アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.265
キャリア教育を巡る議論と課題 第30回公開研究会より
去る11月2日、私学高等教育研究所の主催により「全入時代を迎えた大学が直面するキャリア教育の課題」と題して第30回公開研究会が行われた。今回の研究会は、同研究所で進められているキャリア教育に関する研究プロジェクトの中間報告と位置づけられたものであり、濱名 篤研究員(関西国際大学)・川嶋太津夫研究員(神戸大学)・角方正幸氏((株)リクルートワークス研究所)・松村直樹氏((株)リアセック)の四氏により講演がなされた。本稿では、当日の概要を紹介し、若干の感想を添えたい。
まず、濱名研究員より「キャリア教育をめぐる問題の所在」と題して、キャリア教育が抱える課題の整理がなされた。キャリア教育の背景として、現在、大学中退率・卒業時の進路未決定率・卒業後3年以内離職率などから推計すると、大学から社会への移行の過程で約5割の大学生が何らかの挫折を経験している。他方で、厚生労働省による「就職基礎能力」や経済産業省による「社会人基礎力」にみられるように、省庁や産業界からは大学卒業者に求められる能力についての提言がなされている。これらは、大学教育の成果(learning outcomes)を問うものであり、そこで問われているものは分野別の専門的知識よりも、むしろ学部学科を問わず大学卒業者に共通に求められる汎用的な能力である“ジェネリックスキル”であるとした。そして、キャリア教育の課題として、大学でのキャリア教育では高校までに行われているキャリア教育の成果が活用されておらず、学生のキャリア形成が断絶していること、また、キャリア教育そのものの目標の共通理解がなされていないとともに、キャリア支援の内容や時期など、その方法についても課題があることを指摘した。最後に、担当職員のみならず、教員の果たす役割を再認識する必要性を強調し、報告を締めくくった。
川嶋研究員の報告は「キャリア教育の背景とそのあり方」と題して、キャリア教育を理論的に整理するとともに、大学教育のなかでの位置づけと方法を提案するものであった。日本の大学においてキャリア教育として想定され取り組まれている内容は、@卒業時に就職先が決まっている「卒業時の“雇用”」の確保、A卒業したときにある職に就き、そこで働くことができる「卒業時の“就業力(即戦力)”」の育成、B職を変えても次の職業を探すことができ、生涯にわたって自分自身のキャリアを管理することができる「生涯の“持続的就業力”」の育成の三つに整理できるとする。川嶋氏は、単に卒業時に就職・就業できるだけでなく生涯にわたって就業可能である能力を身につけさせることが本来のキャリア教育のあるべき姿であり、その能力を育て、支援していくことが必要であるとし、持続的就業力の構成要素として「ジェネリックスキル」と「キャリア管理能力」を挙げた。
ジェネリックスキルとは、特定の職業に必要なスキル・特定の組織(会社)で必要なスキル・ある特定の仕事に必要なスキルとは異なり、あらゆる職業を超えて活用できる移転可能なスキルであり、コミュニケーション能力や問題解決能力、チームワーク能力、批判的思考力などをさすものである。キャリア管理能力とは、離職しても次の仕事をみつけて働くことができる能力であり、自己理解ができ、就職機会をみつけることができ、意思決定をし、移行のための学習を行うことができる能力である。
このような整理のもとに、キャリア教育を「生涯にわたる学習と労働の進捗状況を自己管理するために必要な知識・スキル・態度・行動特性などの学習を支援する取組み」と位置づけ、大学を卒業してからの人生を生きていくために必要な力を身につけさせることと理解するとき、それは自立した、かつ自律的な学習者の育成という学士課程教育そのものの目的と重なるものになる。したがって、教養教育・専門教育・キャリア教育を区分するのではなく、学士課程教育全体のなかにキャリア教育を位置づけることが求められる。そこで、学士課程教育の中で段階的にジェネリックスキルを身につけることが可能となるようにカリキュラムと授業科目を構成し、学生自身が自らの進捗状況を管理することでキャリア管理能力を育成することを試みている米国の大学の事例が紹介された。このような取り組みを成功させるためには、大学全体での組織的な協力が必要である。また、そのためには個々の授業を担当する教員の支持・協力のみならず、企業との対話や学生が参加し、学習するなかでスキルを身につけられるように教育方法の工夫が必要であることが指摘された。
角方氏からは「若年の基礎力と就職プロセス」と題して、類型別にみた大学生の特徴と現在の就職活動システムのもつ課題が指摘された。まず、2000人の大学生に対する調査結果をもとに、基礎的能力と仕事に対する意欲を基準に学生の類型化を行うと、学生たちは、就職活動に問題を生じない「自己実現型」(=能力と意欲がともに高い学生群)、高望みをしておりそのために失敗してしまう「背伸び型」(=能力が平均的で意欲が高い学生群)、就きたい職業はあるが活動量が少ない「のんびり型」(=能力が平均的で意欲が低い学生群)、就きたい職業も不明瞭で就職活動もあまり行わない「あきらめ型」(=能力と意欲がともに低い学生群)に分類できることが紹介された。これらの学生類型と就職活動のプロセス及び内定の獲得状況には相関がみられ、学生の特徴によって必要な支援が異なることを前提とした就職指導が必要であることが指摘された。
他方、昨今のインターネットを活用した就職活動の影響として、就職活動機会の平等化がもたらされていると同時に、大企業を中心とする受験先企業の集中が生じている。学生を採用する企業は6〜7万社あるなかで、就職情報提供会社によってインターネット上で就職情報が提供されているのは大企業を中心に6000〜7000社であるという。そして、それらの企業に就職できる学生は就職希望者の半数に満たない。そのため、インターネット上の就職情報に載らない企業と学生とのマッチングが課題となっているという。そこで、就職システムの再構築として、新規学卒一括採用を背景とした就職活動時期の集中の見直しや、第二新卒や既卒者などの新卒以外の求職者が労働市場の対象とされていないことを改善していく必要があることが指摘された。
村松氏からは「大学生の就業志向と基礎力」と題して、大学生の就業意識の変化とキャリア教育の効果について報告がなされた。適職診断テストである“R―CAP”のデータから大学生の就業意識を分析すると、大学生は「安心・安定に基盤を置き、あまりリスクをとることなく、変化や刺激のある仕事をできるだけ自分の自由意志で、専門性・独自性・創造性を発揮して働きたい」と考えていることが紹介された。しかし、このような学生の就業意識には変化もみられ、2003年卒業生と2007年卒業予定学生を比較して経年変化をみると、いろいろな人に出会って働きたいという「多様性」志向が低下し、将来的に安定した給与・地位が得られるような働きかたがしたいという「安定性」志向が増加していることが示された。
ここで、変化がみられた多様性に対する意識は、就職活動に影響する項目と推定されており、例えば、ある大学において早期に内定を獲得した学生と就職活動を途中でやめてしまった学生を比較したところ、「多様性」と独自性を発揮して活動していきたいという「起業家的創造志向」に明らかな相違がみられたという。また、別の大学において、キャリア科目としてこの2つの能力を伸ばすことを目的にグループワークとプレゼンテーションを中心とした授業を行ったところ、それぞれの項目の伸長とともに、就職活動にも効果がみられたという。
このような実践の成果をもとに、キャリア教育において、多様性理解と独自性を発揮する能力を向上させることと、どのような働き方に価値を求めるかという職業観を醸成し、どのような職務遂行にも普遍的に求められる基礎力を発達段階に応じて獲得することが必要であることが指摘された。そして、これらの能力の育成にあたっては大学の外部にある力を活用することも考えられるのでないかとの提案がなされた。
以上のように、四氏の講演は、キャリア教育に関する理論と実践にわたる多岐の内容を含むものであった。共通することは、学士課程教育においてどのような能力を身につけることが求められているかという視点であったと思われる。翻ってみると、大学のキャリア教育は、学生に対してどのような職に就き、どのように生きるかを考える契機を提供するだけでなく、そのために必要な能力を体系的に育成できているかが問われているのではないだろうか。授業科目やカリキュラムのなかで、知識のみならず、卒業後の人生を生きていく基盤となる能力を体系的に育成することは大学教育の本旨に沿うものであろう。キャリア教育を一つの視点にして学士課程教育そのものを再検討することが求められているようにも思われる。