラム、A成績評価とフィードバック、B教育・学習支援、C組織及び管理運営、D教育・学習環境(資源)、E人材開発の各領域について調査し、その結果を大学及び専攻分野別にウェブ上で公表するもので、05年以降毎年実施されている(これまでのところ、回収率は6割強で、8割程度が概ね満足との結果が得られている)。また、教育内容・方法を改善するための組織として「高等教育アカデミー」が各大学、財政カウンシル等の資金により設立運営されており、そこでの取組においては学生満足度調査の結果等も活用されることになる。これらの取組が、伝統的な「学外試験委員制度」や「専門職能・資格認定団体による課程認定」などと相まって、相互補完的に大学教育の質保証と評価の仕組として機能しているのが今日の英国の状況なのである。

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