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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.294
「改革のフロントランナー」 立命館の最前線にて

 本間 政雄(立命館副総長(新戦略、国際担当)・立命館大学教授)

 (1)立命館へ
 今年3月いっぱいで大学評価・学位授与機構教授を辞任し、この4月から立命館の副総長として仕事をしている。肩書きは「新戦略、国際」担当の副総長に加え、立命館大学教授、国際戦略本部長、大学行政研究・研修センター長、東京キャンパス所長と多彩だが、執行責任を負う理事ではない。そのため、実質的な「経営会議」とも言うべき「常務会」に毎週出席したりするほかは、かなり自由に行動させてもらっている。
 立命館は、立命館大学のほか大分県別府市にあるアジア太平洋大学を傘下に持ち、両大学の学生数は4万1000人、教員1100人、職員1100人となっている。この他に、北海道・滋賀県・京都府下に付属高校・中学校をそれぞれ4校、昨年度開校したばかりの付属小学校(京都)をもっている。立命館大学は、今年度「映像学部」を開設し、来年度は「生命科学部」と「薬学部」を設置することにしている。学園全体の帰属収入は約700億円、消費支出約623億円で、これは5万4000人の学生を擁する早稲田大学の7〜8割の水準と思う。
 立命館からの誘いを受けることにした最大の理由は、何といっても立命館の革新性にある。実際、立命館のこの20年間の発展ぶりには眼を見張るものがある。1987年の国際関係学部の開設に始まり、政策科学部の発足、琵琶湖草津キャンパス(BKC)の新設と文理融合型教育の実践、そして2000年のアジア太平洋大学(APU)の新設と次々と新機軸を打ち出してきた。一口に改革というが、国家資金に依存することができない一私学が、膨大な資金を必要とする学部や大学院の新設、成功するかどうかも分からない国際的大学の設置に向けて決断し、行動する際、教職員の間からどの位の抵抗と批判とサボタージュがあったかは、私にも容易に想像できる。
 このような発展を企画し、実行に移してきたのが、立命館の経営中枢を歩いてきた川本八郎現相談役であることはよく知られている。しかし、川本氏一人の力でこのような革命的とも言うべき変革、改革が実現したわけではないだろう。「教職協働」を合言葉に、教員と職員が真に対等なパートナーとしてそれぞれの持ち味、力を出し合ってきた結果であると思う。私が事務局長、理事・副学長をつとめた京都大学では、事務職員を対等のパートナーどころか、「使用人」「下僕」「間接部門」として見るような教員も少なくない。
 ともあれ、経営トップの指導力、先見性と決断力、教職協働の伝統、学園の発展性に惹かれたこと、そして私の経験と能力を過分に評価してもらったことが立命館にいく決断をさせたことになる。とはいうものの、私は立命館に関してはほとんど何も知らず、一部の教職員を別にすれば知り合いもおらず、また多くの教職員は私のことは知らないので、目下全学部・研究科、入試や就職を担当するオフィス、付属学校などを一つ一つ回って国際化を軸に課題と将来展望について意見交換を行っているところである。国立大学とは発想法も行動様式も大きく異なる現場で、まずなすべきことは立命館を理解し、立命館に私を理解してもらうことだと思う。
 (2)立命館にて
 立命館での経験はまだ4ヶ月に過ぎないので、表面的な観察になることを承知で立命館の印象を記す。
 @事務職員が、自分の頭で考え、自分の意志で動いている。そんなことは当たり前ではないかと思われるかもしれないが、実は国立大学では多くの職員が自分の頭で考えることを長い間止めてしまっている。いわゆる「指示待ち」であり、「そんなことは上が考えること」「余分なことをするな」「教員に任せておけばよい」式の思考停止である。立命館では、自分の所属する課、部の短期、中長期の課題を自ら設定し、どうしたらいいか自ら考え、行動する点が際立っている。
 A事務職員の役割が、総務や人事、財務などいわゆる経営系の分野だけでなく、教育、研究、学生支援など教学系の分野でも非常に大きい。「教員は、自分の専門の狭い分野に捉われて全体が見えない。社会経済状況や他大学の動向、政府の高等教育政策を把握して、教学改革をリードするのは職員の仕事」という意識が徹底しているように見える。このような自信は、1980年代後半に始まる連続的な教学改革を職員が企画し、折衝し、資金を集め、教育研究組織を設計してきた実践に裏付けられているようにみえる。
 B事務職員が若くして課長職についている。立命館では、30代の課長は普通である。考えてみれば、民間企業では当たり前のことで、40歳を過ぎてやっと係長という国立大学の方がおかしいということであろう。知識、経験には多少劣るかもしれないが、意欲、体力、行動力の高い30歳前後から責任と権限のある課長職につけ、背伸びをしながら仕事をしていく中で成長しているようにみえる。
 C経営トップも若い。教学担当副総長、入試・広報担当副総長、総務担当理事、教学担当理事など、立命館の経営、教学の中枢はいずれも40代の若手教員、事務職員が占めている。立命館では、理事長などを別にして、副総長、理事、部長は大部屋で一緒に仕事をしており、私は、教学担当の肥塚、入試・広報担当の本郷両副総長と相部屋であるが、2人とも若さと馬力でどんどん仕事をこなしている。多くの国立大学で、定年間近の少々くたびれた教員を理事につけているのと対照的である。
 D意思決定のスピードが早い。立命館だけでなく私学は、厳しい競争にさらされており、経営トップの逡巡や意思決定の遅れが経営上致命的な打撃になることもありうる。立命館でも、事務各部内の調整、教員との調整などの作業があることは同じであるが、責任事務部が委員会審議に先立って予め選択肢を絞り込み、それを経営トップが即断即決するので早い。面倒な課題でも先延ばしはせず、徹底的に調査分析を行って直ちに行動に移す文化がある。
 E教員も職員も実によく働く。早稲田、慶応には2千人近い教員がいるが、立命館にはその半分の1000人(語学の嘱託講師なども含む)しかいない。職員も専任は600人ほどである。これだけの数で、両大学に次ぐCOEやGPを獲得し、国際協力銀行の資金で中国、ヴェトナムの大学幹部研修を行い、APUの留学生の就職率100%を達成するには、教職員の並々ならぬ働きと献身がある。財務部長は、APU時代、留学生を確保するため、韓国のトップ高校をしらみつぶしに周っているうちに、渡航回数が100回を越えたという。
 F学生の意見、力を大学経営、教育に生かしている。4年に一度、大学執行部と学生代表が「全学協議会」を開催し、学園の教学上の到達点を評価し、今後4年間の目標を決める。現在の教学目標は、「豊かな個性と確かな学力の保証」であり、各学部はこの全体目標をいかにして実現するかを「教育力強化」として数値目標とともに明らかにし、毎年度評価を受け、その結果によって予算を増減の上配分される。毎年度、「財務公開週間」を設け、学園の財務状況をはじめ、学生からの質問を受け、答える。さらに、立命館には「オリター」と呼ばれる、2回生が新入生の相談に乗る制度があり、また職員が学生の課外活動のコーチや副部長として一緒に活動することも日常的に行われている。私が責任者を務める「大学幹部職員養成プログラム」には、生協、子会社の「クレオテック」「クレオヒューマン」(売上高約100億円)の社員も分け隔てなく参加している。組合とも「業務協議会」を開き、労働条件だけでなく、教学上の課題についても率直に意見交換を行っている。
 G「幹部職員養成プログラム」の重要な一部を構成する「政策立案演習」では、職員が職場の課題を提起し、調査分析を行い、その結果を具体的な方策として立案するが、他の研修と異なるのはこの方策を本人が責任者となって必ず実行することである。30歳そこそこの課長補佐が、教員がこれまでのように教育研究組織に所属するのではなく、新たに設ける「学院」に所属させ、教授会も「学院」に置くことによって、社会経済、学問動向の変化に応じて学部・学科の改組、再編、場合によっては廃止などが柔軟にできるように提案し、自ら担当課長になって2年で実現にこぎつけつつあるが、これは「演習」が「実践」に結びついたほんの一例に過ぎない。
 他にも、立命館に来て、国立大学の世界との隔たり、違いに驚かされることは多いが、紙面の都合で今回はここまでにしたい。

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