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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.303
大学の財務基盤の強化 寄付募集の再認識を

  私学高等教育研究所研究員 小林雅之(東京大学大学総合教育研究センター教授)

1.大学の永続性と財務基盤の強化
 私の所属する東京大学総合教育研究センターでは、昨年9月より野村證券と大学の財務基盤の強化に関する共同研究プロジェクトをスタートさせた。このプロジェクトは、単なる大学の財務の強化という実践的な目的のためのものではない。さらにいえば、大学財務だけの調査研究でもない。
 このプロジェクトでは、大学という組織体をトータルに捉え、その中で財務問題を捉えようと構想している。しかし、もともと非営利団体である大学は、企業と異なり利潤最大化といった目標は設定できない。これに対して、私たちは、大学の目的を「組織の永続性」におき、その目的のため、財務基盤の強化を重要な手段と考えることにした。つまり、大学の財務基盤の強化はあくまで大学の下位目標にすぎず、それ自体単独で追求されるべきではなく、大学全体のミッションと関わらせて考慮しなければならないとした。
 しかし、大学財務の中で、その財務基盤の強化は、単独でもきわめて重要な問題であることは異論の余地がない。私立大学は18歳人口の急減という状況のなかで、「組織の永続性」にどのように取り組んでいくのか。大学生き残りというと、すぐ定員割れが問題になる。逆に言えば、志願者や入学者を増やせばいいという発想になりやすい。しかし、大学の生き残りは、単なる志願者や入学者の獲得だけではなく、あくまで大学財務を長期的に健全かつ安定的にすることにかかっている。
 他方、国立大学は法人化以降運営費交付金を毎年削減され、外部資金の獲得に奔走しなければならないような風潮が生じてきている。しかし、ここでも重要なことは、短期的な、単なる収入の増加ではなく、長期的に安定した収入をどのように確保していくかということであろう。
 このように、現在の日本の大学が、私立であれ国立であれ、財務基盤を強化するということに努めなければならないことは、今さら念を押すまでもないことである。繰り返して述べるが、単なる収入増ではなく、また短期的な財務基盤の強化ではなく、大学全体のミッションと関わらせて、財務基盤の強化に取り組んでいく必要があろう。
 そこで、私たちの共同研究プロジェクトでは、日本およびアメリカの大学の経営に関する学術的な成果や金融・資本市場の活用に関する実態の両側面をふまえつつ実態調査を行い、日本の大学が財務運営に取り組む上で参考に資する知見やアイデアを提示するとともに、政策提言も積極的に行うことを目指している。
 私たちは、このような問題意識と研究構想から、より具体的な財務基盤の強化の方策として、@外部資金の活用、A基金の活用、B授業料・奨学金政策、C施設管理の四つのトピックに焦点を当てて、大学調査を実施してきた。その中で、今年7月に実施したアメリカの四大学の調査結果と、今年3月に国内の大学に対して実施した寄付募集調査の結果から、いくつか思うところを述べてみたい。

2.アメリカ大学調査から
 アメリカの東部地区の四つの異なるタイプの大学の調査から感じたことは、今さらながら、アメリカ高等教育の多様性である。調査した四つの大学は異なるタイプのものを選定したから当然かもしれないとはいえ、財務だけでなく、ミッションもカルチャーもまったく異なっていた。
 しかし、重要なことは、そうした異なるミッションを実現するための戦略的プラン(ストラジェティック・プラン)に基づく大学経営や財務というアメリカの大学の行動様式はほとんど共通していることである。財務だけではなく、学生募集、寄付、施設整備などは、戦略的プランによって、ミッションと相互に有機的に結合している。
 具体的に四大学の例から示したい。まずノースイースタン大学は、大衆型大学から研究型大学へ(スモールイズベター)が大学のミッションとなっており、このため、授業料を値上げし、定員を減らしてきた。それは、なにより質の高い安定した入学者の確保のためである。以前は安い授業料で大量の学生を入学させていたが、志願動向によって大きく左右されるという問題があった。質の高い教育は高授業料にならざるをえず、質の高い学生を集めるために、寮を建設したり、施設を整備したりした。このために、大幅な財政再建を行い、大学は再生した。この例は、アメリカの大学の典型的なサクセスストーリーとなっている。
 エマーソン・カレッジは、ボストンの芸術系の大学で、日本の私立大学にとって参考になるケースと考えられる。授業料収入は収入の9割以上を占め、基金も少ない。基金の運用もきわめて手堅く、ほとんど定期預金や投資信託のみである。他の大学がオルタナティブと呼ばれるハイリスク・ハイリターンの運用をしているのと対照的である。ただし、同校は、ボストン郊外に分散していたキャンパスを都心に移転し、そのための資金を調達すべく債券発行は盛んに行い、立地と環境条件で学生獲得に成功している。
 タフツ大学は、ボストンの有力な研究大学のひとつである。学部生に対してローンより給付奨学金(グラント)を出す方針をとった。もっとも、有力な学生がハーバードやブラウン大学に逃げてしまうが、その学生のために給付奨学金を出して、授業料を割り引くつもりはない。国内学生は、メリットベースの奨学金による学生獲得より、ニードベース中心にしている。留学生にも給付奨学金はほとんど出していない。学生獲得にきわめて明確な方針をもっている。
 ニューハンプシャー大学システムは、国公立大学にとって参考になるケースであろう。州立大学だが、基金は大学システム自体(四つのニューハンプシャー州立大学の統括組織)と、財団によって別々に運営されている。大学システム自体の基金の投資収益率の方が、財団よりわずかではあるが高い。それでも州立大学が財団をもつことによって、基金の運用に様々な利点がある。同校では、これをレバレッジ効果(てこ効果)と呼んでいた。たとえば、州の法律による様々な規制を受けなくて済むことは州立大学にとって大きな利点になっている。

3.寄付募集
 調査した大学から得られた、日本の大学にとってのインプリケーションは、限られた紙幅のなかでとうてい述べることはできない。ひとつだけ財務基盤の強化に関連していえば、寄付募集は単なる収益の増加手段ではないと考えられていることである。寄付募集は、大学と社会のコミュニケーションとして重視されている。さらに、寄付募集は、学生の雇用や大学の社会貢献に大きな役割を持っている。また、一回きりの大口の寄付より小口でも毎年寄付してくれる方が大学経営にとって重要で、同窓会の活用が鍵となっている。理事にも寄付をしてくれそうな人だけでなく、より重要な理事の要件として、寄付募集を積極的に行ってくれそうな人を選んでいる。
 こうしたアメリカの大学の寄付募集戦略に比べると、私たちが実施した寄付募集アンケートで見る限り、日本の大学はそこまで認識していないようだ。周年事業などの募集が多く、一回きりの大口募集になりやすい。また,周年というだけで、寄付がどのように使われるかの説明も不十分である。寄付する者にとっては、何に使われるかが最も重要なことだ。
 私たちは、こうした調査やアンケート結果は順次報告書として刊行していく予定である。また、こうした成果をもとに12月7日に国際シンポジウムを開催して議論を深めたいと考えている。大学関係者の積極的な参加を期待している。
なお、国際シンポジウムについての詳細は、東京大学大学総合教育研究センターのホームページを参照されたい。

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