アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.274
長期計画の策定と推進体制 戦略経営の確立に向けて
私学高等教育研究所「私立大学の経営システムの分析」プロジェクトにより、昨年の秋に訪問した3つの大学の経営実地調査の中間まとめを、前回(本紙第2253号(平成18年11月8日付)「アルカディア学報」264)に引き続いて報告したい。長期計画を軸とした戦略的経営の確立を目指す経営改革の実践的事例として、参考にしていただきたい。
■広島工業大学
広島工業大学を設置する学校法人鶴学園は、小学校、中学校、3つの高等学校、大学(工学部・情報学部・環境学部)・大学院などを持つ、8000名規模の総合学園である。建学の精神に「教育は愛なり」、教育方針に「常に神と共に歩み社会に奉仕する」を掲げ、この理念と目標を実現するため「中長期運営大綱」(平成18年度〜27年度)が制定されている。ここでは、@特色ある教育の実現、A各学校の連携・協力の強化、B教職員の意識改革と研修の充実、C財政基盤の確立の4つの柱を掲げ、その実現のための五つの計画を策定している。第1は教育の特色化と「鶴学園ブランド」の創出、第2に大学教育の質の向上で、新分野の学部創設や異分野と融合した学科の新設も進め、女子学生比率も高める。第3に小学校からの「12年一貫教育」の実現により、旧来の六・三・三制度にとらわれない独自のカリキュラム体系を創出し、県内外で卓越した教育を作り上げる。第4に社会的な要請の変化に対応した専門学校、高校の再編、第5にキャンパスの計画的な整備を提起している。
優れているのは、この中長期戦略を具体化するため、年度運営計画(事業計画)を策定し、実行計画や予算編成に落とし込んで、その実現を計っている点にある。7月の運営計画概要の提出に始まり、その理事長総括作業、予算編成方針の立案、理事長予算査定を経て、運営計画と予算を確定し、年度末に実施状況について、事業報告書として取りまとめるPDCAサイクルを年間スケジュールとして確立している。
この推進の中核は鶴 衛理事長をトップとする理事会であり、昨年は理事会が17回、評議員会が6回開催されている。理事は現在12名で、学長・校長等の各教学機関の代表者が半数を占めており、中長期計画や各学校の教学改革も含む年次の運営計画の立案・執行管理機関として実質的な役割を果たしている。また、日常経営業務の執行にあたっては、理事長を座長に「朝のミーティング」を、基本的に毎日9時15分から1時間程度行っており、副総長、学長、事務局長や関係者が出席している。ここで、すべての経営業務、教学の基本事項などが協議され、さまざまな情報交換が行われるため、煩雑な学内の会議運営を省いて、迅速な意思決定や執行が図られる。また、教授会、大学協議会等の教学機関の会議にも、基本的に理事長、副総長は毎回出席することになっており、経営・教学の連携が実質的に図られる仕組みとなっている。
■大阪経済大学
大阪経済大学は、経済学部、経営学部、経営情報学部、人間科学部を持つ、学生数およそ7500名規模の大学である。「自由と融和」を建学の精神とし、教育理念として「人間的実学」を掲げ、豊かな人格形成と、よりよい社会人・職業人の育成を目指し、特色ある実践的な教育を展開してきた。
創立70周年(平成14年)を「改革元年」と位置づけ、「第1次中期3か年計画」(平成15年〜17年)を策定した。その柱を@理論と実学の融合教育の確立、A地域社会、企業社会、国際社会に開かれた大学づくり、B人文・社会科学系のCOEを目指す、に置いた。教育・研究改革から学生募集や就職、学生生活支援、地域との連携、施設・設備計画から管理運営・組織改革、財政・人事計画までを網羅する12の大項目と、101の小項目から成る具体的計画を作り、その実践を進めてきた。とりわけ職業人育成を重視し、キャリア・サポートシステムの構築を進め、また、ビジネス情報学科、ファイナンス学科、ビジネス法学科の新設など、最先端の実学教育の充実を進めてきた。
平成18年度から、新たに「第2次中期計画―教育力・就職力・研究力・経営力の強い大学を目指して」(平成18年〜20年)を策定した。その優れた点は、タイトルにもあるとおり、実現すべき大学の目標を端的に示し、更に、そのための政策、計画を事業計画や教育システムとして具体的に提示している点だ。しかも平成24年、創立80周年までの大学ビジョンも併せて提起し、大学構成員に、教育理念―長期ビジョン―短期計画の全構造が具体的施策を伴って理解される内容となっている。また、その推進のための理事会改革、大学運営の改善、職員参加や人事制度改革、教員評価などにまで踏み込んで改革に実効性を担保しようとしている点や、年度ごとに「運営基本方針」を定め、実行計画としている点などが優れた特徴となっている。
政策の策定と推進を担う理事会は18名で構成されるが、うち、理事長を除く学内者は11名となっている。教員8名、職員3名の構成で、学部長理事制をとっている。大学教学部門、事務局の責任者を網羅した構成となっており、現場の実態を踏まえた政策の策定と、その実際の遂行に責任が負える構成になっている。経営事項はもとより、教学の基本事項も、すべて理事会審議で一義的に処理、調整することができ、経営・教学が一体となった迅速な意思決定と執行が可能な仕組みとなっている。理事は課題別に担当・分担がはっきりと設定され、責任と権限を明確にした業務遂行が行われている。大学機構も学部審議を基礎に、全学事項は大学評議会で決定するシステムになっている。事務局は事務局長の下、経営本部、教学本部に分けられ、それぞれの本部長の下、学生部長、教学部長、入試部長等は職員が担っている。執行機能はできる限り職員組織に権限委譲しつつ、教授会組織としての各専門委員会と連携して、教職一体で仕事が進められている。
■星城大学
星城大学(学校法人名古屋石田学園)は、平成14年に短期大学を改組転換して設立された、経営学部とリハビリテーション学部を持つ大学である。前身の名古屋明徳短期大学は平成元年に開学したが、募集困難から平成13年に募集停止した。4年制大学の設置にあたっては、これまでの短大教育の延長で考えず、まったく新しい分野に進出した。そのために短大教員は雇用を継続せず、短大閉校とともに、いったん全員を退職とし、4大への申請の中で、文部科学省の審査を通る人のみを再雇用するという方法で、新分野への思い切った転換を実現させた。
そのうえで全教員に5年の任期制を導入し、授業改善や教育力量の向上を柱とした教員評価制度を実施している。教育の特色はeラーニングの導入と徹底した教育のIT化の推進だ。全学生にノートパソコンを携帯させ、紙の教科書は使わず、すべて電子テキストとした。教員は授業の1週間前には教材や授業内容をパソコン上に準備し、学生はそれを通して予習も復習もできる。また、授業内容は生放送で全教員に公開されるシステムで、教育改善システムとしても機能する。学生募集も高倍率を維持し、好調だ。
こうした成果が上げられたのは、4大の設立時に招かれた今村 裕事務局長が、学部長予定者と協力しながら大学設置に一から携わり、新学部の特色づくりから教員人事編成、文科省申請までを一貫して担い、斬新な大学づくりを進めた点が挙げられる。経営側も、こうした新たな試みを積極的に評価し、細かい指示をするのではなく、大学設立準備委員会のメンバーの力に依拠し、その提案に基づいて基本政策を決定していった。
名古屋石田学園は、法人本部会議と、その素案を準備する戦略会議を軸に運営されている。法人本部会議は月1回、理事長、学長、法人本部長、常務理事、法人事務局長、大学事務局長などによって構成される。理事会にかけられる案件や学園各学校の基本政策、重要事項は、すべて事前にここで審議、決定される。ここで練られた改革案が教授会で審議され、経営に関連するものは理事会で議決されることとなる。大学改革に関する事項は、大学事務局長が、各課が集めた情報に基づき、現場の実態を踏まえた斬新なアイディアや改革案を提起し、全体の合意を得て実践に移していく仕組みで、極めて機動的な運営となっている。定員割れの短大時代は大幅な赤字であったが、平成16年度から黒字に転化、平成17年度に約5億円、18年度も4億円前後の収入超過となる見通しだ。こうした取り組みの評価を示すものとして、平成15年から18年の夏までに、延べ428の大学・短大、諸機関が見学に訪れている。
■まとめ
これら3つの大学に共通する特徴は、明確な長期計画を持つとともに、それを年次計画に落とし込んで具体化し、その遂行を理事会を先頭とした責任体制の下、教授会、事務組織が一丸となって実践する仕組みを作り上げている点にある。政策と計画を全学に浸透させ、教育改革、業務計画、予算にまで貫き、また、その到達を年度ごとに評価し、問題点を改善しながら掲げた目標への前進を図る戦略的経営の実現を目指している。星城大学は短大から4大への転換を、まったく新しいコンセプトと陣容で推進することによって成功を収めた事例である。厳しい時代における改革前進の取り組み事例として参考になる。