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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.264
政策の全学浸透による改革 訪問調査の事例から

私学高等教育研究所研究員 篠田 道夫(日本福祉大学常任理事)

 私学高等教育研究所の「私大経営システムの分析」チームでは、私立学校法改正後、初の日本私立大学協会全加盟大学を対象とした経営実態調査アンケートを行い、現在その分析を進めている。一方、個別経営の実態を現地で直接見聞すべく、大学訪問調査にも取り組んできた。既に静岡産業大学の調査報告は、本紙4月19日付(第2228号)の「アルカディア学報」で紹介した。その後、今年前半期に訪問した3校―桜美林大学、東京造形大学、山梨学院大学の事例について、中間的な報告をしたい。
■桜美林大学
 桜美林大学は、学部から学群制への全面的な移行など、抜本的な教学改革に取り組んでいる。学群制度は、従来の学部の壁を低くし、所属学科にかかわりなく幅広く基礎科目を学んだ上で専門科目を履修できるようにする、日本でも数少ない意欲的な取り組みだ。また、教員をユニット所属とし、全学的な視点で教学改革が遂行できる管理運営システムづくりも目指している。なぜそうした改革が可能となったのか?同大学は、創立以来アメリカ型理事会と性格づけられ、15人の理事中、大学学長、中学・高等学校長、幼稚園長の3人以外はすべて学外者で、理事長も非常勤であった。日常運営は学長、校長、園長に委任され、自律的な運営が行える反面、基本政策にかかわって理事会との間で判断の相違が生じたり、経営と教学の一体運営の推進や責任体制の構築の面で不十分さも出ていた。
 2003年、学長である佐藤東洋士氏が理事長に選任され、その後、アメリカ型理事会システムの基本形は維持しつつ、学長が経営トップを兼ねる利点を生かして、経営・教学一体の政策・執行システムを整備してきた。まず、学内経営の遂行体制については、日本福祉大学の制度を参考に、担当分野に責任を負う執行役員制度を導入した。配置は、@法人・労務担当、A教学担当、B財務担当、C情報担当の4分野とした。これにより、経営の意思決定の円滑な教職員への浸透と、責任体制の強化を図った。この執行役員会(毎週開催)は、常務理事会としての機能も併せ持つことを機構上も明確にし、学内経営の中核機関として位置づけた。
 理事会を月例開催に改め、理事には大学改革への提言をレポートしてもらうなど実質化させるとともに、学長、副学長による学長室会議(毎週開催)、学長、副学長、学部長による大学運営会議(隔月開催)、学部長、学科長など全役職者による教学部門長会議(月例開催)などを設け、政策・方針の全学的徹底を図る機構整備を行った。また、政策原案を専門的に調査、企画、立案する事務機構として企画開発室を設置し、現実政策の計画化機能を強化した。

■東京造形大学
 東京造形大学を経営する学校法人桑沢学園は、デザイン教育の草分けとして、特色ある教育、人材育成を行ってきた。小田一幸理事長に、厳しい中で財政再建を果たし、今日の発展を築いた施策は何かを伺った。
 理事は実効性のある審議と迅速な意思決定を実現するため、年次的に10名にまで減じてきた。理事会は月例開催され、活発な議論が行われている。評議員は21名で構成されるが、学内選出の評議員は寄附行為の定めにより、教職員全員の投票によって選出される。学内各層の意見を反映する措置として創立以来行われており、学長選挙への全教職員の参加と併せて、総意による大学経営実現の制度的保障として重要な意義と特色をなしている。
 常務会は、理事長、学長を中心に理事、関連役職者で構成され、毎週定例的に開催される。経営の中核をなす東京造形大学、桑沢デザイン研究所の日常経営事項の決定、事業執行の調整が行われる。特に学長との政策一致を重視し、教学の重要事項も事前審議し、また、情報交換を密にしている。将来構想については、理事会内に21世紀委員会が設置され、その下に施設検討委員会や新教育検討委員会が置かれ、中長期計画や短期計画が作られる仕組みになっている。政策上の発想や新しい事業への挑戦はトップから、と言う風土があり、それが選挙等を通じたボトムアップのシステムと良く整合された運営をつくりだしている。トップの発想を組織の審議や事務局の検証によって現実計画へ高め、具体化する方策が採られている。中長期の計画に基づき、年度予算編成方針が決定され、それをもとに毎年1月に理事長の所信表明が全教職員の前で行われ、課題と方針が示される。
 一時は多額の負債を抱え、経営が困難な時代もあったが、長期的な視野で再建の方策を定め、特にトップから無駄を省き、特権をなくすとともに、計画的な人員の削減や組織のスリム化による人件費削減を中心において、財政の再建を実現させた。教職員を大切にするとともに、危機意識を共有し、力を合わせた取り組みで、混乱なく今日の安定をつくりだした努力は特筆に価する。事務局組織は、今年度より部課室を廃止し、センター、グループ、チームの呼称に変えた。これは部課室の壁を低くし、テーマに応じて柔軟に連携できる組織運営を狙ったもので、先駆的な取り組みとして評価できる。

■山梨学院大学
 山梨学院大学は「個性派私学の旗手」をキャッチフレーズに、地方にありながらブランド確立のための戦略を明示し、着実に実行してきた。経営の4つのコンセプトを掲げ、「良質な教育サービスの提供」「ネットワーク展開による新しい教育システムの展開」「地域連携と生涯学習事業の開発」「カレッジスポーツの更なる振興」などの重点事業に積極的に取り組んできた。特にスポーツにおいては重点育成サークルを指定して多額の投資を行い、全国的な知名度を上げる活躍をつくりだした。最近ではロースクールや小学校を設置、商学部を現代ビジネス学部にリニューアルするなど積極的な事業展開を行っている。また、短期大学を中心に特色GP・現代GPを3つ獲得しており、これも地方短大としては全国屈指の成果だと思われる。この原動力に、古屋忠彦理事長・学長のリーダーシップがある。
 「学園づくりの目標」を具体化するために毎年度の「運営方針」「事業計画」を立案、これを理事長・学長が直接全教職員に向かって、1月の「新年祝賀式」と4月恒例の「辞令交付式」で説明し、徹底を図っている。この運営方針等は、法人本部長と事務局長による全学の諸機関、部課室のヒアリングをもとに取りまとめられる。さらに予算査定は理事長が陪席し、目標の実現に向けて事業が適切に具体化されているかの確認を行っている。
 理事会は定数7名(常勤3、非常勤4)、評議員会は定数15名(学長、法人職員4、学識経験者8、卒業生2)となっている。年度方針を遂行する管理運営組織として、運営協議会、行政職代表者協議会、教学事務連絡会議があり、それぞれ規定が定められている。運営協議会は大学、各学校の役職者、事務局幹部によって、行政職代表者協議会は事務局の課長以上の役職によって、それぞれ構成され、毎月1回開催される。いずれの組織も年度方針の徹底と重要事項の審議、方針の具体化を諮るとともに、政策の遂行に現場からの意見を反映させることを狙いとしている。また、職員の自己申告書に基づき、全職員に対して法人本部長、事務局長による面接を行い、業務方針の浸透や業務の到達状況の評価を行っている。

■まとめ
 この三法人に共通するのは、トップの明確な方針提起と全学への浸透だ。ミッションや改革目標を掲げるとともに、それをトップ自らが直接教職員に語りかけ、また全学に浸透させる仕組みを持っている。政策を具体化し推進するための日常経営を支える常務会、常務理事会、執行役員会等が、いずれもほぼ毎週開かれている。また、教員・職員の役職者を集め、方針を徹底するための教学部門長会議、運営協議会、行政職代表者協議会などが、ほぼ月例で定期的に開催されている。この会が、学内各層の意見を吸い上げ、方針を具体化する議論の場としても機能している。教職員全体に対しても、年間何回か理事長、学長が直接方針を提起する場を、新年祝賀式や辞令交付式などの形で設定している。さらに、東京造形大学では、評議員や学長が全教職員の選挙で選ばれる仕組みを持っており、山梨学院大学では、予算査定に理事長が陪席して業務実態をつぶさに掌握し、また事務局長等が部局や全職員と面接を行うなど、トップダウンとともにボトムアップの仕組みを巧みに組み合わせて、政策の全学的推進を図っている点に特徴がある。改革方針の策定には21世紀委員会などの政策審議機関や企画開発室などの事務機構を持っており、専門的な企画・立案組織により、よく練られた中長期方針の立案に努力されている。2大学は理事長が学長を兼ねており、東京造形大学も毎週の役員会で学長との認識の一致に努力されている。経営と教学が一体で運営されていることが、全学が統一した政策のもとで、力を合わせて改革に取り組める環境をつくりだしている。大きな方針提起は、トップの決断によるところが大きいが、これを現実的な政策としてまとめ上げ、構成員の知恵も生かしながら全学浸透を図り、実践に結び付けているところに、これらの大学の改革推進の原動力があると思われる。

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