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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.259
進学率の再上昇と大学の役割変化 国民すべての知識基盤目指す

客員研究員 山本 眞一(広島大学高等教育研究開発センター教授)

 全国の大学・短大は今、18歳人口減少の嵐の中で、その衝撃に耐えつつ大学改革に取り組み、かつ嵐が止むことを心待ちにしているに違いない。18歳人口は現在、年間4万人のペースで減り続けているが、2009年に至ればその減少はようやく止まり、その後の10年間は120万人程度で推移するからである。もっとも、2020年以降は再び減少期に入り、今世紀半ばには80万人程度になってしまうという厚生労働省の予測があるから、長期的には、一難去ってまた一難という状況であることを忘れてはならない。
 しかし、当面の困難を乗り切るには、個々の大学が入学者の確保に一層の努力を傾けるとともに、わが国全体としては、今より進学率が大幅に上昇して、人口減を補ってくれればこれに越したことはあるまい。実際、昭和40年代から50年代の初めにかけての18歳人口は、わずか10年ほどの間に100万人もの減少を見たが、国民の旺盛な進学意欲に支えられ、進学率の大幅な上昇の中で、困難を見事に乗り切った経験がある。ところが、この数年間の数値を見る限り、大学・短大進学率は50%前後を低迷し、一向に展望が開ける兆しがなかった。
《進学率に再上昇の兆しが》
 ただ、今年はやや状況が異なってきた。この8月に公表された学校基本調査速報によると、今年の大学・短大入学者数は69万4000人で、前年度より9000人の減少ではあるが、過年度高校卒業者を含む大学・短大進学率は、前年度よりも0.8ポイント上昇して52.3%となり、過去最高値を記録した。もっとも、大学については前年度より1.3ポイント上昇して45.5%となり過去最高であるが、短大は前年度より0.5ポイント低下して6.8%になっていることから、受験生の4大シフトが一段と進んでいることがわかる。
 この大学・短大進学率の上昇は前年度も起きたが、その時とは異なり、今回は高校現役志願率及び対18歳人口志願率の上昇を伴っているのが特徴である。同速報によれば、今年3月の高等学校及び中等教育学校後期課程卒業者の大学・短大志願率は57.4%となり、前年度よりも1.5ポイントも上昇している。また、対18歳人口志願率も、私の計算によると50.8%となり、これも前年度よりも1.5ポイントの上昇である。一方、高校新卒者の専修学校専門課程への進学率は18.2%で、前年度よりも0.8ポイント低下し、就職率は前年度より0.6ポイント上昇して18.0%となった。
 昨年から今年にかけてのこの変化をどう見るか?一つには、各大学の教育内容や入試方法の改善による学生確保の努力、二つには、景気回復の機運の中での家計の支払い能力の向上や、大学側の奨学金や授業料免除等の対策などの経営努力が挙げられよう。もう一つ理由があるとすれば、最近の大学教育の実学シフトによって、従来ならば専門学校に進学したであろう学生の一部が、大学に戻りつつあることも挙げられるかも知れない。9月27日付の朝日新聞によると、今春、専門学校の入学者数が昨年よりも一気に8%も減少し、その理由として、高校新卒者の就職環境の改善とともに、「大学の専門学校化」を挙げている。私もこの理由にはうなずけるところが大きいと思う。
《いよいよユニバーサル化時代の到来か》
 しかし、四つ目の理由として、例のマーチン・トロウのいう高等教育のユニバーサル化、すなわち、大学・短大を含めた高等教育機関への進学が、いよいよ義務化する兆しであるのかも知れない。つまり、大学に行くこと自体に大きなメリットがなくても、大学に行かないことによるデメリットの大きさの方が深刻である、と人々が本気で考え始めたからではないか。私には、この四番目の理由が一番大きいのではないかと思える。
 いずれにせよ、進学率の上昇は大学・短大にとっては朗報であろうが、しかしこの程度の上昇で安心するわけにはいかない。下に掲げた図は、私なりに整理した進学率や志願者数のデータの推移である。横軸は年を、縦軸は左が人数、右が進学率の数値を表す目盛りである。わが国の受験生人口は、平成5(1993)年には120万人もいたこと、浪人志願者層が極めて厚かったことがよくわかる。そして何といっても衝撃的なことは、浪人志願者を含む受験生人口が急速な勢いで減り続けていることや、現役志願者数が、この3年にわたって、その年の大学・短大入学者数を賄うには足りない状況が続いていることである。大学入学は、一部の大学を除き、ますます易しくなってきている。大学入試の多様化は、受験生の負担軽減というよりは、大学による学生確保の手段として、いよいよその経営戦略性を強く帯びてきていると見ても決して過言ではあるまい。
《体質改善こそ抜本解決の道》
 問題は、若者の大学志願率の上昇の度合いと、減り続ける18歳人口とのバランスである。前者の上昇が後者の下降を補えるだけのペースで続くならば良いが、実際には後者の下降のペースの方が速いのではあるまいか。この先の18歳人口の推移予測に従って、今年の大学・短大入学者数69万4000人を確保するために必要な進学率は、私の計算によると、2010年で56.9%、2020年で59.0%である。また、2050年のそれは84.9%である。つまり、18歳人口が比較的安定的に推移する2020年まではともかくとして、その後は途方もなく高い進学率を達成しない限り、現状水準の入学者数を確保することは困難な状況である。
 そのように考えていくと、抜本的な解決策は高等教育システムの体質変革しかありえない。若者中心の教育機関としての大学から、生涯学習や知識社会のニーズを睨んだ国民すべてのための知識基盤としての大学を目指すしかないであろう。もちろん、そのためのコストは大変大きく、また、一つの大学があらゆるニーズに応じることは不可能であるから、高等教育はいよいよ多様化の方向に進まざるを得ない。今年の進学率の上昇の影には、そのような高等教育の将来が見えるのではあるまいか。

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