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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.300
PDCAの全学的定着 政策・予算・実践・評価のサイクル

 私学高等教育研究所研究員 篠田 道夫(日本福祉大学常任理事)

 私学高等教育研究所の私大経営システムの実態調査として、7月13日、福岡の2大学に伺い、その優れた経営改革の取り組みについてお聞きした。
【中村学園大学】
 中村学園は、栄養科学部、人間発達学部、流通科学部の大学3学部、大学院3研究科のほか短大、二つの高校、二つの中学、二つの幼稚園を擁し、約6500名が学んでいる。また中村学園には、1959年開設、半世紀の伝統を持つ事業部がある。学校、病院、福祉施設、企業等の食堂の委託給食事業を中心に220を超える事業所を展開、1500人の従業員を擁する一大事業体を経営している。
 中村学園の積極的な経営を支える第一の柱は「中期総合計画」(2006年から2010年まで)の策定とそれに基づく経営施策、大学改革の着実な遂行である。製本されたこの冊子は80ページもあり、大学・短大など六つの学校、幼稚園までの教育・研究計画、学生支援計画、社会貢献計画、さらに施設計画から財務計画、事務局の課別の業務計画まで、総合的、具体的に定めたものとなっている。しかも実施年次を明記し、就職等においては何%、資格取得は何人の学生、順位を競うものは何位以内に入る等、具体的な数値目標を半数以上の項目に入れ込んでいる。また志願者、入学者の5ヵ年の年次別獲得目標、教・職員の人員計画も一覧表で作成されている。さらにこれを「年度別計画表」に落として、学科ごと事務局課室別に、何年度、何をやるか簡潔に一覧でき、これに基づき予算が編成され、進捗管理、評価にも活用できるようになっている。
 こうした計画の推進を担うのが、中村量一理事長をトップとする理事会ならびに常任理事会だ。理事会は現在、常任理事7名、非常任理事5名の計12名で構成されている。大学には学長の諮問機関として「大学審議会」が設置され、教育・研究の基本方針や学部共通の課題について審議している。事務局も毎月、部課長連絡会を持って各種決定事項の伝達、業務方針の立案、問題点の検討などを行っている。理事長召集で月2回、全教職員を対象に8時30分から8時50分の間に行われる「朝礼」は特色ある取り組みだ。理事長や学長から毎回交替で、直面する情勢や経営・教学の時々の課題、方針について直接教職員に語られる。また定例的に開催される教員、職員、管理者を対象とする研修会でも理事長が一時間をこえる講演を必ず行っている。
 さらに、全教職員が学園のビジョンに基づき、目標を持って教育や業務遂行に当たる上で重要な役割を果たしているものに、2000年度実施の人事考課制度がある。この制度が優れているのは、大学・短大教員、中高教員から事務職員、幼稚園職員まで、学園を構成する教職員全てをひとつの考課制度で統一して運用している点だ。「教職員の意欲、能力、成果を評価し、昇給、昇格、賞与等の処遇に適正に反映」することで「能力および資質と士気の向上に資することを目的」としている。評価は「意欲・態度考課、能力考課、業績考課の三つで構成」されるが、大学・短大教員は「教育、研究、学内・学外活動」によって、中高教員は「教科指導、クラス運営、生活指導・進路指導、特別活動指導」による評価となる。特に「提案・改善事項、担当業務の実績、研究補助金の採択、学園評価(PR)への貢献、保育への創意工夫」などを記載させ、重視して評価している。職員は、目標を面接で設定し、結果をフィードバックすることで育成につなげており、この制度全体の運用により改革推進とその到達度評価に大きな役割を果たしている。
 大学が行う収益事業としては、65億の売上を持つ事業部の取り組みも特筆すべき特色だ。事業理事の指揮により、統括部長の下、管理、販売、営業開発、仕入れ、製造、安全の六人の部門長を置き、さらに19の課(課長)を配置して、全体の運営が行われている。収支も健全で、学校法人への寄付金も堅調に推移している。「給食事業を通じて、栄養改善を実際的に具体化する」(創設の精神)とともに、学園の評価向上や財政基盤の強化に貢献している。
【福岡工業大学】
 福岡工業大学は、工学部、情報工学部のほかに文系の社会環境学部も設置され、およそ4200人の学生が学ぶ。
 この学園の経営を特徴付けるのは、明快な経営戦略(マスタープラン・MP)の策定と分野別のアクションプログラム(AP・年度事業推進計画)への具体化、その実現のため一般予算とは別に特別予算を編成、進捗管理、評価を実績報告会、成果発表会の形で行っている点だ。経営理念として掲げる「For all the students―全ての学生・生徒のために」とその推進の標語「Just Do It(すぐ実行する)」のプレートは全管理者の机に置かれ、常に業務の基本に立ち返り、改革を恒常的に推進する精神を表している点で、この学園の経営を象徴している。
 1998年からスタートしたマスタープラン(MP)は、3年ごとに更新され今年から第4次計画が始まった。戦略の柱は五つ、@広報・募集活動の強化による志願者増、A丁寧な教育による教育付加価値の向上、B特色ある研究の展開による学園のステイタスアップ、C就職支援の充実による学生満足度の向上、D財政基盤の強化と組織の活性化による計画の実現である。簡潔に募集力、教育力、研究力、就職力、経営力と表現している。これを「戦略マップ」に落とし込み、経営理念、経営目標、経営戦略が一覧できると共に、具体的な施策を教学組織別、部課室別に示している。この改革の羅針盤ともいえるマスタープランは、学園を構成する理事会、教学、事務局、各学校の代表者によって時間をかけて議論され、とりまとめられる。会議は全てオープンで、議事録もWEB上で公開、構成員以外からの提案や意見も積極的にとり入れている。
 こうして全学一致で作りあげられたMPは、学内全機関の3ヵ年の目標となり、あらゆる組織を拘束する。そしてその実現のために各組織に実施計画(AP)が作られ、審査会で目標との整合性や効果等について評価、検証を受けた上で特別予算が組まれる。逆に一般予算は一定の圧縮率をかけ、削減を計画的に行っている。このように、MP―AP―特別予算の流れで実行計画に落された事業は、「AP中間報告会」「APレビュー報告会」「成果発表会」などで事業の進捗や到達、成果や問題点を明らかにし、次年度の改善につなげている。PDCAを年間スケジュールとして確定すると共に、教員(教育事業)も巻き込んでこのサイクルを運用している点が優れている。
 こうした経営改革が成功した背景には、理事長を中心に学長、校長の強いリーダーシップがある。それは教学組織の意見を丁寧に汲み上げ、現場各層からの積極的提案を生かしながら先見性のある目標にまとめあげ、そして一旦確立した計画は、確実に、厳しく実行を求める点に特徴がある。そしてこの推進を支える中軸に、1990年代後半より行なってきた企業経験者の中途採用と幹部登用による人材強化策がある。また、政策を軸とした運営を実務上担う中核組織として、法人事務局(長)直轄の改革推進室の役割も大きい。よく練られ、調査された政策原案の準備なしには、民主的な議論の積み重ねだけでは、抜本的で先見性のある政策立案は困難だからだ。同様の機能は、大学教学改革においては、教務部(長)直轄の教育改善支援室が、研究推進の分野では産学連携推進室が果たしている。また機関運営を政策的に支えるものとして理事長主宰の経営懇談会(常任理事、学長、校長等)と学長主宰の運営協議会(学長、常務理事、教学役職者等)の二つの組織が大きな役割を果たしている。この二つは決定機関ではないことで自由な発想による長期的視点での議論を可能にすると共に、経営・教学関連課題の実質的一致を通して、学園・大学の一体的運営を担保している。こうしたシステム全体によって、ボトムアップを重視した運営方法をとりながらも、強固な経営戦略を確立し、全学をあげて実践することができる、この学園独自の強い運営体制を作り出している。
【まとめ】
 この2大学に共通するのは、明確な学園ビジョン・中期計画を掲げるとともに、具体的施策を年次別、機関・課室別に策定、その実行予算を組み、到達を評価する仕組みを、教職員共通のシステムとして作り上げている点にある。PDCAサイクルは、あらゆる組織の目標達成行動に不可欠の仕組みであり、大学でもその活用の重要性が言われて久しい。両大学は、運営方法に違いはあるものの、このPDCAサイクルを独自のやり方で法人・大学運営に定着させている点で、経営改革のひとつのモデルとなる先進的な事例といえる。

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