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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.292
学校法人は誰のものか 私学のガバナンスを考える −上−

 私学高等教育研究所主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)

【ガバナンスの新潮流】
 最近は日本の企業の世界も随分と変わりつつあるようだ。企業の買収・合併の騒ぎが連日のように新聞紙面を賑わしている。日本流の株主総会も様変わりしているようで、外資系も入り混じって投資ファンドと経営陣との激しい攻防の模様が伝えられている。
 会社の売買とは一体何事か。元来、企業の世界のことには疎いが、いまは大学の世界でもマネジメント論が盛んだし、株式会社立大学などが出現したこともあって、少しは勉強をと本屋を覗くと「会社は誰のものか」「誰のための会社にするか」などというタイトルが目に付く。タイトルに誘われて多少勉強したところによると、「会社は誰のものか」の考え方には、大雑把に言うと三つあるようだ。
 まず、会社は社員のものか、あるいは株主のものかと言う二つの対極的な考え方の違いがあり、さらに第三のタイプとして広く「社会・公共のもの」と言う考え方がある。ここでいう「誰のものか」というのは、法的な意味での所有ということだけではなく、経営に対して誰がチェック機能を持つべきかということであり、つまりガバナンスの問題である。
 いま日本の会社は社員重視の集団主義的組織文化から、株主利益重視のアングロサクソン流への転換を迫る外圧にさらされているらしい。誰が迫っているのかと言えば、日本でのビジネス・チャンスの拡大を狙う米国資本をバックにした米国政府であり、日米構造協議の枠組みに乗って、既に十数年来毎年定期的に出されている日本政府への「年次改革要望書」というものがある。
 これを見ると規制改革、民営化、競争政策、司法制度改革その他、何と日本の社会システムを文化的な土壌ごとひっくり返すような日本の大改造計画であり、その中に会社法制の改正要求もしっかりと盛り込まれている。既にその筋書きに沿って社外取締役の設置、委員会設置会社等の商法の改正等が行われ、株主重視のガバナンスが強められた。そうは言っても、少数の際立った国際的企業を除いて、社員重視の日本的な会社観は全体としてはそれほど変わってはいないようだ。日本社会の文化的特質に深く根ざした組織の在り方は、それなりの意味と存在理由を持っているのだと思われる。
 ところで近年の産業界で安全や品質に関する不祥事が続いているのは、組織への帰属意識や忠誠心の薄れが原因なのか、逆に集団主義的な閉鎖性、不透明性が原因か。これは端的に結論できることではなく、必要なことは、日本的なシステムの良さは生かしつつ、透明性を高めるようなバランス感覚なのではないだろうか。
【未成熟な学校法人のガバナンス論】
 コーポレート・ガバナンス(企業統治)に準じて、学校法人についてもガバナンスが論じられるようになったのはまだ最近のことである。文部科学省の学校法人分科会が学校法人制度改善小委員会を設けて、学校法人のガバナンスの在り方を取り上げるという触れ込みで学校法人制度の審議を始めたが、その後の審議の中でガバナンスという言葉は次第に使われなくなり、15年10月の最終報告では全く消えている。報告には外部理事の設置を始めガバナンスに関わる事項も多く盛り込まれているが、全体のトーンはむしろ経営力の強化である。そのため残念ながらこの報告ではガバナンスの概念は明確にされずに、ガバナンスという言葉だけが広まり、ガバナンスの理論は余り深められていないように思われる。
 ガバナンスの在り方を考える上でまず大事なことは、マネジメントとガバナンスの概念をはっきり区別することだろう。企業統治の定義もいろいろであるが、要点は「経営の効率性が損なわれないよう経営責任者の意思決定を抑制する組織的なメカニズム」と理解してよかろう。マネジメントとガバナンスは相互チェックが機能するような対立的な構造が必要であり、同じ方向を向いたメカニズムでは意味が無い。その点は、学校法人のガバナンスについても全く同様に考えるべきことであり、ガバナンスの議論は学校法人の経営責任者にとっては「苦い薬」でなければならない。
 とはいえ、今は高等教育市場の縮小に加えて、規制改革による市場参入の自由化、公的財政支援の低迷などマイナス要因が重なり、私学経営の危機感がかつてなく高まっている時である。経営力の強化こそ最も関心を持たれる課題であり、それと反対向きの議論はなかなか出しにくい。学校法人制度改善小委員会の報告でガバナンスの概念が正面から論じられなかったのも、その辺の事情があったのかどうかは分からない。しかし、経営力強化のために全体性と戦略性を重視し、トップ・マネジメントの強化や権限集中を図るとすれば、それは反面では、経営者の不適切な行動が抑制され難くなるというリスクが高まることでもある。
 厳しい競争的な環境の中でマネジメントの強化を議論するときこそ、私学への社会の信頼と支持を保つためには、ガバナンス論を避けては通れないと思う。
【私学法改正はガバナンスを強化するか】
 さて、具体的に学校法人のガバナンスとしてどのようなシステムを構築すべきか。まず手がかりは、前記の学校法人制度改善小委員会の報告である。この報告に基づいて行われた私学法の改正で、ガバナンスに関してどのような改善が行われたかを簡単に整理してみたい。
 一.理事制度の改善 理事会を法定化し、最高の意思決定機関とした。同時に代表権を持つものを原則として理事長のみとし、また一名以上の外部理事の選任を義務付けるとともに、理事会の業務執行に対する監督権を明確にした。これは業務執行に対する理事会のチェック機能の強化を図ったものであるとともに、重要な意思決定及び執行の監督と執行体制との分離という方向性もある程度窺える。
 二.監事制度の改善 監事の内部統制機関としての独立性を保つよう、選任方法を改めるとともに、一名以上は外部から選任するものとした。
 三.評議員制度の改善 理事長は、業務計画についてあらかじめ評議員会の意見を聞かなければならないこと、前年度の事業実績について評議員会に報告し、意見を求めなければならないことなどを定めた。評議員である教職員、保護者、卒業生その他多様なステークホルダーによるチェック機能の強化を図ったものである。
 四.情報公開 在学者その他の利害関係者から請求があれば、一定の財務情報を公開しなければならないこととした。
 これらはいずれも経営の意思決定及び執行に対するチェック機能に関するものであり、ガバナンスの強化に繋がるものである。
 ところで、この私学法改正が学校法人のガバナンス強化にどの程度具体的な効果を発揮するかとなると、二つの点からあまり大きな期待は出来ないように思う。
 一つには、大学法人の実態は、法改正を待つまでもなく、殆どが代表権を理事長及び理事の一部に集中しており、一名以上の外部理事も置いているなど、法改正が直ちに実態を大きく変えるものではないこと。
 二つには、前記小委員会報告の中でも、また法改正に関する文部科学省通知においても、ガバナンスの理念は明確に示されておらず、その重要性についても触れられていないことである。理事制度改善についての説明を見ても、理事長を中心とするトップ・マネジメントの強化の視点が強く、ガバナンスの視点は明確にされていない。
 昨年、私学高等教育研究所では「私立大学理事会の組織・運営・機能及び役割に関する実態調査」を実施し、その結果の速報を今年三月に公表した。この調査の中で、「私学法改正を契機としてどのような改革を実施したか」を聞いているが、その回答を見ると、理事会の議事の充実等を進めた割合は多いが、外部理事の新設や増員など、経営責任者に対する制御システムとしてのガバナンスを意識した改革はあまり進んでいるとは言えないように思う。
 いま経営改革は大学改革の最大の論点となっているように見えるが、エンジンの馬力だけ上げて安全装置の強化を忘れるような改革ではリスクに弱くなる。学校法人のガバナンス理論の建て直しこそがいま急がれる課題だと思う。この点については、引き続き次回のこの欄で取り上げさせて頂きたい。
(つづく)

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