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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.243
教育到達目標の設定と実証−英国大学のキャリア支援

研究員 濱名 篤(関西国際大学学長)

 英国の大学と一言でいってもさまざまなタイプがあり、大学ごとのキャリアサポートの在り方には、違いも大きいが共通点も少なくない。前号で川嶋太津夫氏が指摘したように、英国政府が2005/2006年度からすべての大学生に作成を求めた「プログレス・レポート」の中でも、自らの雇用可能性について、学生自身に「PDPPersonal Development Planning」を作成させるように義務づけた影響は大きい。「ジェネリック・スキルズGeneric Skills」といわれる、社会で一般的に求められる転移可能な(誰でもが身につけることが可能な)能力が重視されていることは、その1つである。ジェネリック・スキルズを組織的に身につけさせ、自覚させていこうという大きな方向性は共通している。
 以降では、英国の訪問先の大学の中で、対極的な2校について紹介する。
 1つは、オックスフォード大学である。出発前に、他の研究者たちとオックスフォード大学に行ってキャリア教育の調査をするという話をすると、冷ややかな反応しか返ってこなかった。東京大学がそうであるのと同様に、オックスフォード大学ほどの大学が、キャリアサービスを盛んに行っているというイメージがなかったからであろう。
 さて、実際にオックスフォード大学を訪問すると、キャリアサービス部は立派に活動していた。前身は1892年設立のAppointment Committee(参考書:From Appointments to Careers)という組織で、100年以上前からキャリアサービスを行ってきている。
 収入源は、基本的には大学からの資金で運営され、加えて企業からの収入(就職フェア参加費、メンバーシップ会費、会議室使用料、広告料、パソコン等の寄付)といった、独自収入から成り立っている。
 職員はほとんどが専門職で、キャリアアドバイザーの資格が必要とされる。彼らのバックグランドは多様で、化学や物理学までに広がっている。英国内には、こうしたキャリアアドバイザーを育成する専門職コースを置く、レディング大学などの大学がある。スタッフ構成は、部長、副部長(2名)、キャリアアドバイザー12名(FTEで8名)、その他の専門家、パートタイムなど約36名のスタッフがいる。学部生1万1千人、大学院生5千人とはいえ、日本の大学と比べて、多数の専門スタッフが揃っていることに感心する。さすがに、学部授業料だけでも3千ポンドを取るだけのサービスである。サービス内容をみると、(1)主要業務である学生の個人ガイダンス(予約なしの飛び込みだと15分、予約すると45分の時間を取ってくれる)、(2)就職セミナー(例えば卒業生の講演)、(3)スキル向上セミナー(履歴書の書き方、面接の受け方など)、(4)ウェブ利用の職業適性指導、(5)ウェブサイト整備、(6)ウェブや印刷物による求職情報の提供、(7)企業説明会の調整、(8)就職セミナーの開催などである。
 基本的に、すべての学生にサービスが提供され、卒業後4年までそのサービスが利用できる。学部生、大学院生、研究員の65%を占める契約研究員、卒業生、留学生、成人学生までが対象であり、オックスフォード在住の他大学の卒業生も利用料を払えば利用できる。卒業予定者の84%が利用しているという利用率の高さである。センター訪問者数が2万人、ウェブ利用者は週あたり10万回、メールニュースの配布数は8千人である。
 施設・設備としては、自己探求室Exploring Options、行動室Taking Actions、IT室などがあり、日本の大学のキャリアセンターと共通する、あるいは、それ以上に手厚いサービス提供がなされている。それに加え、ロビーにはチョコレートやキャンディーなど、協力メーカー提供のお菓子が無料で置かれており、利用者を増やす工夫もなされている。
 オックスフォード大学の担当者によれば、同大学での「専攻subject」は必ずしも特定の「職業」と関連がない。したがって「自分を知るself awareness」ことが、進路決定に極めて重要であるという。自らの適性に対する気づきを重視し、専門性よりもジェネリックスキルの方が重視されているとみることができる。しかし、PDPへの対応はまだこれからということであった。
 もう1つのタイプの大学は、ロンドン市内にあるサウスバンク大学である。この大学は10年ほど前にポリテクニークから昇格した大学で、学生の10%が学習障害をはじめ、何らかの障害などのハンディをもつという学校である。ユニバーサル化の特徴である、多様な学生がいる、選抜度の低い、都市型新興大学の例といえる。
 サウスバンク大学には、『サバイバル・ガイド〜コア・スキル〜』という新入生向けのガイドブックがある。内容には、(1)学習の仕方(タイムマネジメント、ノートテーキング、効果的読書の仕方、試験テクニックなど)、(2)コミュニケーション・スキル(レポートの作成、発表の仕方、グループワークの仕方、ディスカッション)、(3)ITスキル、(4)情報検索スキル、(5)基礎的計算に加え、(6)キャリアマネジメントスキルが含まれている。
 授業の中にも「キャリアマネジメントスキル」という2時間のワークショップ形式のものがあり、学生たちは通常の授業に加え、オンラインサポートで提供される教材や問題を参考にしながら、キャリアマネジメントスキルを学んでいる。担当する教員に対しては、授業プランの立て方から授業のストラテジーまで、ウェブを通じて提供されている。何分くらい経ったら、どういう手法で、どういう内容をやれということまで指示されてあり、配布資料もすべて供給されている。学生が提出する課題に、どのようなコメントをつけるかまでもがサポートされてある授業が進められている。授業の中身には、「何を大学で学ぶのか」「自己発見と自己分析」「自分にあった進路発見」「自己管理」といった初年次教育とも共通する内容が含まれる。2・3年生が主対象であるが、誰でも履修することができ、オンラインで教材をウェブの中から取ってこられるようになっている。その中には「ポートフォリオ入門Welcome to your portfolio」という、PDP作成を内容とするものが用意されている。自分が獲得したジェネリックスキルにはどのようなものがあるか、職業の中で使える転移可能なtransferableなスキルとしては何が身についたのかといった記録を作成する。また、自分はどんなことにモチベーションを感じてきたかという振り返りも含まれる。さらに、自分のパーソナリティ特性、自分にあっていると思う仕事について考えてみる、自分の強さ、伸ばしたいと思っていることは何かということについてなど、キャリアをじっくりと分析し、その記録用にテンプレートと呼ばれる共通書式が提供される。「自己発見」の中身は、自分がどういう分野に進みたいのか、その分野でどんなところに就職できそうかということについての発見、自分の専攻から考えて卒業後のオプションにはどのような仕事があるかなどを検討させたり、自分がどんなことに深く関心を持っているかといった適性、雇用主は労働市場でどんなことをその分野の仕事に求めているのか、そして自分が具体的に何をやればいいかということを考えさせていく。こうしたプロセスを継続させていくように学ばせる。「キャリアマネジメントスキル」の中には、「就労体験からの学びwork experiences」も含まれている。例えば、マクドナルドのアルバイトでも学べる「コミュニケーションの仕方」であるとか、「チームワークのとり方」であるとか、さまざまな就労体験を自分のキャリア形成に取り込むように組織化されている。かなり総合的なプログラムであることが理解できるだろう。
 サウスバンク大学の「Don’t Panic(一年用)」や「About Your Future(3年用)」といったPDP作成テキストの巻末には、「Skills Benchmark」が掲載されている。前述のAからFまでの内容が、学部生については、レベル0からレベル3まで、各学年段階での到達目安を示しており、学生にもあらかじめ明示されている。前号で川嶋氏が紹介した、サリー大学の八つの項目と比べてスキル色が強く決して高邁にはみえない。しかし、ウェブ上も含め、抽象的な目標だけではなく、卒業するまでに大部分の学生にこうした能力を身につけさせようということを、大学自体が公約していることにもなる。
 こうしたベンチマーク、あるいは「卒業までに獲得させる能力Attribute of Graduates」といった教育到達目標を学内外にあらかじめ公表し、大学としての質的保証を図ろうという動きは、英国だけでなく、豪州や米国でも多くみられるようになってきている。「何を学んだか」ということよりも、「何ができるようになった」ということを問うという、大きな転換を意味する。こうした目標基準を定め、レベル設定まで行われると、サウスバンク大学が採用しているように、ポートフォリオといった形で入学から卒業までの自己分析、収集したキャリア情報、獲得したジェネリックスキルなどについての記録と、その証拠を蓄積して証明することが求められるようになってくる。
 重視される能力が、オックスフォード大学においても、サウスバンク大学においても、専攻や専門分野と直結したものではなく、ジェネリックスキルである点は注目に値する。最近になって、経済産業省が研究を進めている「社会人基礎力」と共通する側面も大きい。日本の高等教育でも、専門教育重視に対する反省と教養教育の再評価や、キャリア教育の新しい在り方を模索する動きが顕著であるが、果たして、英国の例にみられるまでの発想転換ができるのであろうか。
 資源の有無だけでは決まらない。サウスバンク大学のキャリア支援は、オックスフォード大学以上の広範囲かつ細部にまで及ぶが、オックスフォード大学ほどの人的資源がないため、eメール等々で教員とキャリア・スタッフなどが相互連絡し、オンラインやスタッフ間連携で何とか乗り切ろうとしていることは1つの糸口になるであろう。

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