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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.305
東アジアにおける私学高等教育研究のフロンティア 国際ワークショップ報告 −2−

  私学高等教育研究所研究員 米澤 彰純(東北大学高等教育開発推進センター准教授)

 今回は、昨年12月に行われたワークショップ「東アジアにおける私学高等教育研究のフロンティア」の報告の第2回目として、世界的動向を扱った、ダニエル・レヴィ氏(米国ニューヨーク州立大学オルバニー校、PROPHEディレクター)、東アジアの動向を自身の枠組みから議論したカホー・モック氏(英国ブリストル大学東アジア研究センター教授)、さらに、日本の高等教育を比較の枠組みから整理した金子元久氏(東京大学教育学研究科長)の三氏の議論の概要を紹介する。

《ダニエル・レヴィ氏「私学高等教育の世界的動向:東アジアへの展望」》
 〈私学高等教育の規模〉
 私学高等教育の規模は、世界全体では30%程度と考えられているが、それでもこれは十分大きな数字となる。これは、国や地域で多様であり、例えば米国は約20パーセント、西ヨーロッパは最も私学高等教育が少ない地域であるが、それでも、ポルトガル、ドイツなどで私学高等教育の発展が最近拡大している。他方、東ヨーロッパは、社会主義圏の崩壊にともない、特に経済拡大が著しい地域で急速に私学が発達し、中東および北アフリカでもある程度同様の傾向が認められる。サブサハラアフリカも近年私学高等教育の発達が著しい。また、中南米もすでに1980年代から約40%に達している。
 このなかで、東アジアは私学高等教育の学生数が最も多い地域であり、中国では私学高等教育のシェアが低いが成長は確認できる。これは、研究者や世界銀行などの注目してきたところであるが、おそらく、東アジアモデルの健全性は、高等教育急拡大以前に広く教育を受けた市民層が発達していたことによるものだと言えるだろう。
 〈成長パターン〉
 私学高等教育の成長パターンとしては、宗教や少数民族などを背景とするものがあるが、東アジアで特に注目したいのは、エリート私学高等教育である。しかし、上海交通大学の最近の世界大学ランキングでは、世界で米国以外の私学は6大学しか含まれておらず、米国以外ではエリート大学の存立がまれであることが明らかになった。また、国公立不合格者の受け皿として私学が機能する傾向があることから、「セミ・エリート」というカテゴリーを用いたいと考えている。他方、需要吸収型の高等教育は、移行経済や新興のパターンとしてみられるが、多くみられるパターンとして、無政府的に突然広がり、そのあとで規制が後追いするというパターンで、これは中国、インド、タイなどが典型例である。また、公と私が連携するパターンとして、ガーナなど、私学が公立大学と連携しなければ存在を認められないなどの例を見ることができる。また、日本は典型だが、女子高等教育において私学が大きな役割を果たすパターンもある。
 〈私学高等教育の発達への障害〉
 私学高等教育の発達を妨げる要因としては、まず、理念として公立の高等教育が先に存在する場合、私学が知られないか、あるいは教育と「私」との関係が理解されないという場合である。次に考えられるのが、政治経済的な要因であり、例えば学費への規制やアクレディテーション、さらに、公立機関の私事化もまた、大きな障害となりうる。また、日本の場合、少子化が大きな障害となるが、私学が市場から退出することは、一概に悪いこととは言えない。
 最後に、営利の大学であるが、これは基本的には私学のパターンを踏襲しつつ、よりダイナミックで、過激であるものととらえている。

《カホー・モック氏「国内的な力学がグローバルなトレンドに出会うとき:東アジアの高等教育の自由主義化」》
 アジアにおける高等教育の「私事性」の拡大を説明する社会・経済・政治的要因を検討したい。ここでは、グローバルな力学と、国内的な力学が相互作用を経ながらこのような方向へ変化していくと考える。〈グローバルな力学〉
 グローバルな競争力を向上させるため、世界各国・地域では、高等教育システムの再構築が進んでいる。中国や台湾などの東アジアの開発国家の間では、「市場促進国家market acceleration state」(強力な国家と自由な市場)が形成されている。日本もまた、新自由主義や経営主義などと無縁ではなく、国立大学の法人化などのガバナンス改革が進んでいる。また、法人化は、シンガポールやマレーシアなど、東南アジアでも盛んである。  他方、アジアでは高等教育の「私事性」が拡大しており、高等教育を市場における商品ととらえる考え方が浸透してきている。これは、高等教育がGATSでサービス商品として取り上げられ、各国に外国大学のブランチキャンパスが設立され、留学生市場の一層の拡大が見込まれていることなどからみてとれる。香港、シンガポール、日本などの先進国・地域では国境を越える高等教育を収入源ととらえる傾向があるのに対し、マレーシア、中国などは高等教育への需要圧力に対しての機会拡大としてとらえる傾向がある。
 〈国内の力学〉
 アジア諸国には、これに加えて教育政策を方向付ける国内的な要因がいくつか存在する。まず、アジア諸国の多くは日本・英国などの植民地であったことと米国の影響力を強く受けている。また、儒教的価値観の影響が、教育の消費や私的な教育の発展を促しているという指摘が繰り返しなされている。さらに、これらに加え、高等教育の大衆化への対処としても高等教育の私事性が拡大する傾向がある。また、アジア諸国には、キャッチング・アップをし終えてさらに先を目指している国々と、キャッチング・アップの途上にある国々があるが、前者は産学連携、後者は家計からの学費支出などにより、私的な資金をその発展の源泉に活用する傾向がある。
 以上のように、アジア諸国の高等教育へのグローバル化の影響力については、国家がグローバルな力学を変化の加速に活用しており、また、文化・伝統・歴史などの要素も重要な役割を果たしていることを認識する必要がある。

《金子元久氏「転換期にある日本の私立大学」》
 現在の日本の私立大学を巡る諸問題について適切な理解をするためには、日本の高等教育システムや、各高等教育機関の起源などの歴史的背景の検討が不可欠である。特に、1960年以降は、@市場圧力下の急拡大(70年代半ばまで)、A規制された市場(90年まで)、B構造変動(現在まで)の三段階を経ている。また、創立の分類としては、@自発的協会、A社会団体の支援、B企業的があり、これは米国と大きく異なる。また、高等教育機関は、創立の後、組織を拡大し、教育と研究での高い水準へ到達するという発展段階を取る傾向がある。また、制度的な背景、ガバナンス、財務構造などにも、固有の特徴がある。
 世紀の転換点をむかえ、日本の私立大学は、18歳人口の減少により、財務構造が緊縛度を増すなかで、小泉政権下で規制緩和の中におかれることになった。このような縮小市場の中で、現在までのところ閉校に追い込まれた事例は少ないが、今後は予断を許さない。これに対して政府は、質の管理、財務破綻の場合の消費者(学生)保護、ガバナンスや財務の透明度の強化などの政策で対処しようとしている。また、大学では財務やガバナンスの変質、具体的には任期制教員の増加などによる支出カットや意志決定の集権化などが進んでいる。
 将来への方向性としては、より公的な領域へと進もうとするグループと、私的なオーナーシップを守り、防衛を図るグループと二極化する傾向が見られるが、後者は皮肉にも、新たに出現した営利大学による挑戦を受ける格好となっている。(つづく)

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