アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.252
営利型大学の質保証 カリフォルニアの事例から
アメリカの高等教育の現状を詳しく伝える有力な専門紙に「高等教育クロニクル」紙がある。毎年、新学期の直前には年鑑号(Almanac Issues)が送られてくる。その中に読者の目を釘付けにするページがある。営利型大学の動向を伝える、株式欄のページである。
営利型大学とは、株式会社の経営によるか、大学そのものが営利のための機関となっている大学である。したがって、株式欄があっても不思議ではなかろう。
この年鑑号の2004〜5年度号では9社の株式チャートが掲載されており、一瞥すればほとんどの大学が右肩上がりの株価を示している。過去、1年で37%も値上りした大学もある。1999年末を100という指数にすれば、現在ではSP500のインデックスが約17%程度の上昇を示しているのに対して、営利型大学の指数であるクロニクル・インデックスは約36%の上昇を示しているという。
株式市場が市場経済の動向を反映しているものとすれば、高等教育市場はこれらの営利型大学を歓迎していることになる。それが、全米で800校もの営利型大学に参入を促してきたのであり、参入はこれからも続くに相違ない。
しかし問題は、市場に歓迎された営利型大学は、本当に大学としての機能を果たしているのかである。かつて大学の持つ諸機能を分析したパーソンズによるまでもなく、アメリカの大学の果たす社会的な機能は多様であり、その多様な機能の多くを具有するのがアメリカ型の大学、つまり、アメリカを代表するような大学院を擁する研究型の総合大学であった。
しかし、営利型大学の多くは、スタンフォードやハーバードと同じ類型の大学ではない。むしろ、過去に存在しない大学の類型、例えば、オンライン型教育、勤労成人層向け教育、大学教育の出前提供型教育など、いわば大学教育の隙間産業のような存在であり、非伝統的な形態を持っているのである。そのような新しい大学教育にも確実に購買層があり、また、社会から一定の評価を受けている。
それでは、営利型大学の評価は、あるいは質保証はどうなっているのであろうか。わが国にも株式会社立大学が登場して話題になっている。また、大学の第三者評価も軌道に乗りつつある。残る問題は、こうした新しい営利型大学の評価をどう構築するかである。
アメリカにおいて大学は、大学全体として地域別の認証評価機関によって、その教育の質の評価が行われてきた。問題は営利型大学がどのような評価を受け、質保証の仕組みを構築していくかであろう。ここでは、カリフォルニア州を例に、営利型大学の実際の評価はどのようになっているのかを一瞥してみよう。
クロニクル紙の統計によれば、現在、カリフォルニア州には九一校の営利型大学が存在する。カーネギー教育財団の数字では103校となっており、4年制大学は53校となっている。しかし、この数字は、アメリカの営利型大学数の約14%であり、特に傑出した割合とはいえない。これらの営利型大学は、大学分類の重要な指標であるカーネギー財団の大学分類では、全6類型のうちの一つであり、准学士号大学というカテゴリーに入っている。授与する学位の90%以上が准学士号である大学に分類されているのである。この6分類は、他に、博士号授与大学、修士号大学、学士号大学、特殊分野大学、ネイティブ向け大学となっている。
准学士号大学は、さらに公立地方小規模大学、都市複合キャンパス大学など、全14もの下位分類があるが、ここでは省略しておく。准学士号大学における営利型大学は、実際には、営利型4年制私立大学というカテゴリーに分類されている。いずれにしても、4年制大学であっても、授与する学位は准学士号が主たる学位という大学なのである。
つまり、営利型大学の多くは、准学士号を主に授与している4年制大学か2年制大学という図式である。われわれには、4年制大学が主に准学士号を授与していることは理解しがたいものがあるが、アメリカの大学は単位制を主要なシステムとしているので、4年制大学でも、2年以上在学して准学士号を得ることは大いに可能なのである。編入学や転学が大いに自由な世界では、当然ありうる制度であろう。
それでは、これら准学士号大学に分類されている営利型大学は、実際、どのような質保証のシステムを持っているのであろうか。53校の営利型4年制大学の中には、正式に地域別の認証評価機関―カリフォルニア州はWASCという認証評価団体―の評価を受けている大学がある。
ウェスタン・ステーツ・ユニバーシティと称する大学を例にとって検討してみよう。この大学は、実際にはシカゴに本拠を置くアーゴシー大学という全国展開型の大学である。カリフォルニア分校があり、その一つが法科カレッジとして存在しているのである。そして法科カレッジは、WASCの認定大学となっている。この大学はもともと、アメリカ中西部の3大学の合併によって誕生した大学で、シカゴ、ダラス、シアトルなどに分校を持つ。シカゴの大学本体は、ノース・セントラル地域の認証評価を受けている、まさに正式な大学である。
この法科カレッジは、サンフランシスコ湾岸にキャンパスを持っているが、カリフォルニア州においては、州の中等後職業教育局の設立認可を得ている。しかし、この認可は、教育機関の質保証の機関によってではない。他方、この分校は、アメリカ心理学協会(APA)の認証評価を受けている。APAという団体もまた、アメリカの認証評価システムの頂点に立つ高等教育評価機構CHEAの傘下の機関である。したがって、この大学は、大学の本拠地シカゴの位置する地域認証評価機関で機関別の評価を受け、サンフランシスコ湾岸校ではプログラム別評価を受けているということになる。問題は、カリフォルニア州に分校を置いている大学は、カリフォルニア州の属する地域認証評価を受けなければならないかということである。
もとより、この問題は、営利型大学をめぐる古くて新しい問題であり、今日アメリカ最大の私立大学に成長したフェニックス大学が、創業の時代にカリフォルニア州で経験した問題であった。
53校のうち、WASCの認証評価を受けている大学は、先の法科カレッジの他には1校のみであるが、WASCの中には短期大学を主な対象とする、ジュニア・カレッジ・ユニバーシティ部門(ACCJC)があり、この部門の認証評価を受けている大学が少なくとも10校は存在する。これらの大学は、短期大学の機関として認証評価を受けているのである。短期大学ということになれば、州内にはコミュニティ・カレッジが110校もあり、激しい公私セクター間の競争が繰り広げられていることが理解できる。ちなみに、私立セクターの代表的な存在は、サンホアキン・バレー・カレッジという州内に5校を擁する大学であり、その5校は独立して認証評価を受けている。先の10校の中には、単独のキャンパスだけの大学は1校しかない。つまり、営利型大学の多くは複数キャンパスを持つ大学ということになり、また、小さな単独大学ではその認証評価を得ることは極めて困難なのである。
アメリカは、本年中には人口3億人を突破する。そこには多様な社会があり、多様なひとびとが住む。そこには高等教育の恩恵に浴しないひとびとが多くおり、伝統的な大学の努力では埋めがたい隙間がある。その隙間こそ、営利型大学の存在理由を支えている。競争の激しい市場の中で営利を目的に掲げ、株主や顧客に気を配らなければならない大学群としての営利型大学。それは、決してわれわれにも無関係な大学群ではない。若者の減少で顧客を失っているわが国の大学にとっても、他山の石とすべきであろう。大学の選択や質的な評価にも、顧客の目は厳しいに相違ない。顧客の満足や同意を得られない認証評価は、その意味では存在しないのである。第三者評価の隙間ではない、確固たる質保証の制度樹立が望まれよう。